第二十一話「罪暁戴天緋一色」



七色の光が
潮騒に溶けてゆく
我が儘は 言わないで
沈んで
笑って欲しいだけ



眩しすぎる あの夕日は
もう 影しか作らない
私は影踏み
黒ずむ舞踏靴 真白い軌跡
輝けば良い



硝子の向うで
あの海は
綺麗ですか



泡になれるのなら なんて
昔見た童話は 浮かぶから



罪暁戴天緋(あか)一色。
硝子の中で
憎しみの薫りに

どうしようもない
あいを 感じる




硝子の向うで
あの海は
綺麗ですか




罪暁戴天緋(あか)一色。
硝子の中で
憎しみの薫りに

どうしようもない
あいを 感じる







【流星之軌跡:第二十一話「罪暁戴天緋一色」】







笑っていますか。




あなたは、今日も、




嗤っていますか──────。









─────・・チュン‥・・チュン‥‥チチッ・・




眩しすぎる混沌の朝の日の光に脚は酷く爛れてしまっていて、歩く事すら出来なかった。
脚の回りには光の釘が容赦泣く打ち込まれていて動かす事さえ侭成らない。

ただ出来る唯一のことは、罪に染まった身体を気怠げに起こして、夜を孕んだ瞼から逃げて、
汚れた瞳で物言わぬ自然を見つめるだけ。
動かない赦しの理に触れる事さえ、己の卑しい影を見せるようで逃げ場等最早無いのだと
は瞳を閉じた。
しかし、闇さえも藍に染まってきてまた瞳を開けざるを得ない──
──いくら夢に逃げようと、だからといって現実を見ようと、双方からの苛みは止む事を知らない。



何故。




何故─────こんなに、苦しまなければならないのだろう。
それが偶然という名の必然だと藍染はいつしか囁いた事があったが、
未だにそれは理解出来なかった。



それとも、それも、路を、路さえ辿れれば────理解出来るようになるのだろうか。
では、やはり彼の下にいなければならないのではないか。
でもそれは苦しみ以外他ならなくて─────・・・。



「はぁい、おはよう。ご飯よー」



血塗られた視界に、ふと鮮やかな茶髪が加わって、は誰かが見舞いに来たのだと知る。
ガラリと襖を開け放ちこちらに来たのは、すっかり彼女のお守役となった松本だ。


「また障子一枚しか開けないで・・・じめじめしてて堪らないでしょう?」


松本はひとまず盆を部屋の机上に置くと、庭園へ繋がる障子を次々に開けてゆく。
次第に開けた場所から夏の朝の爽やかな風が流れ込んできて、ざわついては二人の長い髪をやんわりと揺らした。



「んーっ、まだ朝は良い風ね。これがお昼になるにつれて暑くなってくのよねぇ」


『暑さは肌にとって大敵なんだから、あんたも注意しなきゃね』と笑いながら、また松本は机に戻り
置いてあった食事をの布団まで持って来た。



視線は未だ目の前に広がる庭園に固定されたままだが───血の匂いに、潮の香りが混じった気がして。



思わず、意識がそれに集中した。




「────・・・潮・・・」
「えっ?・・っあ、あぁ」



懐かしい香りだった。
虚と死神の、怨嗟、断末魔それら全てに────今度は漣(さざなみ)の水音が加わる。



「珍しいでしょ。これね、に早く元気になって欲しくて、朝一で魚市場に行って買って来たのよ。
 今朝取れたての魚で、栄養満点だって」
「・・・・・・」




潮の香り。

太陽の匂い。

漣の風ざ音(かざおと)。

二人歩いた、浜辺の轍。






─────だから――約束だ。また海に行きたいだろう?


  はい、是非とも。



─────なら―――必ず生きて、帰って来い。そうだな、そしたら今度は・・・現世の、本物の海に行こう。




赤橙を遮ると、瞳はを見て笑った。



─────ああ。現世なら―――お前のことをとやかく言う奴もいないからな。




嬉しかった。
唯単純に。
嬉しかった。





  本当の、本当の、本当ですね?



─────ああ、本当だ。それまでに観光スポットでも調べておくよ。




漣の音がする。
風の音がする。
心の音が、聞こえる。



ひとつ、ふたつ。
寄せては引き、引いては寄せ。





その繰り返しが続けば良いと・・・このまま続くと、思っていた。






  わぁ・・・っ!私、絶対に生きて帰ってきます───────!










────・・・ふと、左手を見た。


幾つもの傷跡に苛まれたそこ。
抉れているのに腫れ上がって、
自分のものなのに何故か可哀想だと思った。



「・・・う、み・・・」




─────なら―――必ず生きて、帰って来い。そしたら今度は・・・現世の、本物の海に行こう。






そうだ─────。



いくら左手を刻んでも、いくら首を締めようと、いくら嘔吐しようと、誰も助けてなどくれない。
確かに脚は爛れてズキズキと痛むが、震えるそれに鞭を打ってでも────歩き出さなくては。



自分の目指す、路の先へ、先へ。


『誰かに気付いて欲しい』だけでは、永遠に闇は穿てないのだから──────。




「・・・生き・・なきゃ・・・」


・・・!」


「死ねない‥‥死ぬ訳には・・・いかない。
 ・・・海へ‥帰らないといけないから────」



強く呟かれた言葉に、松本の視線が集中する。
の瞳には未だ危うい光が燈れど、生き生きと輝いていたのだ。



「そうよ、。生きなきゃ・・・」
「・・・はい。‥‥‥・・」



だが、この時松本は気付いていなかった。
────彼女の言葉の真意を。
それを理解する術も端から持ち合わせてなどいなかったのだけれど。
最早彼女は路を歩みはじめてしまったのだから。
自らの脚で、自らの意思で。



「じゃあ、まずは栄養付けて、元気にならないとね。・・・はいっ。口開けて?」




視線も動かせるようになった。後は、目の前にある毒入りの魚粥を啜るだけ。


白い白い、毒を啜るだけ。




「────美味しい?」








「・・・はい、とっても」




「わぁ、買って来た甲斐があったわっ。隊長にはまた申し訳無いんだけど────ふふふ・・・」





彷徨えど魂。塊。
美味を告げる口の中には、魚の焦げの苦みが、優しく広がっていた。




















哀しい哀しい、彼方の貴方へ。



今日も空は、快晴ですか。



今日もあの蒼は、輝いていますか。



今日も貴方は、笑っていますか。



もし、そうであるならば、そのまま
変わらないものを、愛して下さい。


そして、変わってゆく私を、許さないで下さい。




私が欲しかったのは、





あの海を、守る力─────・・・。











「───それでは、有難うございました」


十番隊隊舎門前────そこには隊長である日番谷と副隊長である松本が、を前にしていた。


今日、は五番隊へ帰る。
無事、療養を終えたのだ。



「あぁ。・・・あっ、お前・・・」
「はい?」


首を傾げ注目するに、日番谷はやや早口に喋った。


「ちゃ、ちゃんと卵とか肉とか・・・飯、食べろよ!」
「・・・はぁ」
「お前、栄養失調らしいからな。無理な減量とかは・・・控えろよな」



初めて会った時には、に殺戮者としての疑いをかけてきて疑わなかった日番谷。
その彼からぶっきらぼうに告げられた労いの言葉に目を丸くする
すると、すぐに茶茶を入れる松本。



「まぁた隊長ったら素直じゃない。これでもね
 隊長、あの日から何かとあんたのこと気に掛けてたのよ」
「まっ、松本!余計な事を・・・」
「あら、どうしたんです隊長。本当のことじゃないですかぁ」
「────・・・っ」
「全く、素直じゃないんだから。ふふふっ」




────風が、吹く。




真夏の朝、まだ涼やかな風が吹く─────。



「・・・お気遣い、有難うございました。松本副隊長、日番谷隊長─────」




そうしての笑は、風の中へ消えて行く。
長い黒髪をその穏やかな風に任せながら。
二人との距離は離れてゆく。

















「────っ!」






ふと、その黒髪が止まり、後ろからの呼び掛けに振り返った。



「条件───!あんたが帰って良い、条件!」


恐らくは急遽考えた条件なのだろう。
脈絡が途切れ途切れのその言葉を、は無言のまま待つ。



「毎日、一回は此所に・・・十番隊に、顔を見せなさいっ。
 
 ───わかったわね!」






────風が、吹く。




久しぶりに本当の笑を見せて頷くの瞳には、決意の光が宿っていた。























「・・・行っちゃいましたね、彼女」
「・・・・・・良い条件を出したな、お前」
「え?」
「『毎日一回は十番隊に顔を出す事』───」



が去った後─────渋い顔つきで放たれた言葉に、松本は少しばかりの苛立ちを見せた。



「あたしはそんなつもりで言ったんじゃ・・・!」
「いや・・・良い条件、だ。まだ俺は完全にアイツを信じた訳じゃねぇからな」




普段軽々しく“勘”というものを口に出さない彼が勘と言う時には相当な理由があるからに他ならない。
確かに、それに助けられた事は今迄数え切れない程あった。
そして、認めたくはないが、今回もまた、


・・・なのか──────。


五番隊へと続く道の先を見つめながら、松本は僅からながらの罪悪感と
暗澹とした切なさを抱えて風に吹かれていた。














※※※※※







優しく強い風に吹かれて、は一歩一歩、確かめるように歩いた。
真夏の日差し照り付ける土を自分が走れば、走り、そして追いついてくる、影。
それらは完全に青々しい木々のそれに紛れてはいたが、にはわかっていた。



────わかっていた。



隊長である日番谷が、最後の瞬間まで最も自分を疑っていたことなど。



何故なら、自分は狂気の殺戮者でもあり、そして何よりも─────。





「・・・・・・」








この人に“眼”を与えられた人間なのだから──────。





「・・・只今戻りました。藍染隊長──────」










刹那止まり、に歩み寄る一人の男。










男が動き出した瞬間、四方の木々から血が勢い良く噴き出した。








禍々しい紅は天空に散り、日の光に照らされて─────鮮やかな煙となって一面に咲いた。




「烏(からす)を付けて来たとはいえ、良く戻って来たな」
「・・・・・・」





「お帰り、─────」





何日ぶりかに抱きしめられた温もりに、


その匂いに


は何よりも安堵を覚えて、瞳をゆっくりと閉じた。






そして、深呼吸ひとつ。






返すように、酷く切なく、抱きすくめた────。




















──────────────



タイトル「罪暁戴天緋一色(ざいぎょうたいてんあかいっしょく)」と読み東M●X!!(ええええ)
長いな長いなタイトルでも漢字連ねたタイトルとか大好きだから困るよ全くもうもうもう。


(何だこのテンション)


・・・え、えー、説明付加としまして・・・

「鳥(からす)」とは、知っている方は知っていると思いますが、
密偵のことを指します。
諜報員といったところです。
日番谷は最後までを疑ってかかっていたので、療養を終えて五番隊に帰すといってもやはり気になったので、
今回彼女にばれないようにひっそりと鳥に尾行させたのにございます。


あっけなかったけど・・・。


これで十番隊終わり?という感じですが、断罪編最後までちゃんと何らかの形で深く関わってきますので、
十番隊スキーさんもご安心下さい。
次回は六番隊初登場です。白哉兄様ーーーーっvvv




それでは。