第十八話「藍に染む華」



固まった。



只の貴方の一言で。



固まった。



どうかそうして
止どまる事が 出来るのなら
教えて下さい。




血塊を殴り描くのなら、
葬列は天に昇り逝くの?



抱き締めるその温もりを
瞳を解かすその酸の味を
どうか
どうか
教えて下さい。




天つ罪。



空座を射止める神殺し。





【流星之軌跡:第十八話「藍に染む華」】


毎夜の如く、今宵も藍の華が散り散りに弾道を描き、喋る大きな化け物と断罪者の胸をぶち抜いた。


違うのは、それが何処から流れ落ちるか。化け物のは刃で突いた箇所から、そして、
己のは突き刺した刃から、触れていない筈の胸から。
ズルズルと流れ落ちた側から紅から藍に変わる。




虚の血も、己が刀も。





シャリン、という音が響かせて、はいくらか鈍い色に染まったそれを鞘に納めた。
すると、後方からするザリと砂を擦る音がやけに耳についた。


「ご苦労」


ポタポタと頬を流れ落ちる藍を、その色の名をあらしめる名に持つ男の指がやや乱雑に拭い取り、
引かれた線にはかたくなに無を見せる。


「・・・いえ。・・・これも、涅槃を目指すならば・・・」
「はは、聞き飽きたな」
「・・・・・・」


語尾は切り捨てるように、しかし笑みはあくまでも白く藍色の男、藍染は掛かる月を眺めた。
最早は以前のように恐れる事はなくなっており、その事実に気付き、彼と同じ月を見る。


「確かに蝋燭寂静の世界は成程、月もさぞ美しいだろうな」


しかし、一見美しいと思わずはいられない大きな照り光る円形に、は身を微かに震わせた。
そう、紛れも無くそれを形取るのは漆黒の蒼だったのだ。
そして、それは無限に駆け抜け、朱に負けてはまたその色を塗り潰す・・・その事実に。



それでも風が吹き、真夏の寒さには藍染に身を寄せた。



「・・・おいで」



ふわりと白い筈の羽織に包まれて、藍の香が肺を満たして穢す。蔦は絡まり絡まり、鼓動の仕方までをも
絡めとり鮮やかな藍を咲かせる様だ。



口から華は出てまいか?



くすりと笑い、その暖かさにそれを殺した。




「では。“お前の愛しい場所の為”に・・・新たな任務を課そう」
「・・・・・・・」



「明日からは虚の断罪だけでなく────死神を、処せ」




「───────」



「誰にも気付かれずに、殺せ。解かったな」




どくん。



どくん。



・・・息を吸い込んだ。
少しぎこちなく、拙く。



紅い血は巡り、心臓の蔦は耳を通った藍染の言葉によって碧々しさを増す。



どくん。



どくん。




「恐れるな」




≪もう一度は手を染めた事があるだろう?≫




・・・もう一度、息を吸い込んだ。


吐いて雨が降るならばどんなに救われた事だろう?


しかし、生憎今日は晴天で、くらりくらりと眩暈と共にその光に染まった色を曝け出される。





「・・・我儘を」
「ん・・・?」
「・・・・・・」



言おうと、微かに唇が蠢いた。
が、逃げるなと己が血は言った。

譬え脚が折れても歩くのを止むなと言う様に。


無茶な事を。


そう思った時─────。




「月夜の下で重なるのもまた美‥か」



決して他人の目には触れない大木に押し当てられて、割って来た男の脚を控え目に招き入れた。
そして、藍を覗かせる唇は、藍に帰依し、紡ぐ銀の糸さえもその粒を永遠に魅せるのだった。




「────・・・はっ・・・ァ・・・」





────紅の、大木に。





「・・・ふ」




色を無くして、藍に溺れて、憎い朱に染まり藍に染まる。
ゴツゴツと角張る木目に小さな胸を擦り宛て上下に動かされ痛い程だが、それすら快感に染まった。
次第に谷間には藍の掻き傷が後味を占め、淫らに尻を突き出させては次に弓なりに背を曲げる事を与儀なくさせられる。


木にすら縋るとは何とも獣らしいかと藍染は柔腰を掴み、緩急付けて突き上げながら腟から流れる愛液を肌に妖しく
纏わせたが、最早は大木と共に蔦で拘束されてしまっていて、ただ狂った様な嬌声しか上げられない。


「ぁっ、あ、・あっ!!ひっ、‥あン・・ッ!!はぁっあぁ・‥あ‥‥ーっ‥ィ‥・っンァああーっ!!」



快楽の味を知ってしまったからこそ、溺れて逝くと言うのなら、いっそのことあの白の男が欲望に抱いてくれれば。
そう思い、は心の何処かで咽び泣く。



それでもまだ、白の男の空は快晴なのだ。



「‥‥ぃッ、やぁ‥・・!───ィっ、っいいっ、イイっ、ソコぉッ・・!も・ォッ・・‥ふか、・・くぅっ!」
「舐めろ」
「イ・・ぁっ!‥しぃ‥‥ですっ‥‥‥‥染たぃ‥‥長、ぉ────」



駆け巡る熱は熱くて。
欲しがる甘い瞳は罪悪で。



「なら、舐めろ。・・・そうしたら掻き回してやる‥‥」



次に褒美として、お前が好きなモノで壊れる程突き上げてやろう。



二度目の跳躍の黒い囁きに、ひゅるりひゅるりと蔦が絡まって────。



「ッひゃぅッ‥!───ン、ム・・ゥ・・・っ」




────鮮やかな碧が空を埋め尽くした。





嗚呼──────白の快晴はあんなにも遠いのに。




差し延べられ叫ぶ口に無理やり入れられた指に、淫らにしゃぶりつく穢れた自分には、
霧すら掛けられないのだと。



「‥‥‥ん、・・ふっ・・─────ッ」
「ハハ・・利口だな。────そら、褒美だよ」
「ッッ─────ぁあぁァあアあぁあーっ!!!」



与えられる褒美とは、代償の価値に比例する────即ちこの絶叫の瞬間、彼女は負けたのだ。


だけれどもその負けに嘘偽りはなくて────。


身体は何時までも、何時までも、何処までも、穢れてはいなかった。





「‥‥‥‥」





意識を失いだらりとした半裸のまま己が精液を垂れ流し、快楽の涙を流すを大木に宛て摺りながら
無造作に抱きかかえ、張り付く黒髪を残忍に慈しむ様に掻きあげた後、
藍の男はまたひとしきり月を眺めたのだった───────。




、御覧。お前の月は何時でも清く、愚かだよ────────」














※※※※※



─────見えない。



─────見えない。




‥‥‥ここは、何処??






「────なっ、何でだよっ・・・!何で下級死神が俺を────」



真っ暗闇で、路は見えない。


ただ解るのは、手に馴染む柄の感触。




「────全ては、・・・涅槃の為に」




唇は何か機械的にそう言った。




そう。




その筈、だった。





「───やっ、止めろっ!!殺さないでくれぇえっ」




なのに、何の罪もない聖人の怯える瞳ににじり寄っている。




「黙れ。────これは“断罪”────断罪・・・断罪よ」




罪を断つ。





笑える。




何を断つと、私は言うのだろう。




「おっ、俺は十三隊に何も迷惑を掛けてはいなかった筈・・!!
その俺が、何故処されなければいけないんだ!?」



────あぁ、でも・・・・・・・やらなければ。




やらなければ・・・・あの男は私を殺して、天を目指すだろうから。




そして、あの方は────泣いて悔やんで仕方がないと思うから。



優しい優しい、貴方。
それがたとえ、偽りのものであったとしても、利用目的だったとしても、
あの思い出だけは真実だったと信じたい。






優しい優しい優しい優しい、優しい・・・・






「───・・・滅せよ」





哀しい、貴方。









─────暗い天を見上げれば血の雨が、容赦無く降り注ぐ。



ならせめて、路の先だけは見届けたいと、二度と海へと帰れないとはいえ、せめて。



でもこの状況で、私は霞さえ、掛けられないのではないかと危惧した。






でも─────。





「今日はこれで五人目か。ふふ、やるじゃないか」





後ろから見下す様に微笑む宿敵を、どうして裏切ることが出来ようか?



裏切れば、双性の“死”。





“死”。





貴方も“死”に、私も“死”ぬ。



生き残って鮮やかに笑うのは、この男だけ───────。






「───涅槃の為、とは言わせないよ」



くすりと微笑んでから少し乱暴に、血に染む唇に親指を宛てて、私の言葉を憎き男、藍染は言葉を殺した。




「全く、これでは涅槃にさえも嫉妬してしまうではないか───────」




涅槃さえ、踏み躙るくせに何を言うの。




そう思っても、聞こえない。




≪明日は六の死神を処せ。無論、誰にも気付かれずに────・・・
 そうしたらまた、アイシテやろう≫




藍染の声は聞こえても、
聞こえない。




私の声は───────・・・聞こえない・・・。












「・・・了解致しました・・・」




獣のような殺意の瞳で、藍染を睨めば、何とも楽しそうに目を細めて私の唇に自らのそれを重ねてきた。


吐息に熱が籠る。
唾液は溢れて、逃すまいと舌が追う。
腕は逞しい背中に回し、代わりに腰を拘束されて下半身が擦り合う。
身体が疼き、頭の中が白くなってゆく。




あぁ、また、始まるのだ。



何を産むことのない、虚しく恐ろしい破壊の性交が。





「─────たい、ちょう─────」





紅に染まった縁側に押し倒され肌を晒される中、夏の虫の声さえも五月蠅くて、死んでしまえば良いと思った。



路を妨げるモノは、焼き払って死舞えば良いのだから。










─────嬌声を纏い、快楽に滲む月。
極限までにピィンと張り詰めて、まるで泣いているようだった。



・・・泣かないで・・・。



────でも、そんな良心のかけらさえも────




「───ぁあ゛アあぁ゛あ゛ァ───ッッ」





藍色に染まって逝った。

















────何時まで、何の為に。




何時まで、誰の為に。





─────でも。
そんな単調で恐ろしい私の生活に、このある夏の日────転機が訪れた。







「・・・おい。そこのお前─────何をやって・・・?」










見つけてもらえた。










そう、思った。






譬え、それが更なる悲劇と犠牲を産む事になろうとも。






────嗚呼、貴方はどんなに残忍で────美しい。

















──────────────


ちゃちゃっとここらへんは進んでゆきたいものです。
はい、断罪編もやっと進行の波に乗りかかったという感じですね、はい。


えー、、今回書いて有りますように、は今は一応「納得」して藍染さんに従っています。
八話以降の従属とは質が違うんですね。


えー、ちょいと説明致しますと・・・、


八話以降の従属は「自分の生存・牢獄(≒藍染)からの脱出」の為に「あえて・無理やり」従属「させて」います。
今回断罪編の従属は「逃げられないと悟り、せめて自分が犠牲になることによって、愛すべき場所(≒浮竹)に希望の光を捧ぐ」為に
「理解して」従属「して」います。


(つまり、たとえば観光地へ仕事で視察に行って、取材して、すぐに帰るつもりだったのにその取材した人が実は地元のマフィア(え)
で、捕縛されてしまって、結局そのマフィアがラスボスなみに強くておまけに頭も良くて倫理もしっかりしていて自分も洗脳までとは
いかないけれど、その思想にハマる、考える状況?(わからんわ!)
で、最初は隙あらば逃げようとしていたけれど、その捕縛されている場所が実は無人島だったりして逃げられなくて、結局頼るものと
いえばそのマフィアだけ、みたいな・・・。うーむ、わかりにくい!(殴))



決して藍染の事は許さない。むしろ憎くて仕方ないのですが、それでも何故か惹かれるのは存在の大きさ故
(・・・万有引力とか磁界とかの喩え話参照)か、果たして?
というところは・・・まだまだ謎にしておきたいんですね。
第一、惹かれる、といってもそれが 憎しみなのか、 悲しみなのか、 愛しさなのか?


その質もまだあやふやなのです。はい。うあ、滅茶苦茶ダナw



しかし、一応皆を一切皆苦から救いたいがゆえに「理解」して従属「して」いるですが、エスカレートしてゆく藍染の命令に
疑問を抱き始めます。(今まさにそうですね)
虚を消すのはまだ救済になるだろうが、果たして仲間(死神)を消してゆく事(しかも「断罪」という形で)は、救済に繋がるのか?
と、そして先ほども書きましたように、その救済命令(=藍染の命令)を実行するほどに、一番彼の思想に染まりそうもないのに、
染まっていってしまっている路を進んでいっている自分に戸惑い、疑問と嫌悪を抱いています。


一体誰のために? ―― 自分か(死への絶対的恐怖)?衆生の一切皆苦(慈愛)?藍染(踏み外した道徳・生存本能)か?
一体何のために? ―― 死にたくない?皆を救いたい?自分が赦されたい(主に浮竹・速水・山本)?


その願いが他人へのものだったら美徳−−けれどもそれらを被った、自分へのものだったらそれは最悪の醜態−−
二点で揺れてます。
あーはは、救われない(えぇーっ)本当にこれハピエンなのかな・・・ww




・・・うへぇ、今回良く語ったなぁぁ・・・(遠い目)しかし、同じ「従属」でも言葉のグラデーションを扱うのは楽しいですね。
書いていて非常に私自身、えええ、ってなること、あります(あるのかよー)


次回以降ひっつん、乱菊姐さん登場です。いやー、新鮮w
どんえりゃー長文あとがき失礼致しましたw
ではでは。




BGM  ♪椿屋四十奏「幻惑」
    ♪天野月子「混沌」

              ・・・好きだなぁw