第二十話「生きたくて、逝きたくて」


目の前には
赤い手紙
真っ赤で真っ黒な
ローズ・ペーパー
Mr.ローズからの贈り物



愛しい貴方
貴方が望むのなら
ヒラヒラ クルクル
踊りましょう
闇に紛れて 怨嗟の声さえ
踏みにじって




「刃ヲ振リ翳シ
 禍津オ月様ト
 孤独ナ舞踏会ノ
 始マリ 始マリ。」



でも重たすぎて
ねぇ重たすぎて
突き刺さる
ワタシの お腹に
滲む色は
Mr.インディゴ



羽を摘まれて
それでも生きろと貴方は言うの?
勝手なことを 言わないで



首を落すか
玩具にするか


羽を摘まれて
それでも生きろと貴方は言うの?
勝手なことを 言わないで



「素敵ね。」
漏れる微笑に
後悔さえないの





撃ち殺せ。













【流星之軌跡:第二十話「生きたくて、逝きたくて」】



「はい隊長、お茶です」
「あ・・・?」



急ぎの資料に目を通していた時、不意に目の前に出された茶──いや、茶だけならまだしも、
茶の隣りにどっさりと盛られた菓子に、十番隊隊長日番谷冬獅郎は顔をしかめた。
暫くしぶってまた資料に目を戻すと、すぐに差出人から声が上がる。


「仕事仕事じゃなくて、そろそろ休みましょうよー。もうお昼だし、こんなじめじめした部屋でそんな険しい顔して仕事してたら、
頭に黴が生えちゃいますって。折角、お菓子も隊長の好きな茶屋に私が直々に買って来た物なんですよぉ?」
「・・・・・・・・・・松本」


はぁ、と大きな溜め息をつく。
まぁ、副官である彼女のいつものサボり癖などとうに周知の事だが。


「見て・・・分からないか?俺は今し方届いた資料の受領印を押すのに忙しいんだ。
それに、俺の頭に黴は生えねぇし、わざわざ茶菓子を買いに行けとも言ってねぇ。
第一、またサボって茶屋なんかに行ってたな?というかそれ以前に、まだ昼じゃねぇだろう」



捲し立てるように後背に言うと、墓穴を掘ったというかのようにしばし沈黙がその場に流れた。
バサリ、と判を押し終わった紙束を机にまとめれば後から明るい気がさすが、
また机の中から新たな膨大な資料を出すと暗い気がさした。


ゴトン、と盆を机上に置き去りにして日番谷の副官松本乱菊はすっと踵を返す。



「・・・暇潰しにあの女の子看て来まーす」
「おいっ松本!!お前暇じゃ無────・・・・・・はぁ・・・」



一体誰のせいでやりたくもない他人の仕事までさせられているんだと心のなかで辛辣に叫びながら、
はたと目に止まった茶菓子に、こっそりと手を伸ばす。
そして、回りをきょろきょろと見回して確信する。


よし、誰にも見られていない。



「────・・・」



流石自分の好みを知っている松本だ。
大好きな砂糖菓子を口に頬張りながら内心喜びつつ、また紙面に向き直る。
味の認知と共に松本の声が反芻する。




「───・・・五番隊隊員、・・・か」





その名を呼んだ時、口の中に広がった甘みに少し苦味が混じった気がした。











「懲りずに看に来たわよー」

ガラリと襖を開け放ち、松本はが眠る寝室に足を踏み入れる。
そして、そのまま彼女の布団まで歩いて行き、腰を下ろして顔を見つめた。


「・・・・・・」


あの時は暗闇であまり見えなかったが、今見るとゾッとするものがある。
削(こ)けた頬に、見える肌の至る所に付けられた痛々しい程の傷───跡から判断するに、
刀や爪で付けられたものだろう。
その痕は執拗とまでに刻まれていた。


その上、彼女の身体からは絶えず、血の匂いが漂ってくるのだ。
どんなに虚を倒そうと、ここまで匂いが消えないということはなかった。
それに調べればまだ席にも身を置かない身。下級死神の仕事といえば書類整理が主なはずだが、その彼女がまず
虚の血塗れになることなど考えられない。



───しかし、何よりも気になるのは「残留霊圧」だ。
この少女が意識を失った時、隊長の日番谷が言う様に、やはり刀から死んで間もない死神の霊圧が漂って来ていたのだ。


それに裏付けられる、獣のような瞳に、空ろで狂った霊圧───
こんな普通の少女がまさか、と、したくはないが、最悪の場合を考えてしまう。



「・・・・・・」



しかし、目の下にクマをつくり懇々と無防備なまでに眠る、まだ幼い彼女を見て心が痛んだ。
もし、最悪の場合──そう、彼女が殺人を快楽とする狂気の殺戮者だったとしても、
しかしそれにしても意味が分からないのだ。



何故、あの時涙を流して笑ったのか────またその笑みが危うい程美しくて、
どうも何か深い事情があるような気がする。



だが、いずれにせよ隊舎に拘束するという隊長の判断は正しかったのだろう。



「・・・可哀想に」


首には誰かに締められた跡が、頬には誰かに殴られた跡がまざまざと残っており、
ついに「何かを起こしてはいけないから触るな」と言われていたにも関わらず
松本は彼女の赤くなっていない純粋な頬に指を這わせた。



「・・・・・・ん、ぅ・・」
「・・・・・・っ?!」
「・・・・あ‥」



少女の茶の瞳がゆっくりと開けられ、松本は硬直した。
少女の瞳がこちらを見つめる。


茶の透き通った、しかし濁った瞳が。
猟奇的極まりなく、ぞっとするほどに美しい玉が。
正面を見つめる角度から、くるりと動き、




あの獣のように冷たく、猛々しい瞳が─────こちらを、












こちらを─────












  見る。









「・・・・・・・・・」







────刹那、時が、止まった。






背を這う嫌な汗は引き、代わりにその色に釘付けになる。
少女の瞳は何よりも無垢で────────澄んでいたからだ。




「・・・こ、・・こ、は・・」
「・・・・・・」
「ここは・・・何処ですか‥?」
「────!」



決して血色の良くない唇が動き、松本は我に帰る。



「あ、あぁっ。こっ、ここはね、十番隊隊舎の簡易救護室よ・・・」
「───────」



少女は何か思案するかのように瞳を閉じた後、また口を開いた。
静かに、やや掠れた寝起きの声で。



「殺しますか?」



「え・・・」



松本の笑顔が引きつった。
しかし、少女は平然な、そうまるで事務を報告するかのような調子で喋り続ける。



「私は貴方・・・十番隊松本副隊長の上官である日番谷隊長にあらぬ行動をとりました。
 一介の下級死神が隊長に向かって刃を翳すなど、無礼極まりない。
 だから、殺すんでしょう?」

「ちょ、ちょっと・・・」


「・・・楽になれる?そうね。そうよ・・・」


また天井を見上げて独り言を呟く少女に、松本は恐怖と―――切なさを覚えた。
強い口調で諦めを呟く少女の肩は小刻みに震えていたから。


「どの道消える。消える?‥‥消される‥‥楽、なの?
 ・・そうね‥‥怖くなんか、ない・・・」
「・・・・・・」



「あぁ、だから駄目じゃない。『』は、憎まれないと・・・処されない。
 それとも‥‥死にたくないのッ?ははっ・・・・・・醜い。
 醜い───・・・ああ、そうね。そうよ・・・」


「?」


だんだん息が荒くなり、口早になる少女に松本は動けずにいた。
動けずに、ただ、動向を見守る。
すると、彼女は恐ろしいことを口にして、笑うのだった。





「消えてしまえば良い」


「っ!?」



ついにカッと少女の瞳孔が開き、途端布団の中で何かが蠢いて、
嫌な予感がした松本は急いで布団を剥ぐ。



「────やっ、止めなさい!!」
「・・・っふ!」



彼女がガリガリと爪を立てて引き裂く腕を自分の手で拘束する。慌てて痕を見ると、
引かれたそこは肉が削がれて血がジトジトと滴っていた。
普通、自分の身を自分の身体で傷つけ自殺を計ろうなど出来ない。普通、なら。
普通の精神状態、そして人間であるならば。
しかし肉の削げようから判断すると彼女は本気だろう―――。
松本は、青ざめる。



「───嫌ァアッ、離してっ!離してぇえ!!死にたいッ!死なせてよッッ!!
 殺して、殺してッッ!!
 


 殺せぇ゛ええ゛ぇ゛─────!!!」










────パンッ!!













そして依然錯乱する彼女の頬を、思いきり叩いた。




「何を言うの・・・ッ!!」
「────」



少女の心に、このいたたまれない気持ちが伝われば。
戸惑いはあれど、この哀しみを抱いたこの気持ちが伝われば。
どんな命であろうと、そう簡単に死を願ってはならないというこの芽生えた信念が、
伝われば─────。




伝われ。



伝われ!!




そう願って、細い身体を抱き締めた。



「何があったかは、知らないけれど────どんなに辛い事があったとしても、そんな事、駄目‥‥
 絶対に、そんな悲しい事を言っては、駄目────‥‥!」



────閉じる瞼の裏に、遠ざかる銀色の髪が揺れ、己の過去と今が重なる。



どれだけ絶望したことか。
『遺される』ということが、どんなに辛い事か。
どんなに苦しい思いをしたとしても、生きてさえいれば。
生きてさえいればまた何処かで会える‥‥‥いつかは希望が見えるから。



確かに苦しい淵に立たされている時は身を切り刻まれるように、辛い。
けれど、必ず。




≪必ず────救われる。どんな形にせよ、救われるから。
 だから、死を選ぶなど口にしてはいけないんだよ────≫






「痛いのよ・・・ッ!
 
 遺された人の身に・・・なってみなさい!
 
 消えて行く辛さよりも、痛いんだから─────!」





重なる。




過去の彼と自分と、今の彼女が。


壊れる程強く抱き締めた。
伝わるようにと、強く、強く抱き締めた。










すると、奇跡か────?




「ぅっ・・・うう‥っ」




伝わった‥‥‥‥‥のだろうか。



あれだけ喚いていた少女は腕の中で涙をボロボロと流しながら───叫んだのだ。



「たく、───い・・───しっ・・たくない‥‥っ死に、たくなんか、ない────
 死にたくない、死にたくない!! ・い・‥きたい───‥‥‥ッッ!!」




真夏なのにガタガタ震えて、ひしと抱き付いて、泣く、叫ぶ。
未だ良くは分からない。
彼女にどうしてここまで情が移るのか。
彼女は一体どのような道を通って、あのような純粋な瞳から獣のような光を放つのか。
何が彼女をこうまでも衰弱させたのか。
今彼女は何を考え、思っているのか────‥‥‥。



分からないことだらけだが、ただ松本が分かるのはこの少女に対する
どうしようもない切なさと、哀れみの心と────





『生きたい』





紛れも無い少女の言葉だけだった。









※※※※※







「つまり・・・が虚を発見した時、死神がその虚に殺されかけていたってことね?」
「・・・・・・はい」


ぼんやりと応える布団から身を起こしたの隣りの盆にコトンとぬるめの茶を置き、
松本は昨日の一件の事情を整理するように記録帳に纏める。



が言うにはこうだ。




深夜に五番隊の見回りをしていた所、虚の気配を感じ、その虚を発見した時にあの死神は
襲われて瀕死状態だった。
虚を倒した後でその死神の救護に取り掛かろうとしたが、死神は尊厳死を望み──
そして、がその手に掛けた・・・ということだった。



「茂みに隠したのは死体が運べずに、何か運べる物を持ってくるあいだ野鳥などに食べられないために、
 死体を保管する目的で隠した。そしてそこを隊長が発見して、事情が伝わらないと思ったあんたは・・・
 同胞の死からの衝撃もあって、錯乱した・・・と・・・」


「・・・・・・はい」



暫くの間、沈黙が流れ、ぱたんと記録帳を閉じる。
その場には松本だけでなく、隊長である日番谷も同席していて、
厳しい面立ちでの証言を吟味していた。



その日番谷が大きな溜め息を吐いた。



「・・・一応、最後の点は不明瞭とはいえ合点は・・・いくな」
「隊長・・・・・・」
「──────・・・」



しかし、その面立ちには何か納得しきっていない色が現れていて松本は何か、と促した。



「・・・いや。これはあくまでも勘なんだが・・・。
 もっと悪い事かと────・・・そう、思ってたんだよ」
「・・・・・・」
「お前のあの時の霊圧、尋常じゃなかったからな」
「隊長・・・ッ」
「お前も思ったはずだろう、松本」
「そ、それは────‥・」



言葉に詰まる。
確かに───あの時のの霊圧は普通の基準を遥かに逸していた。
存在しているのに、存在していないような───あやふやな、しかし澄んでいる霊圧。


快楽殺人者の霊圧と、気高く誰にも侵せないような霊圧の混合────背筋が凍ったあの感覚。
確かに、今の彼女を知らなければ日番谷同様渋っただろう。
しかし、布団から呆然と庭を眺めるの様子と先ほどの涙から、どうしても違う、
もしくは相当な事情が隠されているような気がしてならなかったのだ。




「まぁ、現場は押さえられなかった訳だし・・・」
「‥‥‥」
「今回はもうこれくらいで許してやるよ。・・・体力が回復したら五番隊に帰れ。
 藍染には俺から言っておく」



ピクリ、と一瞬の肩が反応を見せた気がして松本は表情を伺うが、依然無表情のままだ。
唯──────。



「・・・・・・はい。有難うございます・・・」





ためらうように呟かれたの声は、
消え入りそうな程にか細かった気がした。











──────────


療養中編、次回開幕w
いや、短いですが。



しかし、やはり登場人物多くなると繋ぎがおかしくなる〜それでも大人数ファンタジーとかかける人って
凄いと思うよ、いやしかし。


個人的に、自分の体を自分の身体で傷つけるって好きなので(なんだかもう堕ちまくったってかんじで)←え
今回のの行為は気に入ってまs(どひゃ)


いや、絶ちませんが!まだやりたいこと沢山あるし、そんなこと軽々しく口にしちゃいけないしっ!w
そう思っているからこそ今回乱菊さんに言わせたしっw

乱菊さんは自殺とか絶対叱ると思う、てかそうだ。きっとそうだw

ちょおグロ、そしてダークですみませんでした。これから明るくなっていきますのでっ!
ではでは。





♪BGM 東京事変「群青日和」「現実に於いて」