第十七話「介錯鹵簿」
私は臆病な 執行人
無機な 刃の 執行人
鉄の兜 被って
無慈悲に 掲げた血の刀を
目の前 断罪 爆笑沙汰
涙は枯れたわ
あとは 下ろすだけ
目の前行くのは 執行人
無機な刃の 執行人
鉄の兜 被って
無慈悲に 掲げた血の刀を
目の前 断罪 爆笑沙汰
くるりとこちらを向いたわ
奥地が笑ってる
手を引かれて 執行人
私も行列 執行人
無機な刃の 執行人
蘭ゝゝ 蘭ゝゝ
さあ 謳いましょう。
蘭ゝゝ 蘭ゝゝ‥
天の君臨 執行人
私はいつしか 断罪人
不可避な 超駆動(そくど)
笑って頂戴 可愛い子ちゃん。
守りたい。
それでも私の手は染まってしまう。
紅い紅い、藍色に─────────。
【流星之軌跡:第十七話「介錯鹵簿」】
宵闇に輝くは、月光揺めく白刃の軌跡。
ひらり、ひらり。
断続的に舞う度に、仄暗い月明りに紅の残光がその白を染めた。
悲鳴の中心で、その恐ろしい断罪の刃を下しているのは、漆黒の闇と同じ髪の色を有するまだ幼い少女────。
ただ淡々と、無表情で襲いかかる虚に鋭い鉄鎚を下す。
そしてそれを見守る、というにはあまりにも冷酷で、軽薄なまなざしで見つめる男の影があった。
ふと、その男が目を向ける。少女の背後には何十という巨大な虚が今にも彼女に襲いかかろうとしているのだ。
しかし、まるで助けなど知らないと言うかのように、男は微塵も、それも眉一つさえ動かさない。
男にとっては少女は相棒でも何でもない、恐らくは『動く傀儡』なのだろう。
しかし、少女は気付いていたのだろうか。
目の前の邪魔者を斬り臥せながら身体を反転させ、直ぐさま後方の撃破にかかった。
風が吹き、僅かに男の唇が歪む。
少女は、斬り臥せて当然だったのだ。
彼女の力は即ち自分の力。研究の成果。
そして何よりも彼女自身の恐怖と真諦に拠るものだからだ。
────ぽた、ぽた、ぽた。
さらさらと流れる血は、少女の冷たい刃からしとしとと、まるで雨雫のように滴り落ちる。
「グ・・・ゥッ!貴様ァ、死神のくせして・・・そやつに従うか・・ぁ・・・ッ!」
今さっきまで自分のものだったそれを目に焼き付けながら、斬られた虚は怨嗟の罵声を浴びせる。
しかし彼女はあくまでも冷たい表情をして、唇を動かした。
「それが涅槃だと言うのなら。それが総てと言うのなら」
紅く染まった虚の口が皮肉に歪む。
「何を・・・意味の分からぬことを・・・貴様は・・・元々十三隊の狗・・・その貴様が・・・
何故あやつに味方するのだ・・・ッ!まさか只の虚討ちでは・・・あるまい」
「ええ。確かに私はあの方を知っている。目指す方向も、思考まで」
そう、だからこそ、今だけは誰よりも憎い男に従う。
果てしなく遠い、憧れの場所を目指して。
その場所に自分がいるのかは謎のままだが、今はただ愛すべき人々のために生きたい。
「なら、何故───。何故儂を討つのだ────藍染様ァア!!!」
裂けた口から血を撒き散らしながら、虚は少女の背後から見下している男に咆哮をあげる。
しかし、只藍染と呼ばれた男は冷酷に、その微笑みを紅い紅い月光に晒すのだった。
「私は総て、見ているのだよ。私が計画を進めている間、お前は一体何をしていたのだろうな?」
「・・・っ!そ、それは───」
「虚の分際で、彷徨う女の人間の魂にでも情が移ったか」
「しっ、知らん!儂はかような事は、何一つッ!!知らん!!」
「────醜いな」
そのまま藍染は少女に念じる。
ザリッと少女が草履を砂走らせば、土煙が月光に照らされて一面まるで光子が撒き上がるかのような感覚に襲われた。
────ザァアァ・・・
風が、舞う。
「─────断罪よ。頭を垂れなさい・・・」
──────────びちゃ。
軽やかに空から着地した彼女の足許には、溺れんばかりの血の池が広がっていた。
※※※※※※
「処すとは何とも、慈愛を濯ぎたいものだな」
断罪の深夜、いつものように藍染はを抱いた。
いつものように。
そう、いつものように。
「は、ッぁ・・意、味・・・が・・?」
いつものように、は途切れ途切れに、甘い息を交えざるを得ない状態で問い掛ける。
あまりにも彼女には彼の考えていることが分かりすぎて、理解らなかった。
いや、知らな過ぎたのだ。
「そのままの意味だよ」
いつものように。
いつものように、自分の弱い部分を攻め立ててくる。
肉体的にも、そしてなにより精神的にも。
子供の首を軽く捻り潰すような、それでいて完全には殺さない無邪気なまでの御悪戯。
それが跳躍させ、永遠に向かわせようとする。
だからといってにはどうすることも出来なかった。
なけなしの抵抗といえば、こうして知り続ける事。
しかし、それさえも彼女の伸ばす手を紅色の蕾に隠すのだ。
「たとえ泥濘み歪んだ路とはいえ、交わる先が同じなんだ。電界が生じ、磁力が廻り、巡り、
地殻と私達が引き合うようにな。・・・その上、私には懐かない───何とも、健気で気丈で・・・
・・・そして無智だと。そう言っているんだよ」
「は──ん‥ッァ・・ぇ・叡・・ちを・・掴む・・っは‥ァ‥・捨てろ・‥とっ・・?」
いつものように、藍染は眼鏡を外した裸眼で彼女に冷たく微笑む。
剥きだしの瞳で、殺めるように。
弄ぶように、慈愛のように。
いつものように。
そう、いつものように。
しかし。
今迄と違うところといえば、こうして路を指し示す事。
そして、「捨てろ」と何よりも酷で健気な事を要求とまではいかないが、囁いて来るようになった事。
甘い耳朶を噛み切るように、色彩のない細やかな痛みを伴って。
「お前の路に鏡を作り出し、腐食させるのは、限りあるもののせいだ」
だからといって、その路を進んだ先に自分はいないのだとは思う。
それなのにいる方法と、進む羅針盤を持つ方法とを、藍染は知っているのだろうか?
路が、ない。
歩く脚は、止まってしまう。
戻りたいと叫ぶ度、捨てろと言う。
ならどうしろと?
どうやって進めば良い?
そう思考する度に、今宵もまた、の路は跳躍してゆくのだ。
「どうして泣くんだい?」
の汗に張り付いた髪を掻き上げるのは、優しい顔をして白いコトバを吐く藍染。
そんな移ろいの彼に、は初めての笑みを見せた。
何処まで墜ちれば良い?
いや、墜ちている筈はないのだ。
総てに憧れを抱き、彼に与するようになった筈だ。
だから、最も醜い「墜ちた」等、そんな筈は、
そんな筈は‥‥嗚呼、そんな筈はないのだ。
なのに、目の前は染まってしまう。
紅い紅い色に。しかしすぐにそれは鈍く眠たい黒に変わってしまう。
黒は黒のままで、しかし月明りの下、それはむしろ、酸素を吸い込んだ、
鮮やかなまでの───────‥‥ 藍 。
─────びしゃあぁあぁ─────
「‥‥‥‥」
墜ちた、なんて。
そんな筈は、なくて。
「何故」
死に逝く虚は、口をそろえて皆そう問うた。
墜ちた、なんて。
そんな筈は、なくて。
せめて着物だけは黒で良かった。
洗い流さないで済むからと、は笑う。
────ゴキン、ザク、ズブズブ‥‥‥びちゃ、ピシャアああ‥‥
墜ちた、なんて。
そんな筈は、なくて。
は笑いながら、背後の藍染に向き直る。
紅と黒と白しか、支配を赦さないその世界で、その彼女をふと掻き抱く。
「────まだ生きているのか。・・・本当に、意地らしいな」
月の下、二つの生きた黒い影は重なった。
ふと強く強く、骨さえ軋むような抱擁の中、は何よりも穏やかな無表情で広い背に腕を回した。
彼女の目に映る色、それは・・・・・・
「───── 藍 ‥‥‥」
染 ま る 。
藍 に 染 ま り 、
愛 に 塗 れ 、
ア イ を 失 う 。
瞳 は 汚 れ 、
抱 え 切 れ な い も の は 、 嗚 呼 、
朽 ち て 、 チ に 墜 ち て ・ ・ ・ 。
────びちゃ、ずり・・・っ
戻らない。
手を伸ばしても、貴方笑って。
私、着物(べべ)、藍に染まった。
「・・・見たい、景色を」
───噎せ返るような情事の後、緋色の朝焼けがまだ広がり全ての色を殺す頃、気怠げには目を覚ます。
いっそのこと、以前のように泥のように眠って、覚めてしまわなければ、どんなに幸せなことか。
は、藍染の意識の覚醒を知りながら目を細めて、ただただ懇々と囁いた。
「私は、貴方が憎い。誰よりも。・・・貴方を赦さない。憎み続ける。私を呪った貴方を」
夜虫さえ鳴り止み、その場にはの言葉だけが響く。
明けぬる闇の色彩は藍で、彼女は褥から抜け出した。しかし彼は何をする事もなく、
ようやく瞳をうすく開けるだけだ。
「・・・路なんて見えない・・・。白は深い深い蒼に染まってしまって無い。
色なんて、無いんです・・・」
涙なんて、断罪をするようになってから枯れたと思ったのに────
の両眼からポタポタと、透明なそれが零れ落ちる。
しかしそれさえも染められて、逃げる事さえ赦さないのだ。
「あの頃に戻りたい。真実なんか、記憶なんかいらない・・・だから、お願い・・・。
・・・あの頃に、笑いの絶えないあの頃に、戻して・・・」
誰の目にも触れることはない縁側で、冷たくなった両膝抱えて、ただは震える身体を掻き抱いた。
幾重にも傷が付いたそれで、藍染が付けた幾重もの刺し傷に彩られた柔肌の肩を。
総てを支配する空間で、ただ彼女にはこうするしか出来なかった。
「・・・雲の先を見たいなら、それこそ天の下にいなければならないのは、知らない訳では無いのにな・・・」
藍染の纏った薄布が、肌に馴染んだ。
するすると残酷に包み込むそれに、は涙を滲ませてまた藍を作るしか出来ない。
「何故、何故・・・私を・・・殺めてくれないのですか・・・」
そう呟けば、藍染は優しくの黒髪を慈しみながら囁やく。
「・・・唯一無二のを、アイシテいるからだよ・・・」
≪ 死ねないくせに ≫
口と心ではこんなにも違うものか。
しかし、口は仮面の下から刃を突き刺すなら、心はむしろ剥き出しの刃なのかもしれなくて、
しかしそれならその刃を掴んでみたいとは思った。
そして、笑う。
藍染もそれに微笑み返して、その場は紅い朝焼け色に染まり始めた。
今日も、仮面を被り、断罪の夜を迎える。
それでも貴方、傍にいて。
離れないで────
誰 よ り も 憎 ま し い 、 貴 方 。
「────お早うございます、藍染隊長────」
朱 に 染 ま る 。
朝 焼 け の 朱 に 。
手 は 染 ま る 。
藍 色 の 血 に 。
何時まで、この無限地獄は続くのだろう。
一体何時まで、一体何の為に、誰の為に──────藍に染まる?
全てを捧げるなら、教えてくれるのか。
私は、一体誰なのだ。
藍色の闇の中で、今宵も断罪の風の音が闇を切り裂く。
続
───────────
はい。断罪編第二話にございましたー。
はい、神懸かってきてますよーw
断罪編は色、ですね。色をテーマにおいています。
元々
原作はBLEACH−漂白−。
DYE−染めるのは正反対なわけで。まさに死神が世界の神になるのは染色という。
しかしそこには真実と救いがあると・・・私は信じたいのです。
これからいよいよ、中盤となってきます。
まだまだ精神的に辛いシーンが続きますが、ご応援いただければ嬉しいです。
それでは。