第十九話「捕縛」

わたしの
この目を あげましょう。



わたしの
耳さえ 惜しみなく



助けを
求めたりしないでいいように
期待は 捨てたはずだけど



わたしの
唇も
全部あげましょう。



ここから出してくれるなら




いつまで誰のために?

いつまで何のために?

腫れあがる頭をかかえて

どれだけ崩れ落ちて

どれだけ血を吐いても

答えなんてどこにもなかった






私は誰なの?







【流星之軌跡:第十九話「捕縛」】


単色(モノクローム)の世界─────いつしか、より綺麗な世界を目指して希望のうちに飛び出した
の目の前には血塗られ、呪われた世界が広がっていた。



一体、どこから?


一体、どこから───・・・路を違えてしまったのだろう?



否、路のためと否定したいのも事実だが、しかし現実は何の解決もない殺戮と涙の嵐ばかりで血の匂いは
最早日常となってしまっていた。
何度何度湯浴みをして洗い流しても、洗い流しても、皮膚の網目に入り込み張り付くのだ。
少しばかり手から腕にかけて朱に染まってくる様子は、まるで「命奪った事を、忘れるな」と叫ぶように。
血腥さは嗅覚を犯し、脳と心を突き刺すようで、その度に吐き気を催す程だ。
それもまるで、「命奪った事を、忘れるな」と叫ぶように。



いくら罪を犯した命とて、一つの命。
母の胎内から声を上げて産まれ出た命なのだ。
その違いは母が人間か、はたまた人間の憎しみかというものだけで、形は違えども。



命。


一つの、記憶と愛を持つ命なのだ。



路の為と。



否、それはただの自分の自我ではないか?
実際今自分は数多という虚と同胞の骸の上に君臨しているではないか。


否、それよりも悪いかも知れない─────ただ、自分が死にたくないと、だから生きる術として
骸を堆く積もらせているのではないか─────?

嗚呼もしそうだとしたら、それでも「悩むな」と言ってくれた速水はなんと偉大なのだろう。
そして、なんて自分は死にたくないという欲望を、いかにも清らかな“路の為”と声高らかに叫び正当化する、
醜く浅ましい────獣なのだろう────。




そうすると、端から浮竹達の為にではなかったのかもしれない。
端から、自分の為に、今まで能力を磨いてきていたのかもしれない。
だとすれば、互いを利用したということになるのだろうか。
互いに、あの優しい仮面を付けて。




そこまで考えて、暗闇の中では頭を振った。
────そんな筈は、ないの。と。




「・・・私は・・・十四郎様に救われた。・・・それは、事実で・・・」



掛かる獲物を待つ暫くの間、震える両肩を抱いて呟いた。


「それを恩義と思ったのは、私・・で・・・っだから─────」



涙も枯れ果てた。
いくら感情が高ぶろうと、贖いさえさせてもらえないと言う様に。
その代わりに、突き刺す様な吐き気と痛みに襲われた。
藍染が毎夜一つ一つと付けてゆく刀の切り傷が、涙を封印させるかのように熱く疼き、皮膚を透明に爛れさせる。


「だから・・。それを返そうとしたのは私の勝手な意思・・・。私‥余計なことを‥‥したの・・・?
 でも───・・・本当に利用しようとしていたとすれば、死神になろうと言った時、十四郎様は反対
 しなかった筈・・・。・・・でも────・‥」




答えは出ない。



何故なら、浮竹の心は読めないのだから。
わからない心だらけの中で、藍染の心が唯一の真実だったのだ。


人の心が読めるだからこそ解る。
人とは仮面を被りながら、本心では想像もしないような企みや憎しみを秘めている生き物だ。


あの優しい笑顔、安堵の温もり─────嘘とは思えないが、事実なのかもしれない・・・。


いや、嘘でも、たとえ嘘でも良い。
だからせめて唯、自分が献身的に十三隊に恩義を返せれば──────・・・・そうは思えど。


は刀を握り締める自分の手を見て咄嗟に口を押さえて嗚咽をやり過ごす。



「───ゲホッ!ゲホッ・・・ッッ!げぇっ‥‥‥かはっ・・‥ぅぅ‥‥‥っ」



涙は、やはり出てくれない。

嘔吐するものも最早無くて、胃からはただ詰るような酸味のある液体しか出てこなかった。



「‥‥‥ふっ───・・・」


手に吐いたそれをまじまじと見つめながらはまた絶望に突き落とされた───胃液すら、藍に染まって見えたのだ。



「なのに─────私は‥‥‥何を、して・・・っ!」



さらさらと流れるそれが明け方の月に照らされて、そこには今まで自分が“綺麗な路の為”と
処してきた虚や死神の死に逝く怨嗟の面々が映し出され、恐怖に彼女は壊紙で何度も何度も拭い取る。


「───ッッ」


それでも、その色は落ちてはくれなかった。



────ぐしゃ・・・



醜い。



嗚呼、なんて醜い生き物なのだろう、私は。



暗い闇の中で、私は一人。
醜い私は、置き去りにされて・・・逝くのだろうか。




呆然と、襖に寄り掛かった。


と、その時─────。





────ドン、ドン・・・




「っ」




─────獲物が、来た。




「・・・・・・・・・」



闇の中を彷徨うようにして白い指が揺れたが、それは一瞬だった。
は刀を握り締め、またあの冷たい瞳を張り付かせて、縁側に足を踏み出した。



誰もいない筈の、深夜の自室からはたと急に見慣れない冷たい女が出てきて、
目の前の獲物の男は開いた口が塞がらないようだった。



「───だ、誰だ、・・・き、君は・・・っ?」



────サアア、と風が舞う。



「・・・全ては涅槃の為。────断罪よ・・・」






月に仄かに照らされたの顔は、恐ろしい程──────美しかった。





びちゃ、びちゃ。




「ひっいぃィいイイ・・・っ!!ガハッ、・・ハァッ、ハァッ・・・た、助けてくれぇええ゛えッッ!!!」



心を軽く一突き。
もう何秒後かには息絶えるだろう。



「止めなさい。どうせその傷では逃げられないわ・・・」
「ひっ、くっ、来るなっ!来るなぁあっ」




ざりり、と音をたてて無様に這いつくばる死神の男の首に、は両手を延ばした。



「無理よ。その傷では」
「っ!?ぐっ、ぅうぅう‥ぁ‥‥っ!!」
「大声で叫ばれるのも、迷惑なの。・・・だから」
「・・・ぐ、が‥‥っ‥‥‥‥!!!」



宙に浮いた足は、必死の抵抗を試みたのだろう。
心から滴る血が、上下に軌跡を描いた。



「もう無理よ。いずれ死ぬの、貴方は。だから、抵抗は止めて」
「‥‥っぐむ・・・ゥゥゥ・・・ッッ!!」



ぶらんぶらんと足掻く足が、その時に火を付けた──────。



「────ッッ!!!」
「・・!ぐッ、‥‥‥‥‥‥‥‥・・・・・・」




ぐだり、と頭がうなだれ、男の体重がの細くて白い両手にずっしりとかかった。




「・・・ハァッ、ハァッ、ハァッ────」




息が上がる。
もう目の前の死神は息絶えているのに、まだ力は一層かかる。
ぎりぎりと音を立てて、ついにボキンと骨が鳴った。


それでも、



「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・!!」



まだ締める力は衰えなくて。


爪を立てた所に指がズブリと突き刺さり、男の首に通る骨を全て粉砕してぐにゃぐにゃになった所で、
ようやく締めるのを止めた。
そして急に無表情になり、男の頭を掴み、死体を林まで引き摺り、捨てた。
大丈夫。悟られることはない。
あの時のように──────どうせ虚のせいだと騒ぎになるだろうから。




そして、血塗られたまま路地に出る。
大丈夫、この闇に歩く者などいないだろうから。














しかし─────その時だった。









「・・・おい。そこのお前────何やって・・・?」




声のした方向に、ぐるりと頭が傾いた。




────しゃりん。







「───!?くそっ、松本っ!」
「ふぁーい・・、一体何です─────え・・・ッ日番谷隊長!?」











ヒュン。






「くそ、手を下すしか──────、・・・なっ・・・!?」








風が、舞う。



闇が、散る。








涙が──────輝く。









──────ぴた。









白髪の少年の首には、早くも誰かの血に染まった紅の刃が宛てられていた。






「・・・お前────」





「・・・・・・」





白髪の少年は目を見開く。
それもそうだろう─────微かに刀から流れる死神の残留霊圧、そして何よりも血塗られた少女は、
絶望の色の内にこの上なく純粋で美しい笑みを見せて────




「・・・・っ」





涙を流して、意識を失ったのだから。















「・・・松本、至急この隊員を隊舎に運ぶぞ。それと・・・」
「・・・はい」
「───・・・この隊員の身柄を調べろ。意識回復次第、続けて事情聴取だ。場合によっては拘束してでも良い、
 とにかく───その上で、この隊員の沙汰を決める・・・良くても、悪くても、な・・・」



「・・・・・・何か嫌な予感が、するんですね?」













「─────・・・ああ・・・」












−−−御願い。
−−−ここから、誰か――――――。








−−−自由の苦しみから、掬い上げてください。

















いつまで何のために?

いつまで誰のために?

腫れあがる頭をかかえて

どれだけ崩れ落ちて

どれだけ血を吐いても

答えなんてどこにもなかった

背中を打ちのめす

ムチはもう折れてた

それでもまだ誰かを呼んでる

出口はどこにあるか教えて

どこまで行けばいいか教えて





独りにしないで


独りにしないで




出口はどこにあるか教えて

どこまで行けばいいか教えて














−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




毎度ながら歌詞引用申し訳ないです。というか一応これ個人サイト(非利益)だからいいのかな・・・
駄目なのかな・・・と、ちょっと震えながら引用させていただいています。
(でもブリ自体も元々原作があるのはあるわけでサイトがありますしねぇ・・・うーん、非常に線引きが難しい;)
しかし・・・いや、本当にいい詞ですわー。


というわけで、19話でした。
ようやくひっつん達の登場ですね。といっても、人物多くなるにつれて私の文章力が低下・・・というか
ないものがないってハッキリ露呈されてしまうのでwちょい今書きにくいのですが・・・意外と断罪編は短くなりそうです。
そして段々ハピエン方向に・・・?
いやいや、その前にドーォンと落としますがw


今回キレましたね、珍しい。
しかもズリズリ引きずって死体を投げ捨てるという・・・


えー、次回から十番隊にお世話になります(お世話て・・・)
そして段々元気なお話に!?(ホントか?)ただ魔性の女の子にはなっていってほしくないなぁw


それでは。



 「流星之軌跡」第十九話「捕縛」
  歌詞引用 ♪Cocco 「Way Out」(アルバム「Coccoベスト・裏ベスト」・シングル「カウントダウン」収録)