第一話「帰還」
真諦が

この世の神だというなれば

地に降るは

氷雨の幻想か

嗚呼どうか

与えたもう

憐れな虚構に

慈悲の手を



【流星之軌跡 第一話:帰還】


少女は走った。

(なんで なんで なんで なんで)

唯、唯、走った。

(なんで なんで なんで なんで────)

頭にはその言葉しか浮かばない。いや、それすらも危うかった。
疾走は血液の酸素を奪い、酸を生みだし、彼女の脳内を侵す。

(………っ!!)

突然鬱蒼とした少女の視界に開けた土が見えた。

が、しかし、それは何等安堵するものでなく──。

(なんで……!)


人ならぬ人が、同じ人間を食らう凄惨極まりない光景がパノラマで彼女に襲いかかるのだった。


「いやぁあぁああぁあぁあぁああ!!!!」











※※※※

「…以上より、四番隊隊長卯乃花殿、及び副隊長勇音殿、ご謀反の謀りは無しの模様」

ここは一番隊隊首室──おなじ護廷十三隊のうちといえど、それらを統率している一番隊は厳粛極まりない。ましてや、隊長、副隊長のみしか入室を許されてない隊首室になどもってのほかだ。

しかし、ただ一人──その禁域に足を踏み入れることを許されていた人物がいた。

「…密偵作業滞りなく順調のようだな」
「は、恐れ多くも」
「ご苦労」
「有り難き言葉……」

総隊長山本元柳斎重國にかしづく彼女は彼の──ひいては十三隊の密偵だ。
密偵業務は本来なら隠密がすべきことだが、最近流れる旅禍侵入の噂もあり、その隠密すら少なからず疑わしくなっていた。

そこで重國は彼女を呼んだのだった。

彼女は元々、彼がとある任務で赴いた先で偶然見つけてきた孤児の魂魄だった。
しかし、ただの孤児魂魄であるならばまだしも、驚くべきことに、彼女はもうその時点で斬魄刀を解放していた──『死神でもないおそらく普通の魂魄が何故、斬魄刀を開放しているのか?』気になることは山程あったが何よりも、その霊圧を感じ、危険因子だと判断した彼は、彼女を霊圧を封じる牢獄とも呼べる場所に幽閉したのだった。

無垢なら生かすも良し。
しかし野望を抱いた存在なら──。

一時的な霊圧変化で昏睡状態に陥った彼女の回復と目覚めを、緊張した面持ちで待っていた。

そうして彼女が目覚めた日の朝。
駆け付けて第一に面会を果たそうとしたのだが、自分は総隊長──ましてや相手は、自分程の者が危険因子だと判断した存在なのだ。
当然周囲の者が引き止め、逸る思いを胸に抑えて渋々ながら信用出来る愛弟子の片割れ──浮竹十四郎にその思いを託したのだった。


長い一日の尋問の末、浮竹の出した結果は『無垢純心』。自分の瞳と彼女の瞳にかけて、保証するものだという十分過ぎる結果だった。


しかし、生かすとなれば次なる問題はその先である。

危険因子のその力をどのようにして発散させるか──?
斬魄刀を解放している以上、無闇に流魂街に住まわせておくわけにはいかない。
だからといって彼女に急に『死神になれ』とも強要出来ない──。

重國含め、彼女の存在を知るごく一部の人間は頭を抱えた。

しかし、とある日──毎日続く浮竹の面会にある兆しが見える。


『総隊長!』
『うむ、何じゃ?』
『あの少女……孤児魂魄の少女が《自分は死神になる。死神になって、総隊長殿のお役に立ちたい》と、自ら申し立てを……!』
『……!』

その言葉を耳にして数秒、彼は考えていたが、すぐに荘厳なる面持ちで許可したのだった。

そして彼女に与えられた役割は『特別密偵』──その要因としては、なんと言っても彼女の生まれと、彼女の持つ斬魄刀にあろう。

前者を解けば、完全に潔白を証明するには『全く十三隊に関係がない』方が良い。あとは彼女が裏切らないように仕込むだけだ。

後者といえば、彼女の持つ斬魄刀の能力は『透視』心中の隅々まで計れる超透視、超千里眼というものだったからである。

しかしその能力故に、結果的に公の場に出せずに、幽閉牢の中で生活を余儀なくさせてしまったのだが……。


「総隊長殿?」
「………」
「……あの、如何…されました?お加減でも……?」

そう訝しげに問われて重國は顔を上げた。
出会った頃はまだどこか幼かった顔立ちも、今ではすっかり女のそれになってきている。

そう、最初こそ『裏切らないように仕込む』とは思ったが、『役に立ちたい』という彼女の純粋な恩義の念にいつしか皆癒されていた。

故にいくら四度目といえど、小さい頃から今まで大切に育てて、いわばお蔵入り状態にさせてきた彼女のいよいよという出番を見て、追憶に耽るのは仕方がないことなのだろう。

そして思う。
密偵という仕事は決して楽な仕事ではなく、常に死と隣り合わせなのだということを──。

「……いや、すまんの」
「……は……」

彼女はぽかんとして首を傾げている。

「いや、…大切なお前をかような危険な任務にあてるとは」

そしてその言葉を聞き、勿体ない言葉だと、頭を垂れるのだった。

「私は孤児だったところを総隊長殿に救われた身に御座います。…今私が生きていられているのは貴方様がおられる故。本来なら死する命を救っていただきました。そのご恩に報いる時が来たのです」
「……」
「私は、今とても幸せに御座います」

──なんという純粋さなのだろうか。
始めはただ、幽閉して利用してやろうと思っていただけなのに──。

彼はふ、と笑ってみせた。

「では、明後日からは五番隊じゃの」
「は。藍染殿と雛森殿あらせられる隊ですね。しかと…」
「…四番隊の次に楽だとは思うが…くれぐれも気を抜かるなよ」
「は!肝に命じて御座います」

改めて『仕事』の話を聞き、肩の力が入ったのが遠目からでも分かる。

「まぁ、あまり気に詰めぬことじゃな。…お前は良く働いてくれとる。儂としては、もうちと休暇を与えたいところなんじゃが…」
「そんな、勿体ない言葉…!」

まあ、こんな仕事に関しては真面目一筋な彼女が、彼女らしいのだろう──楽しそうに重國は微笑むと、『近う』と彼女を呼んだ。
そしておずおずながら彼女が彼の御前まで来ると、彼女の頬に慈しむように手を添えた。

「昔から育ててきたそなたは儂の娘の様じゃ。いっそのこと、してしまいたい位に、な。…良い、聡明無垢な子じゃ」
「総隊長──重國様」
「……くれぐれも、無理はしてくれるな」
「……はい、肝に命じます」

しばし目を細めて哀愁を漂わせていたが、ふと手を離した。

「達者で行ってきなさい」
「は……はいっ!」

そう返事を嬉嬉として発した彼女の瞳は、爛々と輝いていた──。




超千里眼能力を持つ無垢な死神──尸魂界において齢18になる輝かしい少女──

名を、といった。