第十二話「大廻俥輪」
映写機の中
世の偉大な学者は言う
「彷徨う者は、幸運な方です」
そうね 本来なら輝く筈。
次元の曲面で 貴方が無言で囁いた
願っても 祈ってもいないのに。
私の指は 貴方に触れる
古びた街角 錆びた魅世物小屋(ショウケヰス)
髭を生やした学者の 何時もの論説(オタチ)台
光る四角を握って笑う 子供達を
子供達にお菓子を与う 小太りの 駅員サンを
動けない儘 私は見て居たの。
蹲る私に 突然
指を指して 初老の学者は言った
「彷徨う貴方は、幸運な方です。早くお乗りなさい」
そう言ってもらえるだけで
希望を 見出だした気がした
死んでいても
憎まれても
生きてゆける
そんな気がした。
「おや?オカシイナ」
喜びにスッと足を
踏み出すと。
虹色の乗車券
紅華咲き。
急激に ギシギシ バキバキ ゴキゴキ。
学者の前で 跪く私の背が縮む
骨は音を立てて 軋んで 磨り減って
邪魔になった 血液は 眼(マナコ)から
柔く為った頬を伝って 流れ墜ちていった。
「鬼娘が交じって居たね。君は救われる価値なんて有りやしない。死ンデオシマイヨ」
御願い、最終列車に乗せて と
懇願する私を
さっきまで 祝福していた子供達が
罵り 蔑み 苛み
石を投げる。
「 」
槍が 鏃が 楔が
黴に犯された肺 突き刺さる。
だけど切符は離さない
死ぬことを望まれた 生で
生きることを望まれた 死なのだから。
大丈夫よ……赤ん坊の私。
此所なら 誰もアナタを虐待めない
そうよ おいでなさい
おいでなさい。
漸く 気付くから
とうのとっくに
「後退猶予期間(ジョウシャケン)は切れてしまって居た」
ということを。
そして今度は
時空を越えた
透明な 硝子の貴方の指を思い出して
縋り付くのよ。
【流星之軌跡:第十二話「大廻俥輪(DIE-SHALL-IN ※degenerate-moratorium)」】
また────…夜が来た。
しかし本来規則正しい筈のそれも今のにとっては永遠のような気がした。
けれどそれは決して夜が永遠だという訳では無い。彼女の精神は日夜も錯誤する程墜ちてはいなかった。
そうではなくてもっと本来的なもの、いわばそう、「日」が無かった。
周囲万物は確かに全て朝昼晩を繰り返すのに、自分の回りだけがそれに終わりがない。
確かに夜が来て朝を迎えるのだが終業がないのだ。
しかしだからといってはどうしてそうなったか、原因を知らない訳ではない。
そうなった原因は解っている。
そして、それに対処する手段も。いくらかその手段は知っている。
それは刃向かうか、周囲に助けを求めるか、優しさに溺れるか。
しかし理想と現実は距離ゆえに乖離してゆく。
何故そうしないのか──また、どうして自分はそれでも出口を探し続けているのか。
優しい場所に、縋ろうとしているのか。
解っているのに、何も解っていない、その現実に打ちのめされるのだ。
そうしているうちに、また夜は巡って来る。
終業という人としての次元の境目を無残に破壊する、卑しい夜が。
「‥ぁあッ‥ン!‥もっ…だ、・・めぇ・・っ‥無理…ッ」
「無理じゃないだろう?嘘を吐くな──此処の口とその口は何時も反対のことを言うな…」
「───ぁああぁあっ!!」
何度絶頂を迎えようと、藍染は放してくれなかった。
必ず意識が無くなるまで、もしくはの瞳の色が無くなるまで、残酷な言葉と痛い程の冷たい愛情を注いで来た。
「はぁ……ッあ、はっ‥ハ…ッ」
「何時も言っているだろう?きちんと素直に言えないと、御悪戯が待っているよ、と──」
「‥や、やめ───…ッ」
理性と道徳が崩壊するまで、無慈悲に彼女を苛むのだ。
「私は…貴方の手下だから‥ッ!貴方以外裏切らないって解っているでしょうッ?
なのに──…なんで……こんな酷い事……」
いや、端から慈悲なんてものはないのかも知れない。
白濁した液を白掛布の上に引き摺らせながらが藍染の腕を掴んで問うても、
「何故泣くんだい?…そんなの、決まっているだろう。『絶対教育』だよ」
「っ……雛森副隊長は?彼女の想いはどうなるんですかっ?彼女は貴方を唯純粋に好いている───」
「あぁ……アレ・か。私はね、。使えない駒を教育するよりも、使える駒を教育する方が有意義だと思うんだよ」
そう、残虐に囁くだけで。
「それよりも、女は良く『情事に他の女の話をするな』と言うが……の場合、私が言わなければならないようだね」
くすくすと笑い、次に腕に掛かっていたの手を引き剥がす。
そして一度──彼女の首を彼女の指で締めさせる。
「ゲホッ‥!!か…‥はっ…!」
「ほら、見ろ。もうお前は自分で死ぬ事すら出来ない軆(からだ)になっているんだよ───」
そんな。
の瞳が見開かれた。
「『まだ私には理性が残っている。自分で死ぬ事すら出来なくなる身になるまでに、隊長から離反しよう』
……恐らく、そんなことを考えていたんだろう?」
「‥‥‥」
「愚かだな。…お前の知らないうちに理性は底を尽きているんだよ。
お前が信じているのは理性を吐き出そうとしている本能だ」
こうして、藍染はいつもを絶望の闇に突き落としてゆくのだ。
信じていたものが、全て自分に都合の良い醜い陽炎。
今日もまた───…
「う‥そ…っ。嘘だ……!」
「嘘だと思うなら、の思う儘に行動してみれば良い。外部に私の研究のことを洩らすも、
偽りの親の元へ帰るのも良いだろう」
「…………」
「いずれにせよ、どうせお前は私の元に帰ってくるよ」
の手を頭上で纏めて、抵抗という理性を亡くした彼女の頬に手を添えて、接吻一つ落として。
「そうして言うんだ。『御願いします、藍染隊長。私を殺して下さい』って」
「───ァッ‥」
露わになった乳房に舌を這わせながら、濡れた恥部には指を差し込み。
「それでも、私はを殺さないからね───?」
それは『愛している』という名の恐怖の螺旋。
絶望の水音に頭が白くなった時、何よりも非道く虞ろしい言葉がの華奢な躯を貫いた。
鳥の声が、五月蠅い。
そう感じられる様になったのは何時からだろう。
今もまた、そうだった。
以前は美しいと賛美していたのがこうなったのが、昨晩藍染が囁いた『絶対教育』そして『理性を吐き出そうとしている本能』
だというなら、それも道理なのかも知れない。
は隣りで静かに寝息を立てて眠り込む藍染を見やる。
確かに、憎しみはあった。
こんなに自分を闇に突き落として、それでも愉快しそうに笑う彼が。全てを奪った彼が。何よりも。
しかし───
「‥‥」
瞳を閉じて休む藍染は、どこか穏やかな空間に佇んでいるような気がすることもまた、確かだった。
そういえば───…の頃から自分を知っているのは、浮竹でもなく、藍染一人なのだ。
今更気付いた気がする。
しかし、憎悪はそれに歯止めを掛ける。
元々──人間である自分の人生を目茶苦茶にしたのは、藍染だったのだ、と。
なのに───…。
「‥‥‥ん…。…?」
バッ、と、いつの間にか藍染の頬に掛かっていた指を外す。
そしてそれを紛らわすかのように勢い良く布団から抜け出した。
「………。…何処へ行くんだい、?」
「よ、四番隊へ。速水が目を覚ましたんです。看病に行って参ります」
藍染の寝ている布団とは反対を向いて、シュルシュルと、乱れた腰紐を締め直す。
そして死覇装を着て、斬魄刀──尤も、それは浅打ちだが──を腰に挿した。
後ろではきっと、藍染が笑っているだろう。
だから、見れなかった。
「隊長も、本日は隊首会ですので遅れませんよう。今日の報告はまた夜にでも……では」
そのまま勢い良く襖をしめて、足早に四番隊へと足を進める。
暖かい気候の中、ガタガタと震える肩を抱えて、は複雑な感情を持て余していた。
「 ほら……もうお前は逃げられなくなっているよ 」
────四番隊隊舎、特別看護室。
「どうぞ」
「うわっ、美味そうだなーっ」
此処は動けない病人が寝たまま食事をとれるよう、寝台に机が備え付けられていた。
例えれば現世の病室の寝台というところだろう。
は早く速水に元気になってもらうよう、今は無き親族の代わりに、とこれから看病をすることにしたのだ。
としても早く謄本を手に入れたいし、それに心の安らぎでもある速水の世話をするのは苦では無かった。
そしてあの後も毎日のように特別看護室を訪れたは、四番隊の炊事場を借りて作ってきた自前の雑炊をコトン、
と速水の机に置くと、近くにあった簡素な椅子に腰掛けた。
「どうぞ召し上がれ」
「んーっ、良い香り。見た目も美味しそうだし、いやなんか毎回悪いね」
「ふふっ……いいえ。私がしたくてしてるんですから、気にしないで下さい」
そこで、速水の反応を見るのが楽しみだった。
「じゃ、いただきまーす」
「どうぞー」
会話をするのはもっと楽しみだった。
言葉言葉から、日に日に元気を取り戻してゆくのが感じられて、また、彼の冗談が楽しくて、安らぎで───。
「………どう、ですか?」
今日もまた、こうして彼との場にありつけた。
この時間だけはは、自分の現状を忘れて没頭することにしている。
全身全霊で、速水との時間を楽しむのだ。
「…………んっ!?ん、ん゛ー…ん、んまいんじゃないか?」
「な、何で疑問形なんですか!美味しくないなら美味しくないとおっしゃって下さいよ」
「え゛っ!?あ、そんな、うまいって、ホントに!ホントのホント!!」
しかし、は知らない。
そうして速水との時間に没頭すればするほど、藍染に溺れるということを。
本能は理性を吐き出す。
理想と現実は距離ゆえに乖離、そして別次元で再結合を繰り返してゆくのだから────。
「はぁ、不味いんですね。…やっぱり、こういうことって従女に任せっきりだったからなー…」
「ん?従女……?確か、ちゃんって流魂街出身じゃあ……」
そうして──また自分の深くまで速水を招き入れてしまう。
慌てて否定をする彼女は何よりも静寂な光が彩っていた。
「私のことはどうでも良いんです。…どうします、その雑炊。
もしあれなら、今からお店に買いに行って来ますよ」
「いや、…良いよ。コウイウのは慣れてる。……涼子も料理は苦手だったしな。逆に僕が料理してたぐらいだから」
立ち上がりかけた椅子に座り直して、は静かにほほ笑んだ。
そしてそんな彼女を見て、速水はまたその雑炊を啜るのだった。
「そうだ」
と、ふと箸が止まった。
は何事かと首を傾けた。
「今度、元気になったらお礼として手料理ふるまってあげるよ」
「わぁ、良いんですかっ?」
速水がうん、と頷くのを見て、の表情がパッと明るくなった。
心の底から嬉しい──そう、思ったのだ。
しかし、次に速水が口にした言葉は意外なものだった。
「ついでに料理教えてあげるよ。好きな人、いるんだろ?」
「え」
あれ?と今度は速水が首を傾げた。
「え、あ……と、違うのか?」
「……何で、そういうふうに見えるんですか?」
に他意はなかった。
唯純粋に気になったから、聞いてみた。
「いや………」
彼はちらり、との首筋や手首を見やる。
そこには藍染による執拗なまでの所有の華が点々と、まるで他人に見せつけるかのようなまでに
鬱血してその場に存在をあらしめていた。
普通の女子ならばそれを慌てて隠しただろうがしかし、はそういう知識に無知だった。
故に、その華が何を物語るかを彼女は知らなかったのだ。
しかし速水としても他人の睦事に触れるのは──特にが純粋だということが起因して──
少々気まずい所があったので、誤魔化すかのように話題をすり替える。
「毎日……綺麗になってる気がするんだ」
「綺麗に……?」
「ああ」
そう言って、速水はを見つめた。
そうするとなるほど──すり替えた話題とはいえ、見れば見るほど彼女が美しい容貌をしていることが、
自分が口にしたことによって尚更実感してくる。
端整な目鼻、聡明だがどこか幼く、優しい憂いがある顔立ち、吸い込まれるような焦げ茶の瞳、白い肌、桜色の唇、
そして『彼女』に似た眩い光を反射するきつい直毛のかかった黒髪──いや、確かに似てはいたが、
どこか『彼女』にはない気品と美しさが秘められているような気がする。
────ドクン。
を観察するように上から下まで見た後、速水の胸は確かに音を立てて熱を放った。
「や、やだ……。あんまりじろじろ見ないで下さい。照れるじゃないですか……」
「あっ、ご、ごめん……っ!!」
そう言って慌てて目線を窓側に反らすが、照れて苦笑する彼女の表情にすら心が熱くなってしまう自分がいて
───速水は一人戸惑う。
その戸惑ったまま、速水は早口で残っていた雑炊を掻き込みながら話をしはじめる。
「…っいやなんか、本当に涼子に似てるんだ」
そう、似てるから、彼女に心が震えるのだ──そう、言い聞かせるかのように、速水は何度も涼子の名を口にした。
その度にの表情は優しくなってゆく。
「本当に、速水さんは涼子さんが好きだったんですね」
「あ………‥あぁ」
「良いな、好きな人がいるって。その人の為に頑張れるじゃないですか……
私も早くそんな人と…出会いたいな」
しかしには解っている。
藍染に囚われている限り、そんな人並みの生活すら送れないことを──。
一瞬の顔に影が落ちたのを見つけた速水は『好きな人はいないのか』と問い掛けようとしたが、
慌てて出そうになったその言葉を飲み込んだ。
涼子の顔が───彼に罪悪感となって理性を利かせたのだ。
何も言えずにそのままでいるとは、片付けのために空になった雑炊の皿を取って席を離れた。
「願ってやまないんです。いつか私にも──自分の好きな人と普通の暮らしが出来たら・って……」
「えっ?」
「───何でもないです」
出口にさしかかった時、がふと呟いた言葉を速水は聞き逃さなかった。
しかしそれを問うにも自分に罪を感じて──速水はまたもや尋ねる機会を逸してしまう。
と、そんな時、部屋に備え付けられていた古時計がボーンボーンと大きな音を立てて二人に定時を知らせた。
ふと針に目を向けて見れば、それは病人との面会時間の終了を告げるものだと分かった。
「じゃあ、私はこれで。また明日来ますね。あ、速水さん!暑いからといって布団を退かないように。
ちゃんとお腹には掛けて寝て下さいね」
そう忠告して襖を閉じようとする彼女の後ろ背に、速水は慌てて声をかけた。
せめて──これくらいは、と、喉から絞り出すように。
「ま、待ってさん!」
「はい?」
振り返るの仕草一つ一つに、また瞳を反らして彼は続ける。
「あのさ、『速水さん』じゃなくて良いから。……りょ、涼子に似てる人にそんな風に呼ばれると……俺、なんか狂うわ」
「……ふふ、わかりました。じゃあ、お休みなさい『雄矢さん』?」
「あ、ああ。お、お休み───‥」
パタン。
閉まった襖をぼんやりと眺めながら、複雑な高まりに騒いだ鼓動を鎮める。
そんな速水の脳裏には今は亡き妻の顔が浮かんで、悩める彼に微笑んでいた────。
続
───────
なんだこの昭和の純愛物語w
そうそう、今回から少し速水の口調が変化します。お近づきの印、ってやつですね。
一人称が「僕」から「俺」へ。
少し砕けた喋り方になります。
さーあ、もうそろそろ・・・ですね。
あ、今回の詩も私的に気に入っています。
曲イメとしては明るい、童話のような音楽があります。小さい子用のおもちゃの鍵盤ベースっていうかんじの。
もしくはピアノですかね。いずれにせよ、何だか明るいイメージです。はい。
今回からちょっとお話に転機がありましたので、題名と詩には凝ってみました。
英語の訳は退化猶予期間。
あらゆる極限状態になれば、人間は倫理理性を超えて退化すらする物体ではないかという観点で書きました。
しかし、退化に悪いイメージは持っていません。
そうしなければいけない状態、それが極限状態。ならざるをえない状態。
そこには人知を超えた何かがあると思うんです。
今後のテーマでもありますね。
まぁ、回収できなさそうだけd(orz)
では