番外編「遺書」
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あの一件から、浮竹は何か記念日に当たるたびに、と海に訪れるようになった。
海――といっても、実際は浮竹の体調考慮のこともあり(が彼のリスクつきの遠出を私欲のために承諾するはずもなく)、白鷺郭から
少し離れた、見晴らしのいいところに彼女の為に作った、人工的な海――なのだが。
しかし、にはこれで十分だった。いや、十分過ぎたほどである。

それもそのはずで、何故だかは未だ不明だが自分の存在は他人に割れてはいけないのだと悟っている彼女にとってみれば、彼女のためにわ
ざわざ浮竹が眺めが良く、しかしひっそりとしている場所を開拓して、創造してくれた、なんてことは大事であったのだ。
彼は話してはくれなかったが、噂ではあの十二番隊隊長にまで頭を下げて作ってくれたらしく、費用も相当掛かったそうだ。それもそのは
ずだろう、この壮観なパノラマを誇る場所と、美しい海は――。

だから、何か記念日になるたびに、二人こうして海にくるのだった。
そして、今日もまた――・・・。



「うーん、やっぱりここは気持ちが良いなぁーっ」


いつものように裸足になって砂浜を闊歩する。その後ろには数歩距離を置いて浮竹が歩いていた。


今日はの死神試験認定合格の祝いだった。
あの一件以来、恩に報いるために死神になると決意した彼女だったが、事情が事情であるために重國や浮竹からじきじきに斬拳走鬼を伝授
してもらっていた。

いくら隊長から教わるからといっても一人前の死神になるまでは最低云十年という歳月がかかる。まだまだ彼女に役立ってもらえるのは後
のことになるだろうと重國達はふんでいたがしかし、意外と彼女は飲み込みが良かった。
元々格段強い、というわけでもなかったが、血が滲むような努力と――何よりも役立ちたい、という純粋な野心が強くさせたのだろう。


彼女は指南開始からわずか1年ばかりで一連の技を取得したのだった。


そして、ついに今日――浮竹、重國との一騎打ちで、特別死神認定試験を合格した。


彼女が就くべき任は特別密偵だった故に、いつもの試験と比べて格段難しくしていたのに、彼女はそれを難なく通り抜けてしまったのだ。
彼女のやり遂げた顔を見て、重國はこれで、斬魄刀の超透視能力も解禁されれば文句なしに世に出せるだろう、とうんうんと満足そうに頷い
たのだった。


「あれ、まだ気にしているんですかー?」
「う、うるさいっ」

数歩距離を置いておずおずと付いてくる浮竹を振り返って、はふふ、と苦笑した。
きっと、試験で彼に面を食らわせたのが悔しいのだ。


「でも、あの後すぐに切り返されてしまったじゃないですか。まだまだ十四郎様にはかないませんよ」
「き、気にしてないと言っただろうっ。少しも、気にしてないって!」
「そうですかー?・・・じゃあ」


いくらか肩を落として俯いている浮竹にばれないように近付いて、彼のぶらりと垂れ下がった手を握って、は微笑んだ。


「じゃあ、隣で歩いてくれますね?」
「・・・!も、勿論だ」


慌てて切り返して上ずった言葉に、またはくすくすと笑い声を立てて――。











海の、水音(みなおと)がする。
寄せてはひき、またひいては寄せ――。



ここは浮竹との、秘密の楽園だった。



、次回はお前が任務から戻ったら――来よう」


子供に帰ったかのように水で遊び、疲れきった二人は息を絶え絶えにしながら言葉を交わす。


「どうしたんですか・・急に、そんな計画立てちゃって。いつもみたいに、また何か記念があった時に来ればいいじゃないですか」



風通しのいい崖の上で、浮竹はごろりと天を仰ぐように寝そべり、そのすぐ近くではぺたりと座って濡れた身なりを整えていた。
そんな中で不思議そうに尋ねたの頬に、滴る水滴に光が反射してキラキラと輝く。


「いいんだ、それで。その・・だから・・・つまり。約束、ってことだ」


大きな天に声を上げて、浮竹はどこか満足気に言う。


「これからの任務の大変さと重要さは、分かっているだろう。下手したら、命を失うことになるかもしれない」


濡れた髪を拭くのをやめて、はぽつりと強く、はい、とつぶやいた。


「だから――約束だ。また海に行きたいだろう?」


「はい、是非とも」


「なら―――必ず生きて、帰って来い。そうだな、そしたら今度は・・・現世の、本物の海に行こう」


「ほっ、本当ですか!?」


がばっ、とは寝ている浮竹の視界をさえぎった。その瞳はこの世界の何よりも輝いている気がした。


「ああ。現世なら―――お前のことをとやかく言う奴もいないからな」


そして嬉しい、とは浮竹の胸に頬を寄せて抱きついた。


「本当の、本当の、本当ですね?」


「ああ、本当だ。それまでに観光スポットでも調べておくよ」


「わぁ・・・っ!私、絶対に生きて帰ってきます!」



嬉しそうに微笑むの頭を抱き寄せながら、浮竹はあることを思いつくのだった。




が任務遂行した際は――――全てを明かすのも、いいかもしれない。




お前は、本当はこの世に―――。



「私、本当に海が好きです・・・優しくて、暖かくて、ああ、自分は本当にここにいるんだな、って・・・。
ここに来るたびに、前回は十四郎様とあんな馬鹿なことをしたな、って思い出が・・・記憶が、あって。
・・・たとえ私の記憶を失う前がどんな運命だとしても、ここに来れば全部優しく包んでくれる気がするんです・・・。
だから――ここは、十四郎様と私の、思い出の場所――」



二人の思い出の時間は優しく、優しく過ぎる。


眠たげに瞳を閉じて呟くの重くなった黒髪に口付けを一つ落として、浮竹は禁忌の思いを風に託したのだった。


















任務に出かけたの部屋に残るは、貝殻と共に封をした、一通の手紙。






「浮竹十四郎、許すまじ・・・!」

「か、・・・?、一体どうし―――」

「私に触れるな!貴様さえいなければ――私はいつまでも惣右介といられたのに!!」

「どういうことだ?、お前――」

「はっ、知らないか・・・!やはり貴方は何時まで経とうと、私を理解することなど到底出来ぬわ!」

「お前は、一体―――」


そこには、二人だけの、優しい、優しい・・・思い出。


「今まで散々利用しようと教育してきたくせに、何だその顔は?・・・今更親のようなふりをするな・・っ!」


―――」


「あの人はもういない・・・返せ・・・!返すのだ!私からもう、惣右介を奪わないでくれ・・・」






たとえ  何があったとしてもあの場所、思い出だけは




優しい、優しい――――――。










二人だけの、秘密の―――優しい、記憶なのだ―――。


















私が前触れも無く

ある日突然死んでしまったなら

あなたは悲しみに暮れては

毎晩 泣くでしょう





2人で行くはずだった島と

夜景の綺麗な坂道

叶わぬ明日の地図を見て

自分を責めるでしょう。





骨埋める場所なんて いらないわ。

大事にしてたドレスも、

写真立ても、

ひとつ残らず焼いて。





そして灰になった

この体を

両手に抱いて、

風に乗せて

あの海へと

返して下さい。




例えば何かがあって

意識さえ無い病人になって

あなたの口づけでも

目覚めないなら お願いよ




その腕で終わらせて

そらさずに最後の顔 焼き付けて

見開いた目を 優しく伏せて。




いつか誰かまた求めるはず。

愛されるはず。

そうなったら幸せでいて。

だけど、私の誕生日だけは

独り、あの丘で泣いて。

裸のまま泳いだ海。












私を、想って。













―了―



あとがき:

ここまで切なくなる予定だったか、自分ー!(爆笑)
いえ、きっと最後のは先が書きたい自分の欲求が形になってしまったものだと思います・・はい、切腹。


このお話は最後にも引用させていただきました、私の大好きな歌手Coccoの「遺書」が元ネタになっております。
とはいいましても、これから(5話から)藍染とのお話ばかりなるので、なにかしら浮竹×のお話が書きたかったというのが元々の
気持ちでございますが・・・。

は、とても律儀で優しい良い子なのですが、このお話ではそんな自分をある日客観的に見つめた結果、浮竹に縛られている自分を自覚、
そして過去を教えてもらえないことに苛立ちを覚え、喧嘩してしまうという、ちょっと反抗期的なw性格になっております。
いや、本来ならキレて当然な立場なわけですが、彼女w

でも結果、虚が作った幻の海にて、身をもって寂しかっただけと自覚します。


自分の存在意義はいったい何なのか?自分は本当に必要な人間なのか?


何故ここまでそれらを知る欲求が強かったのか、という点は、以後本編を読み続けて下さると、次第に判明していくと思います。
今回伏線をあらゆるところに(ちょっとした表現のなかにも)配置しておきましたので、なかなか自分にとってもニヤリという部分があり
ます。
予測してくださるかたは、どうぞなさってくださいませ。歓迎です。



ちなみに、の存在を知っているのは重國、浮竹、京楽、卯ノ花(医療関連)、マユリ(覇朔等霊力遮断系)のみとなっています。
あまり知られると、任務に支障が出てきますのでね。必要最低限の人です。
今回海作成にあたって、浮竹さんはマユリ様に必死こいて頭下げたに違いありませんw




しっかし・・・いえ、ここまで長くなる予定は・・・!たかが10分程度で起承転結構想させたのでこんなに長くなるとは思っていません
でした、いやはや(軽く4話分くらいあります)。分けてアプだなぁ、しくーん。



まぁ、最後は甘くなったのでよしとしておきます。逃



それでは、ここまでお読みくださり有難うございました。失礼致します。





注:歌詞引用 
  短編集A「遺書」image song

  Cocco「遺書」
  (ブーゲンビリア、Coccoベスト・裏ベスト+未発表曲集 収録)