第二話「柳雨」



水滴に 分光された スペクトル

それは暖かい陽射に 隠されて

不思議な共鳴は これから君の向かう 旅路を

表しているかのようで

不安に駆られるが


私にその道を 妨げる手も無く


ただ ただ



その背に幸せを望んだ




【流星之軌跡:第二話「柳雨」】


真っ白な壁で覆われた、大き過ぎる部屋。
そこは鳥の鳴く声等は勿論、草木のざわめく音すら聞こえない、白亜の牢獄。


『名を与えよう』

『………』

『君の名は『』──君が総ての物に耳を傾け、総ての者が、君を愛すように』


『……『』…』


壁と同じ色の髪をたくわえた人物は、満足げに微笑んだ。

──良い名、だろう?』


それは、──孤独に殺されそうになっていた彼女が、この世に生を受けた瞬間だった。



※※※※



(これからまた一ヶ月間、異動先か……)

は小さく息を切る。彼女の後ろ背には大きな『一』を頂く扉。
確かに休みは明日一日と少ないが、これも仕事。特に最近は不穏な動きが目立ってきているのだ。
恩を返す、不遇な生まれである自分を今まで大切に育ててきてくれた重國様に報いる絶好のチャンスではないか。

は改めてきりり、と一番隊隊舎を見上げ、一礼した。

「おー、こりゃまた律義だねぇ」
「!」

静かな廊下に急に響いた陽気な声音。
はその声に驚きと、そして懐かしさを覚えて、声をかけられた方角をさっ、と見返した。

「十四郎様っ!」

嬉嬉として呼び掛ければ、いつもの、だが懐かしい、朗らかな『おーす』という、男の挨拶。
それが彼女の耳底に優しく反響し、郷愁の思いにかられたのだろう。は小走りに、彼女に声をかけてきた男に駆け寄った。

声をかけた男の名前は浮竹十四郎──護廷十三隊のうち最後の隊を頂く身であり、八番隊隊長京楽春水と同じ、総隊長山本元柳斎重國の愛弟子の一人である身、すなわち数多存在する死神のうちでもの存在を知っている稀な人物でもあった。
そして更に、浮竹は名前もなかった彼女に名前を授け、面会という形ではあったが彼女を育ててきた身だった。
つまり、にとっては父親にも似た存在なのである。

「いやー、お前も大変だな。久しぶりに会えたのに、また明後日から仕事……だろ?」

浮竹や重國にいつも会っていたは隠密部隊にも明かせぬ超機密密偵であるため、各隊につき一ヶ月の潜伏期間を経た後、結果報告をする時以外に彼らに会う事はなくなってしまった。

いくら今まで待ち望んでいた仕事とはいえ、寂しくない、といえばそれは嘘で。
先ほども、彼に話しかけられただけで心が弾んでしまったことから判断すると自分も大層孤独なのだろうと苦笑してしまう。

しかし、それは浮竹も同じで──まるで本当の父親のように心配をしてくる浮竹には照れながら短く『いえ』と答えた。

「これが仕事ですし……それに、やっとご恩に報いる時が来たんです。私、重國様にも申しましたけど、今とても幸せなんですよ」
「しかし……、」

お前の体が心配なんだよな、と続こうとした言葉が途切れた。
白髪の頭を掻く手が止まり、宙を掬う。

総ての思いを悟ったのだろう。浮竹はその言葉を飲み込み、優しい微笑を浮かべて言うのだった。

「いや、…。そうだな」
「はいっ」

にこりと微笑む彼女の様子を見てみても、無理をしている様子はないからひとまず何も言わないことにしておいた。
言われてみれば、当たり前か。
あのような無味乾燥な牢獄に今までずっと入れられていたのだから。

それに、いつか火急の用で自分が面会に来れなくなり、が何も出来ないで牢にいたことがあった。その時非常に彼女が歯痒そうにしていたと付きの者に聞いたことがあった。

まぁ、彼女の性格を考えてみれば、当然か。

いや、だがしかし──。
今までの責任感故に訊きはしなかったが、やはり訊きたいことがある。

浮竹はゴホン、と一つ咳払いをした。

「俺らが決めたとはいえ…異動の理由、辛くは無いか」

ふと押し出す様に漏れた言葉に、は間の抜けた表情を浮かべる。

「お前の能力は超透視……いや、勿論それだけじゃなくて、お前自身の死神としての才と努力もあるがな」
「はい」
「相手の心が読めるお前は、その剣才も合わせれば、いくらまだ卍解を修得していないとはいえ、間違えなく隊長クラス…低くみても副官クラスだ。なのに──その、」
「『能力不足』という理由で次々と異動させられているから、それを気に病んでないかと心配だ……と?」
「んっ?あ、あぁ……」

今まさに自分が言おうとしたことを言い当てられて言葉が詰まってしまった。
そんな能力を使わずとも予測出来る彼らしい素行には苦笑する。

そう、彼女は機密密偵故にあまり目立たずに詮索しなければならない。
普通に入隊すれば彼女の能力は確実に隊長クラスのものと評価され、隊長昇格も夢ではないだろう。

しかし目立ってはいけないのだ──故に彼女はわざと力を出し惜しみ、失敗をする。
そして『能力不足』という理由で別の隊へ異動させられ、その先でまた彼女は詮索を開始する──そういうサイクルでこの任務は行われていた。

しかし、いくら芯が通っているとはいえ、彼女は密偵である以前に一人の死神だ。
そのような理由を全ての隊長に黙認されて、恥をかかないはずがない。


それを、浮竹は気にかけていたのだ。



「恐ろしいなー。俺には超透視は通用しないはずなのに」
「それはないですね。今日も覇朔(はつい)は良好です」


覇朔とは、重國が技術開発局に要請をして特別に作ってもらった貴重な品で、その効果はある特別な霊力を遮断、つまりの霊力のみを遮断することにある。
これは仕事柄と信用上浮竹は勿論だが、彼だけでなく総隊長である重國も身に着けている。

しかし、彼らと長年付き合ってきたには最早不要といえるほど、よき理解者でもあった。

「十四郎様の考えていることはすぐに分かりますよ。単純ですからね」
「お、おいっ……」
「あははっ」

見事、すっかりはぐらかされてしまった。
今度は別の意味で頭を掻いて言葉を濁してしまう。
すると、そんな彼の様子に気付いたのだろう彼女は、コホンと小さく咳をすると彼に向き直ってほほ笑んだ。


「そんな理由なんて、関係ないですよ。大切なのはもっと内心的な……そう、心…。心、ですから」
……だが、」
「私は体裁より、中身を大切にしたい」


───。
強い意思に宛てられて、思わず言葉を失ってしまった。

昔から育てて来た誼(よしみ)故か、どこか意地になっていたのは自分だけか。
この少女はいつしか自分の手を抜け出して──。

なんと身勝手だろう、浅はかだろう。

浮竹は再度苦笑を浮かべての言葉に無言で頷いた。


“ざわっ……”


小さな窓から爽やかな風がそよいで、二人の長い髪を揺らめかせた。
丁度そこから差し込んで来た西日で、辺りは赤橙色に包まれた。

棚引く黒と白の緩曲線。遥かな日溜まりに照らされるそれはさながら輝く対称の柳だった。

「………」

そんな風に誘われるようにして、ふと二人は窓から見える外界に目を向けた。

すると、大通りが微かに喧騒に満ちていることに気がついた。

まさか、と浮竹は目を見張るが、は不思議そうに喧騒の的であろう行列を眺めていた。

「どけっ!ばぁか、こりゃ見世物じゃねぇんだよ!ほら、散った散った」

死覇装に身を包んだ赤髪の死神──あぁ、とは思い当たる。

確か彼は護廷十三隊のうちの六番隊副隊長、阿散井恋次。任務前に頭に叩き込んだ組織・相関図によると間違えないだろう。

そして並ぶようにして歩いているのは、彼の上司にあたる、六番隊隊長 朽木白哉。

しかし何故、どうしたのだろう──?そうは疑問に思えど、は何時しか二人が連れてる少女に目を奪われていた。


「おらっ、どけっつってんだよ!」
「れ、恋次……」
「テメーは黙ってろ、ルキア」
「しかし……」


少女は阿散井の罵声に申し訳なさそうに身を縮こませていた。

別にあの二人のことを知ってるわけでもない。
ましてやあの少女のことを知ってるわけでもない。

なのに───。

「朽木……そうか、ついに尸魂界に……。あ、確かお前はまだ知らなかったよな。朽木は俺の隊員で──」
「………」
「って、おお!?なっ、何泣いてるんだ、……!?」
「え……?…ウソ、私……?」

は言われて気付く。
視界は涙で歪み、止めど無く溢れ出たそれは零れてポロポロと落ちていた。


しかし、何故か少女から目が離せない。


涙は依然溢れるばかりだ。

「……彼女は、朽木ルキア。俺の隊の隊員で現世まで行っていたが、人間へ死神の力を譲渡した罪で尸魂界に連行されたらしい。……四十六室の決定は死刑」
「………」
「力の譲渡が死罪に値するか…俺は甚だ疑問なんだがな」

は浮竹の言葉に頷きもせず、ただ涙を流しながら彼女を見ていた。

浮竹はそんなの輝く涙とルキアの姿を見て、何か発見したかのように一瞬目を見開いて、細めた。



雑踏はそのまま門の中へ消えて行く。




別に、何をすることもなく、
ただ 涙を流して。

全ては穏やかな風と、柔らかい西日だけが知っていた。












────同じ雨を見た気がした。








───────


いや、なんでこうも文章というものは難しいのか…(苦笑)

比較的穏やかな時間に訪れた不思議な邂逅と共鳴…そんなものが表せられたら、と思いました。



日春琴