第二十五話「殺害命令」


「残酷な抱擁をしよう。」


殺さないで


この首に刃を受けるなら
いっそのこと 恐くは無い


殺さないで


悪戯に子供玩具を壊すように
奪い去るのに 誓いは不要?



殺さないで



「優しい抱擁をしよう。」


殺すよ?


貴方の傍らで骸に
藍を咲かせるのは 私


殺すよ?


あの女より有能(い)いこと
知らないわけではないでしょう?


殺すよ?


哀れむように
触らないで。
妄想に溺れるような貴方とは違う



走り出した恐怖は 一人歩き
もう 止められない
知っているから



体内に孕んだ
時限爆弾の電源を
押す自由を持ったのも ワタシ。







【流星之軌跡:第二十五話「殺害命令」】







ぼやける空間。
いつも入り込んできていた本能的な安堵が、霞んで。
焦燥はここからくるのかもしれない。


しかし、やはり藍染がそうしてるとしか思えなかった。
便宜の面から見ても心声を聞こえなくさせるのはおかしい。
なのにしきりと『読め』と強要してくる藍染──
─新たな罰かとは思えど、しかし何も悪いことなど覚えがない─だって、こうして今日も血にまみれて。



いつだったか、そう最近だろうが、あの十三番隊の隊員すら手に掛けたのだ。
命令されるがまま、遂行してきた。
だから、罰のはずがない。
もし万が一、百歩譲ったとして自分が悪くて罰を受けるとしたなら────・・・。




ぶるり。




「─────・・・っ」




忘れ掛けた、恐怖がの背筋を凍らせた。




何?





恐怖に、懐かしい薫りを感じながらは震える。



確かこの恐怖の色は、あの地下室に監禁されていた時の───いやでも、少し違う。


何か地に足がついてないような、そんな感覚。




未知?




でも、あの時とは違う───。



は考え、ふと暖かくなった胸を押さえ俯いた。



「────・・・」



恐怖?



何の?



・・・・・・・温かさの。




たしかにそれは恐怖だった。しかも焦燥感に駆られる質の悪い。
だが、確実にただ暗澹たるそれだけではなく、そこには温かさがあった。



それこそが、おそらくは────未知。





それ故の、恐怖。




「・・・お帰り、



闇夜に紛れて歩いていたはずなのに、眼を持っていないはずなのに、ばれてしまう。
障子に移った、月背景の影が見慣れたを告げて、中から藍染の低い声がした。



恐怖───は、あった。
だが、それも確かに体温を持っているもので。



どうしよう?




入るべきか、立ち去るべきか。
いや、立ち去りなどでもしたら藍染は間違えなく罰を与えるだろう。
けれど、入るにも足が竦んで入れない。
たった一歩なのに、やたら敷居が遠い気がした。




「────?」




ガラリ。





確かめるような声に、脳が無意識的についに障子を開いた。
すると、早くも部屋の中の燈籠は消されていて、
月明かりに目が慣れてしまっていたは目を細めて彼を捜す。


しかし、いくら凝らしてきょろきょろと見回してもいない。











────ドクン。




嫌な胸騒ぎがする。






恐怖。






しかし、そこに完全な体温はなかった。
先ほどまで抱いていた恐怖に属するとは思うが、完全ではない。
いわばその感触は、片鱗の恐怖といったところで───未知。




未知。


未知。


未知、だらけで。



知らない事があるのは嫌だった。
汚いところまで全て、受け入れるつもりで旅立った。
結果、今のような路まで着てしまったけれど───いくらもう地上に戻れないとはいえ、
掛け橋を掛けに行く事くらい出来るようになったのだ。


探求はいわば、自身なのだ。



故に、未知は何らかの恐怖を彼女にもたらす。
確かに耳にした男の声に心臓がドクンドクンと唸りをあげる。
その音が、彼の声を聞き取ろうとする集中力を妨げるようで邪魔だ。



何処に?


何処に、いる?



「────



声が、背中からした。



驚いて背後を振り返ると、月にきらりと銀が青に輝いて───




は、再度の冷や汗をかくことになった。




急いで胸元を隠すように死覇装の合せ目に手を当てて、後ろの男を見上げる。



「─────」



一瞬の胸元に目が行ったが、心声を探ればまるで無音状態で────良かった、気付かれていない。
ひとまず安堵して、多少ぎこちない笑みを浮かべて藍染の逆光に覆われた顔を見る、と。



「・・・返事もしないとは、どういった事かな」

「も、申し訳御座いません・・・っ」

「別に────良いよ」



声もいつもよりかはいくらか掠れていて、顔も少し疲れの色を滲ませていた。
普段の野望に澄んだ茶の瞳は、闇相俟ってか、どこか鈍く眠たく濁っている。


それに、心の声も覇気がない。


恐らくは、例の計画が間近に迫っているからであろう。
いくら斬魄刀の能力があるとはいえ、与えられた仕事をこなしながらの謀反推進など並大抵の精神力と
体力では大成させられるはずがない。
しかし実際、彼はそれをこなしている。疲れの色を見せるのはやはり、従いきった人物にしか見せない
だろう。



「あ・・・」



無表情で静かに考えているとスッ、と藍染が目の前を通り過ぎる。



「・・・悪いが、お預けだよ、?」



眼を持たない彼なのに、心が見透かされているのだろうか───。
藍染のその言葉には開放されっ放しだった襖を閉めながら、かぁと頬を赤らめる。



「恥じらうな。私がそう教育したんだからな」

「・・・・・・」

「そうさ・・・褒美として、薬をあげたんだよ、お前に。
 路を歩ける薬を、忘れる事の出来ない薬を、劇薬の味を・・・お前に」

「・・・・・・」



何処か確信めいて藍染は言った。

に背を向けながら机上に散乱していた書類を片付けながら。



ぼんやりと漏れる月明かりに照らされた白い紙の束が、藍染が手に持ったことによって
今は闇に染められて、一つの形を成してゆく。
ばさばさと、音を立てては一つに纏まって。



しかし、



「その結果が─────」



バサッ!!



「っ・・・!?」


形の整いはじめた黒がまた形を失い、ばらけてはまた机上に散らばり、
また月明かりにぼんやりと照らされて眠った。


は目の端でそれを追い、暗い部屋で止まった彼の背中を目を見開いて伺う。



珍しい───いつも激情のかけらを絶対零度の中にしか見せない彼が───
感情を、露にしている・・・らしかった。
声は繕っているつもりだろうが、ややくぐもる声は何か苦渋を滲ませていて。



「・・・・・・」



───疲れたな。




しかし、それ以上何も告げず、そうぶっきらぼうに言い棄てて、藍染は近くの畳に無造作に胡座をかいて座る。
すると、はすぐに近くに畳まれていた自分の白梅文様の羽織りを、目を閉じる彼の背中に掛けた。



「暖かい・・・」



すると、今まで堅く口を閉ざしていた藍染の口が動き、は顔を一瞬明るくさせる。


「御体が冷えては、体調を崩されますから」




しかし、の言葉は彼に届かない。



聞いているのかすらわからなかった。




「・・・暖かい、涙など。・・・貌在るもの、など・・・」


「え・・・」



そううわ言の様に呟く藍染。



────まただ。



あの言葉。
脈絡のない、訳の分からない言葉───最近しきりに藍染が口にしては、
時折感情を見せる言葉───そして。




────ドクン。





この恐怖の原因の、言葉。




「・・・・・・・」






長い沈黙が訪れる。





藍染の背中に寄り添うようにして控える
彼が今、どのような表情をしているか、どのような事を思っているのか。
知りたかったが、どちらも背中を向けられててはわからなかった。









「・・・・・・





やっと名が呼ばれた。



沈黙が破られて、嬉しかったはずだった。




だが、




「・・・・・・  」




呼ぶ声は、明らかに狂気を含む声音で。





─────ドクン、ドクン、ドクン







すぐ近くにあるはずの背中が、遠い。
遠くにあるはずの背中が、酷く大きい。





まだ会話をしだして数刻もたっていないのに闇は深さを急激に増して、


の喉に、手首に、脚に、絡み付く。


次第に動悸が激しくなり、手に冷たい冷たい汗を握る。




────恐怖。










「・・・は、・・は、・・い・・・」









────ドクンドクンドクンドクン。













「明日、五番隊副隊長 雛森桃を────殺せ」



























───ドクン。






















「そ、んなことすれば・・・流石・・に、・・・怪し、・・まれますよ」





「・・・・・・・・・」





「あれだけ・・有名で、皆に‥慕われている、女性です・・・。
 目撃者はいなくとも、探れば・・・か、必ず─────」







「  ? 」

















びくり。















まるで劇中の操り傀儡のように、大袈裟に肩がびくついた。




「お前は、裏切らない」


「・・・・・・う、らぎり‥‥ませんけれど、‥‥けれど・・・」



「けれど、何だい?」



「藍染、隊長の・・け、計画が────・・・」








傀儡のくせして、口だけは上手く回らなくて。
四肢を見えない闇に拘束されながら、頭の中に脳を劈くような不協和音が鳴り響く。





「これは証明だ。誓いの印・・・教育だよ。最近どうもお前は貌に拘り過ぎているからな」



「そっ、そんな・・・!!わ、私は藍染隊長の歩む路の為にこんなに毎日苦しんで────」








目の前が真っ白になる。




雛森の無邪気な笑顔が、白に染まって。



頭を何か鈍器で殴られた衝撃が伝わった。
いや、薄ぼらけに見えるのは間違えなく畳の目。
ようやくはそこで、実際に自分が殴られたのだと知った。




遅れて痛みでもやってくれば良かった。
だが生憎、何の痛みもない────ただ。




「勘違いするな。‥初めに言ったはずだ。私はお前のことをどうとも思っていない。
 私にとって重要なのは、私の研究が成功していたというその事実だけであって、
 お前は所詮朽木ルキアや崩玉の失敗作だ、と」





「‥‥‥‥‥」





「お前が死のうと、私にとってはどうでも良い事。
 捕縛されようが拷問をされようが、どうでも良い。実にくだらない事だ」





「‥‥‥‥‥」






畳にしなだれるようにして蹲る





肉体的な痛みは、ない。





ただ、








心が引き裂かれるように、痛かった。









藍染は心にできた傷を抉るように、蹲るの顔を鷲掴みにして上げさせて、囁く。









「それとも───私が雛森君を抱いたら、お前は殺してくれるのかな」










漸く見た顔は、笑顔だった。
















「やめてっっ!!!」














ああ、なんて様だ。




でも、怖くて。




怖くて、怖くて、怖くて。





怖くて 仕方がない。







「それだけは、それだけはっ!!やめてっ!!!」






縋る様に叫んで。
肩の白梅は、血が滲む程ぐしゃぐしゃに捩れて。
二つの感情のうちに、は懇願する。



一つは、絶対を崇拝する無垢な彼女に自分の影を踏んで欲しくないから。





そして、もう一つは────。




「殺すっ‥!殺すから────!!」





「・・・・・・・」







ぞくり。





醜い自分が顔を擡げて、刀を握らせようとしていた。





知りたい。



けれど、これは知ってはいけない。





だってそれは、




藍染が教えてくれたこと。








・・・どうせなら、刀など螺子曲がって、錆びれてしまえば良いのに。





「良い子だね、








ああそれでも










受け入れるというの?




本当に藍を受け入れるのなら、





螺子曲がった刀さえ伸ばして、突き殺さなければならないというのに。







貴方が教えてくれた唯一の真理。




それは私を










いつでも本能の深淵へと、








突き堕とす。











ああ─────










何を違えたのか。
何が気に入らないのか。
何で微笑むのか。








この世に君臨する神様。





教えてください。




本当の神殺しで、あるならば。















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近付く断罪編最終話!イエーイ、ついに朔副虹編にはいりそうです。
そして次回は・・・少々がアレなかんじです。
しかし醜い女の感情というのも描いてみたいので精精描きたいと思います。
実際今回は少ししかその感情描けてないですしねw
断罪クライマックスはラストグロなので頑張ります。しかし流石に・・・拷問道具とか調べるのは(苦笑)
自分だったら一番痛いというもの描きます、はいw(結局)