第十六話「透明な罪」


我 願ウ



闇に衰弱してゆく
靄が掛かる膜の世界で
それでも お前に
虹を掛けてやりたい



我 願ウ



お前が泳げる世界に
入って行くことは 出来ない
それでも 岸辺に
華を咲かしてやりたい



譬え この身
朽ち果ててしまっても
お前の涙に譬うなら
喜んで 灰になろう



そして



あの大海に
二人で 帰ろう
瞳の色 無くしても
抱いて向かおう



いつか、二人で



私は
お前の風を知らない



それでも



我 願ウ



あの大海に
二人で 帰ろう
瞳の色 無くしても
抱いて向かおう



いつか、二人で




二人 きりで




瞼 開かぬとも
安らかな笑
抱き上げて
永遠の朝日に
向かおう




いつか、二人で





二人 きりで





透明な罪に
誉れを抱いて




いつか、二人で





二人 きりで








【流星之軌跡:第十六話「透明な罪」】




声が─────・・・




「何故、私の出生を教えてくれないのですか?」




懐かしい声が、響く。






振り向けば、真白い空間の中に白梅紋様の浅葱を纏った小さな少女が、
ポツリとそこに立って、自分を弱々しく睨んでいた。




「自分の親を知りたいと思うのは ・・そんなにいけないことなんですか?」




次第に顔が、彼女の美しい顔が、悲しみに染まってゆき────。




「そんなに・・・・・・私は、罪人なのですか・・・?」



瞼が伏せられ、唇をキュ、と噛み締めて呻いた。





「そんなに・・・・・・私は皆さんにとって不都合な存在なんですか・・・・?そうであるなら、そう言ってください。
もうこれ以上、聞いたりしませんから・・・・・・」



──────そんな筈は無い。
そんな筈は無いのだ。





ああ、悲しまないでくれ。
嘆かないでくれ。





大事なのは、大切なのは、掛け替えのないお前なのだから。


何モノにも染まらず、無邪気に微笑む、お前なのだから。



光り────そう。
我が隊・・・いや、自分の光りは、お前なのだから──────。












だから、悲しまないでくれ。


お前を悲しませるものは、何でも取り払ってやるから。




あの時───十二番隊に囚われていた頃のように。





だから、悲しまないでくれ。













チチチ・・・チチッ・・チュン、チュン・・・



「───────・・・ッッ!」




・・・はぁ、夢───か。





悲しみに暮れる懐かしい彼女の瞳を見て、切なさに思わず飛び起きた浮竹は、今まで苦悩していたのは
幻のものだったのかと一つ安堵の溜め息を漏らした。

そして幾許か乱れた息を整えるように、深呼吸をしてみれば、まだ自分の身体が完全でないことを知る。


身体が、まだ怠いのだ。


それは昨日からまた病がぶり返したもののせいか、はたまた先程の幻に胸騒ぎがしたせいか。
分からないが、とにかく今は起きるのすら辛かった。



「・・懐かしい・・・夢だったな・・・」



浮竹は、まずは起きるのをやめて、静かな雨乾堂の天井を見上げながら、先程見た夢を反芻させてみる。


あれは確か、まだ彼女が────が、死神になると決心する前の出来事だった。
いつもならこちらの事情をしつこく追及してこない彼女だが、あの事についてはやけに追及してきた。
あの事───とは、彼女の過去のことについて、だった。


彼女は元々、精神不安定──重度の精神病にかかっていた。
自ら記憶を封印してしまうほど、重度の精神病患者だった。
だからこそ、更生した彼女に過去────恐らくは彼女が病にかかる原因になった、人間界からこちらの
世界に召喚されて、更木で生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされた過去────を教えるのは、霊圧という
力を帯び始めた彼女には、何よりも危険だったのだ。


唯でさえ良く分からない、未知の霊圧。
それを爆発させられたら、どうなるか───・・・?
だから、どんなに切願されても、真実の過去を教える訳にはいかなかったのだ。



それに────上が、四十六室が、彼女が記憶を失っている事を良い事に、彼女の千里眼能力という特殊な
能力を、恩義を染み込ませて利用しようとしていることは明白で、それを断ろうとすれば彼女が、十二番隊
の実験道具になることは必至だった。





救いたかった。

だから、事実を隠してきた。

たとえそれが、本人の望まない事だとしても。



「・・・はぁ・・・」



どうしようもない、最善の選択をしてきたつもりだが、やはり罪悪感に溜め息は漏れる。


ふと浮竹は目をキッと開くと、布団を捲り、ぐしゃり、と髪を掻いた。



「・・っし!」



しかし、いつまでも暗澹と呻いていられない───。
一つ咳を切ると、昨日から寝たきりだった布団から勢い良く抜け出してそれをたたみ、
隊士が片付けやすいように部屋の隅に置く。


気分転換でもしなければ、いつまでも靄がかかったままになってしまう。
いくら死神といえど生身の魂なのだ。
動かないと思考にまで黴が生えてしまう。


そう思って、次は締め切っていた襖や障子を全開してゆく。
すると─────。




「・・・っあ─────」




浮竹は、目を丸くした。




噂をすれば何とやら。




目の前の庭には、先程夢に見た彼女が、懐かしい彼女が、愛しい彼女が───────少し虚ろ気な瞳をして、立っていたからだ。



「・・・」



浮竹は直ぐに周囲を見回し、自分たちの他に誰もいないことを確認すると、



「き、君、確か・・・、君・・・だったよな?こんな朝早くから・・遣いかな?
・・・ちょっと待っててくれ」



あくまでも外では自分たちの関係はばれないように、はからいながら彼女を座敷に招く。
彼女が無言のうちに庭を歩いて来るのを確認すると、部屋の奥の引き出しから覇朔を取り出して、
己の首から下げて着物の下に隠す。


「・・・失礼します」


が座敷に上がると、先程全開にした襖をまた全て締め切った。
そしてそれから漸く、よそよそしい口調を変えた。



────・・・」
「・・・・・・」



は、真っ直ぐに浮竹を見つめていた。
浮竹はそれから瞳を逸らそうとはせず、返しながら彼女に声をかける。


「少し、痩せたな。いくら年頃といえど、急な減量は健康を欠くぞ。飯、ちゃんと食ってるのか?」
「・・・・・・」
「・・・?」



そんなに感慨深かったのだろうか。
彼女は問いはおろか、冗談にすら答えようともせず、まだ自分の顔をじっと見つめていた。


まだ規定の潜入期間は半ばだし、今まではすんなりとこなして来ていた筈だ。
いくら寂しがりやな彼女だとしても、何かおかしい。



「・・?大丈夫か?」



思わずそう口にすると、漸く彼女は口を開いた。



「・・・今日は、藍染隊長の命令で先月の十三番隊の戦死者名簿を拝借しに参りました」



しかし、彼女の答えは、自分の聞きたい事とは何ら関係なくて、浮竹はまた目を丸くした。
あくまでも潜入期間中は仕事に熱中したい、というのが彼女の本音なのだろうか。


それなら邪魔をするような事をしてしまって申し訳無い。


「・・あ、あぁ、わかった。ちょっと待っててくれ」



それなら、と先程覇朔を出した引き出しを漁り、厳重にしまわれていた名簿を取り出した。
そして彼女にしっかりと渡す。



「ほら。これで良いんだろ?・・・ふー、全く、お前は仕事熱心過ぎて困るよ。今は早朝だし、
 誰もいないさ。安心して話しなさい」



静かな部屋に浮竹の苦笑だけが響いた。



「・・・?」




しかし、次の瞬間名簿に何かが雫を落とす音が耳をついた。
浮竹はハッと、を凝視する。



「今まで、いろいろなことを・・・十四郎様に教えていただきました」
「・・・」
「言語や、礼儀作法、斬拳走鬼や、学術、笑い方や、悲しみ方、本当に、本当に、
 いろいろなことを・・・教えていただきました─────」



どうしたのだろう。
しかし、そうは思えど浮竹には、彼女の涙の理由が分からない。
何か辛い思いをしているのだろうか。
いやしかし、あの隊に限ってそのようなことはまさか無いだろう────ただ浮竹は困惑しながらも、
咽び泣く彼女の細い身体を大きな掌で擦った。



「いろいろなことを─────・・・教えて・・・ッ!」




だけれども─────・・・。


は思う。



『聞きたい事があっても、聞けない事がある』




一番知りたくなかったそれを教えてくれたのは、藍染だった、と。




は口にすら出来る筈もなく、唯、暖かい涙を流した。
その背を擦る手はやはり暖かくて、偽りの愛情等無いと思った。



だが、離反も出来なくて。


全てを救う光りになれるのだろうかと、罪渦の中心に希望を抱いて立つには
涙を流して言葉を殺すしか、出来なかったのだ。




、どうしたんだ?・・・何か、辛いことでもあったのか?」


優しく尋ねてくる浮竹に涙に震えた声で「いいえ」と答えると、
精一杯の微笑みを浮かべて浮竹の顔を見上げ、そして焼き付ける。
その困惑しつつも大きな愛を。


「唯、今だけは───このまま・・・」



また再び、貴方の元に戻ってこれました。


だけれども、今までと違うのは、この身体が、手が、汚れきってしまったこと。


そして、あの海に憬れる事しか出来なくなってしまったこと。



でも、どうか、嗚呼どうか、赦して下さい。
お前は綺麗だ、と────いつもの笑みで言って下さい。

お前は我々の光りだ、と────いつもの声音で言って下さい。




──────────・・・。





浮竹の胸に泣きじゃくりながら、今はもう元の二人の関係には戻れないとは確信した。


ただ、浮竹の白い着物を固く固く、血が滲むほど握り締めて、込み上げる吐き気に蓋をして
しかしそれでも贖罪になるならば、と、船出の風になるならば、と────今は唯、懇々と咽び泣いたのだった。












※※※※※※



隊首会の帰り道、浮竹はまだ気怠い身体を引きずるようにして長い廊下を、物思いに耽りながら歩いていた。


先程の会議の内容───確か、旅禍の件だったか。
しかし、この時浮竹は難しい立場に立たされていた。
朽木ルキアは元々彼の隊員である。
隊長である自分が判断するに、彼女に悪意があって人間に死神の力を譲渡したとは思えない。
それこそ外では気丈な素行だが、根は心優しい死神の彼女だ。しかし一方で規律に厳しいその彼女が譲渡した
ということは───それ相応の状況があったのだ、と。



まあ事実はどうであれ、それを、断罪する必要はあれど極刑に処す、というのは納得いかなかった。
それほどまでもその行為は「罪」なのか?


加えて、期日が日毎早まっているのも謎だった。
そこまで急ぎ、処す必要があるのだろうか───いくら旅禍が彼女を奪還しようとしているから、という理由
を立ててみても、どことなく正当性を欠いているような気がするのだ。



それに────。


「・・・」


朽木ルキア───。


彼女との過去が浮竹の頭を掠め、その漆黒の髪は別の女へと変わってまた浮竹を悩ませた。




───────・・)



朝方、連絡無しに、急に雨乾堂に訪れた彼女。
いつもと様子が大分違っていた彼女────。


いくら寂しがりや、といえどやはりあの様子はおかしい。
何か、悔しさや諦めを含んだ、涙混じりの笑み────・・・やはり、何かあったのではないか?


しかし、考えてみれど糸口の「い」の字すら見つからない。


分からない事がありすぎて、無力感と焦燥感に浮竹は、はぁ、と一つ大きな溜め息を漏らして長い廊下の
突き当たりを曲がった────と。





「ややっ。浮竹隊長やないですか」




目の前には、狐目の薄笑死神───市丸ギンが丁度、廊下の木製手摺に腰掛けて浮竹を見下ろしていた。



「へぇ、珍しい事もあるんやねぇ。久々とちゃいますやろか?浮竹隊長が朝の隊首会に出席されるなんて・・・
 ・・・しかも『偶然』こないな寂しーい場所で会うなんて」
「市丸・・・」
「ハハ、『ラッキー』や」




────このような辺鄙な場所で会うなど不思議だと。
偶然などではないだろう────。

浮竹は、眉をしかめた。



「そないな怖い顔せんといて下さいよ。偶然ですって、ホント!」



ひらひらと手を振って、市丸は笑った。
しかし、浮竹にとってそれはなんの意味もなく、むしろ益々機嫌を損ねるものとなってしまい、
また顰められた顔に市丸は困ったように、しかし笑った。



「・・・・何の用だ、市丸」


・・・只でさえ分からない事が多過ぎて苛ついているのだ。
用件があるのなら早く言って欲しい。


すると、市丸は殊更ニヤリと口元を歪ませて───去ろうとした浮竹の背に言った。








「────なんや、ちゃんゆう娘、箱入り状態やなぁ思いまして────」


「─────!!」







トン、と床の軋む音がした。





恐らく市丸が手摺から降りたのだろう────。
ぴたり、と浮竹の足が止まる。



「─────今・・・、何と?」



強張った声のまま、背後で笑っているであろう死神に問う。



「いいえー。や、えらい大事にされてるなぁ思いましただけですって。・・・それだけですわ」



背後から暗雲立ち込める霊圧が、不気味に自分を包んでいるような気がした。
くつくつと漏れるくぐもった市丸の笑いに、冷や汗と悪寒が全身を駆け巡る。




「────知らないな、、だと?一体どの隊の・・・」
「アレレ?おかしいなぁ。あの部下思いの優しい優しい十三番隊隊長さんが、かつての部下を
 お忘れになりはってるなんて───・・・」
「・・・っ」


しまった────。


墓穴を掘った。


しかし、市丸は格段それに気を止める様子もなく、只楽しげに言う。



ちゃんのことは、良く知ってらっしゃいますやろ。誰よりも、誰よりも・・・」
「・・・・・・」
「・・・かつての部下ですやろ。嘘だと思えば、名簿やら何やら漁ってみればよかないですか・・・」



確か、三番隊はが最後に詮索をする予定だった。
まだ五番隊に潜入している『足手纏い』の彼女の存在が、三番隊隊長である市丸に伝わる筈が無い────。



何故、の存在を、そしてと自分の関係の親密さを────何故、全く関係の無い市丸が、知っている────?


分からない事が多過ぎて、しかし全てを掴まれているのは確かで、冷や汗は止む事を知らない。
そして────ハッと気付くのは、悪い予感。



「市丸、まさかお前・・・に、何か────」
「アララ、認めよった。────ハッ・・・」


硬直を振り払い、思い切ってバッと振り返って刀に手を掛けて間合いを取ると、市丸はそれをひらりと躱し、
瞬歩で向かいの建物の屋根に飛び移った。



「物騒なモン持ち出さないで下さいよー。・・・ボクは何も知りませんて・・・」






ザアァ────・・・





風が二人の間を縫い、悪戯に軽やかな銀色の髪と、汗を滲ませて重くなった白色の髪を揺らした。



「それじゃ、ボクはこれで。またイヅルにどやされた無いんで」

「・・・・・・」

「いくら隊長いえど抜刀は下級がすることですやろ・・・控えた方がよろしいかと。
 ・・・それと、まだ完治されてないようですよ、ビョーキ」


そう言われて、ズンと身体が重くなるのを浮竹は感じる。
言われる通り、霊圧に当てられて治り掛けの身体がギシギシと悲鳴を上げ始めたのかもしれない────。



「────っ!ごほッ!ごほっ・・・ぐ・・・ぅっ」
「どーぞ、オダイジに」






ダンッ





そう楽しげに言い残して、吹き荒ぶ風に、市丸の姿は消えた。


「ごほっ、ごほっ・・・!!ごほっ・・・ッは、っ・・・──────・・・」


残された浮竹には、いくつもの謎と駆られる焦燥、
そして身体を蝕む病魔が────彼の体力を無残にも奪い取っていた。




















────カラン、コロン・・・




闇の中、涼み風に、下駄音が、響く。





、行くよ」





もう、帰れない。





「はい。藍染隊長」



─────カラン、コロン・・・






カラン、コロン・・・






コロン・・・





闇の中、涼み風に、闇下駄音が、寂しく尾を引いて

の新たな戦いの幕開けを、確かに告げた。








真理を、総てを、掴む為に。




悲しみや苦しみから、総ての人を、解放するために。









────カラン、コロン・・・






カラン・・・コロン・・・






コロン・・・・・・











───────────



はい。断罪編、序章にございました。


ちなみに最初の部分の会話は番外編「遺書」参照です。
浮竹の元へと帰る、しかしその帰還に見えた色は最早輝き、褪せてしまっていた。
その感じが小説に出ていたらな、と思います。


そして後々の浮竹ルートに噛ませるために、今回ギンを出しておきました。
浮竹さんとギンの中が微妙に良くなさ気なのは・・・なんだか浮竹さんはギンにからかわれていそうという
個人的な想像のためw
哀れうっきーww





次回から本格的に断罪編スタートです。

それから初雪草編が入って、ようやく分岐します。
いやー、しかし、それまでがまぁた長いんだなw

断罪編には乱菊、日番谷が結構絡んできます。
あとは白哉、恋次とか。ではでは。