第二十四話「髑髏の丘」




真夏の太陽
じりじりと照りつけて
影を伸ばした



灼熱の大地
聞こえる声は
早いのに すぐに落ちてしまう



「せめて背だけは
 声よ 届いて」



お止しなさい。



守る領地で
無残にも 崩れてしまうのは
知っていたはずなのに







【流星之軌跡:第二十四話「髑髏の丘」】





は、今日、十三番隊隊員を殺した。


首を締めて、一捻り。


真夏の暖かさに恐怖を覚えて、その暖かさを殺した。



涙は、出なかった。
ただ、申し訳なかった。


バラバラに散らばった書類を再び纏めて十三番隊隊舎に届けに行った時、
皮肉にも浮竹がいなかったのがせめてもの救いだった。


彼がいたら、きっと容態の変化に気付かれてしまうから。
隊員を第一に気遣う彼のその大事な者を一人、殺めてしまったのだから、
海へ帰るためとはいえ許してくれるかもわからない。
それに、わかられてもいけない───隣りには、藍染がいたから。




海に帰りたいなら、彼の下にいなければならないから。



「お疲れ様」



早く十三番隊隊舎から帰りたいと目を臥せていたから、
用が済んだことに気がつかなかった。
藍染に優しくそう言われて、は隊舎を抜けたことを知る。
ひとまずの安堵に、深く呼吸をついた。



「今日も、行くんだろう?」


またハッキリとなった心の声を聞き取れば、それは日番谷治める
十番隊へ行くという日課のことを指していた。



は、こくりと頷く。



「‥‥‥楽しいかい?」



一瞬悩んだかのように間が開いたあと、藍染は困ったように笑ってそう尋ねてきた。
・・・確かに、最初は苦痛でしかなかった。
差し込む強い光に絶望すら覚えて、自殺未遂だってしたことだって。



だけれども、今は────。


「‥‥‥‥‥」



刺々しい態度をとりながらも照れる日番谷、いつも何かといって優しくしてくれる松本。
快濶に笑い、時に激怒してくれる阿散井。
冷たく見下すような瞳を有すが、心の底は誰よりも猛々しく高潔な朽木。




皆皆、今ではかけがえのないものになっていた。




「・・・・・・」



しかし、頷いたら何をされるかわからなくて。
先ほどみたいな事を、今度こそ暴露されるかもしれなくて。
そのまま固まっていると、藍染はぞっとするまでもの微笑を浮かべた。



「楽しいんだね」



優しく言われた言葉が、まるで鋭い凶器になって身体に突き刺さった気がした。
ふるふると首を横に振るが、それに力などなかった。


ふう、と溜め息を吐いて藍染はかけていた眼鏡を正す。



「やっぱり、まだ僕は君に嫌われているようだ」



そう言って浮かべる苦笑は、突き放すようで。
何故そんなことを言うのかと訊きたい衝動に駆られた。
ただ、ここは公衆の面前。
二人の秘め事を露呈することは、それは即ち誰かの死を表す。





どうしようも出来なくて、ただは藍染の着物の腕裾をぎゅ、と握った。




しかし、



「要らないよ」



バッと乱暴に振りほどかれて、そのまま置き去りにされる。


の行き場を無くした手は、夏の暖かい空気を空しく掻いた。




「行くのなら、くれぐれも終業時間までには戻るようにね?」



廊下の角を曲がる時に見せた笑顔は、まやかしの笑顔で。



───恐怖より、焦燥に、駆られた。


何故焦るのかはわからない。
わからないが、彷徨った手は確実に藍染を捜していた。

求めていた。

しかし、首を振ったのも紛れも無い真実で─────・・・。






「・・・・・・」






はゆっくりと瞳を閉じて呼吸を落ち着かせると、十番隊への道を歩き出した。



















「いらっしゃい、



結構距離があるところを歩いてきたが、
数刻も経たないうちに十番隊に着いてしまった。
思っていたより距離が近かったのだろう。


「お邪魔します」


最早毎度のことになった松本の手厚い歓迎。
隊舎の門前だというのに我慢出来ないといわんばかりにぎゅう、と抱き締められ、
優しく頭を撫でられ、彼女の甘い香りに生きていることを実感する。


「・・・・・・」


ふと彼女の体温が離れて、ふわりと微笑んだ。



「この前は緊急に稽古に出てもらって、悪かったね」

「いいえ。私も非常に貴重な体験になりましたし・・・」


そのまま隊首室に繋がる廊下を歩き出した。
稽古・・・といえば、この前の朽木との対戦のことかと思い当たった。
あれも思えば不思議な出来事だった───冷徹、と恐れられる朽木の心との邂逅は、
互いの心に何か優しく暖かいものを残して、今も確かに残っている。



「───あ、と。そのことなんだけど・・・」

「はい」

「朽木隊長が、『済まなかった』だって」


唐突に告げられた伝言にえ?とは首を傾げる。



「『名も無い隊士だからといって油断したのはこちらの不覚だからな』だって・・・」

「・・・ふふ、そうですか」

「あははっ、全く、素直じゃないよねぇ」



は笑いながら、松本も案外そうだなと思った。
心の声から探れば、朽木はもっとぶっきらぼうに告げたらしいのだが、
それを彼女がわざと改竄したらしかったからだ。


しかしそんなことはどうでも良い。
他人が自分を庇おうとする心は何より嬉しかったし、
朽木の──たとえぶっきらぼうだったとしても──謝罪に、自然と微笑みが零れた。



「ねぇ、松本副隊長」

「やぁね、乱菊で良いって言ってるでしょ?」

「すみません、・・・乱菊さん、私────」



くすりと苦笑してから、松本の手を取って、また柔らかく微笑んだ。




「私、楽しいですよ」






風の音がする。


柔らかく吹く、風の音が。




松本はの言葉に微笑み返すと、また彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
乱れた髪に不服そうに見上げた後、
今度は二人で顔を見合わせてくすくすとひとしきり笑う。



「本当、って可愛いわね。────あ、そうだ」



笑うの目の前で、松本が何かを思い出したようにポンと手を叩く。
可愛いといえば、と一人ごちて、ちょっと着いて来て、
と今度は手をぐいぐいと引かれていった。


全く、自由で可愛い人だなとは心地よい戸惑いに心を踊らせる。
何があるのだろう?







─────ガラッ





辿り着いたのは、松本の部屋らしかった。
流石松本といったところか───部屋は彼女好みに所々改築されていて、
様々な趣向が凝らされていた。
いつも仕置を受ける藍染の部屋と同じ構造のはずだが、人が違えばこんなにも
違うものなのかとは感嘆の溜め息を吐く。


すると、何やら部屋の奥でごそごそと漁っていた松本が動きを止めた。



「あったあったーっ!」

「?・・何がですか?」


が覗きこんでみると、松本はすぐに手元にあった何かを隠してしまう。



「・・・・・・?」



期待させておいて意地悪だな、と苦笑し、松本をじいっと見つめれば──
──また外でされたように、ぎゅ、と抱き締められた。
だが、次の瞬間首に何か冷たく堅いものが掛かる感触が伝わった。



「───ら、乱菊さ、ん・・・?」




離れる松本に尋ねると、彼女は首に掛かったそれとを見較べてにんまりと笑う。



「うん、やっぱりすっごく似合ってるよ。可愛い」

「え・・・?」

「あんたも女の子なんだからさ、お洒落してみなさいよ。あんた可愛いんだから、絶対モテるしね」



お洒落・・・とうわ言のように呟けば、松本が持ってきた鏡を覗きこんでみる。
すると、そこには首から輪を下げた自分が、少し呆気にとられた顔をして移っている。
簡素な輪の先には、輪に合うようにしつらえられた十字が鈍い銀色の光彩を放っていた。



「現世じゃもうこの形は誰しも何らかの形でもってるわね。
元々は現世の神話からきてる由緒正しいものらしいんだけど、
今ではその意味すら知らないでアクセサリーにしてる人が多いみたい」

「あくせ・・さりー・・」



のこめかみにビリリと電撃のようなものが走る。


そうだ、この「アクセサリー」とやらは見た事がある。
まだ自分が生きていた頃・・人間としての生をまっとうしていた頃。
だった頃。



あの頃から格段お洒落に気を使う方ではなかったが、周囲に浮かない程度に
そういうものは集めていた。
そのなかに、確かにこんな形のものがあった。




「この形は・・・受難の形・・・」

「あら、そうなの?なんだ、ってば知ってたんだ?」

「あっ・・・いえ・・」



力無くふるふると首を振る。記憶はそこまでで終わっていたから。
それに、現世の記憶がある、などと松本に露呈すれば、
藍染の計画が明るみに出る可能性だってある。




「何よ、変な子ねぇ」

「すみません」

「別に謝れなんて言ってないわよ。・・・似合ってる。
可愛い・・・というより、綺麗だよ、



銀色に輝く、簡易装飾のされた十字の首輪。
どこで見つけてきたのかと訊けば、現世に仕事があった時に意匠に引かれて
買ったは良いものの、自分には似合わないためにとりあえず棚に保管しておいたのだという。
確かに、華やかな彼女にこの簡素な十字は似合わないだろう。




「前からにあげようと思ってたんだ。似合うか不安だったけど、
予想を遥かに裏切ってくれちゃったから、返品はナシだよ」

「ええっ、そんな・・・半ば脅しじゃないですか」

「脅しでも何でも良いのっ。・・何度も言うけどすっごーく似合ってるから」




しかししきりに彼女は綺麗というが、にそれは許されていなかった。




誰かに恋をすれば、抱かれれば、きっと藍染に殺される。




罪を背負った自分に、女の幸せなどないのだ。





「・・・ね、貰ってやって」


首輪を手に持って揺らしてみると、シャン、と涼やかな鈴の音が広い部屋に響き渡る。



「・・・有難う・・ございます・・・」



やっぱり、ここにきて正解だった。
こんなにも泣きそうなくらい嬉しくなったのは、久方ぶりだろう。
暖かい涙なんて枯れたと思っていた。
罪に血塗られた路を歩く自分に、まだこんなにも人間らしい部分が残されていたなんて・・・。


幸せに、胸が張り裂けそうだった。



だが、きっと彼の前でこれは隠し通さなければならないだろう。
あのぞっとする微笑を思い出すと、言葉に出来ないような焦燥が押し寄せてくるから。



それに─────。













“暖かい涙、など”






“貌在るもの、など”






治療したとはいえ、まだ昨晩切り裂かれた鎖骨がズキンズキンと苛んでいる。
意味のわからないこれらの言葉と共に。


路を歩んでいるはずと思って仕方がないのだが、
それでもこの十字は見せられないと心のどこかで強く強く、思った。





ただ、生きたい。




だから、隠さなければ、と堅く胸に誓った。





「じゃ、隊長のとこ行こっか」

「はいっ」

「隊長見たら何て言うだろ〜っ。また茹蛸になったりして。ふふふっ・・・」




また手を繋がれて引かれて行けば、今度はその度に涼やかな鈴が鳴った。







暑く気怠い夏に、


その音は、幸せだった。








は走る。







この先にどんな絶望が待っているかも、知らずに。
















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完璧いいお姉さんになっちゃってますよ乱菊さんw
はい、ってなことで24話でした。

藍染さんの態度に変化が。そしてにも変化が完璧に訪れています。
間違ったはずではないのに、そして思い通りなはずなのに、それなのに苛立つ藍染。
憎くて大嫌いのはずなのに、何故か惹かれ、そして恐れる

涙に固執するわけ。
貌に固執するわけ。

それら、断罪編最終話から初雪草編に向けて重要な部分になってくるので
無い文才をフル活動させて書いていきたいと思います。
ちょっと今回は優しいお話を書けて幸せでした。



ちなみに冒頭詩。
物理豆知識。
日中、地表付近は空気の温度が高いので音は早く聞こえます。
しかし遠くまでは響きません。
屈折、スネルとも似てますね。あああ、物理大好きだ!!





では・・・