第二十六話「血ノ海ニ浮カブ尊厳死」
こ の し ん ぞ う を も
あ な た に さ さ げ る わ
い と お し い あ な た
ど う か
ア ヤ メ ナ イ デ 。
血走るなら、せめて白目だけで。
眼球まで、朱に染めないで─────。
断罪の朝日が、眩しいの。
【流星之軌跡:第二十六話「血ノ海ニ浮カブ尊厳死」】
「おはよう、」
「おはよう」
「おはよー、ちゃんっ」
「おはよう。今日も元気ね」
五番隊の仕事場に着くなりは挨拶に迎えられた。
路を探りながらも恐れていた同僚にも、は十番隊の療養以来自分自身から笑顔を見せるようになって、
回りも今まで近寄りがたかったせいか何かあってはに話しかける。
元々は心が読めるだけではなく、気遣いの才にも恵まれていたから、彼女の清楚でどこか気品がある容姿も
相俟って、彼らと打ち解けるのにさして時間はかからなかった。
「今日も仕事、頑張ろうなっ」
「はい」
にこりと微笑めば、同僚の男は何の疑いもなく持場に着く。
大丈夫。
「おはよう皆ー」
「おはようございますっ!雛森副隊長閣下!!」
「あはは、“閣下”って‥」
時同じくして入ってくるなり男性死神の冗談に苦笑する雛森を、恐ろしく冷たい瞳で一瞥。
せめて感情は殺さなくては、消えてしまうだろうから。
初めて速水に会った時とは明らかに違う。
あの時の彼にはなかったが、療養を終え、海に憧れるに彼女は眩し過ぎた。
それどころか、危ういまで陶酔し溺愛する彼女を守りたいとすら思ったほど───
それほど、情が彼女の影が映りすぎていた。
だから、徹底的に殺した。
ただ今は、純粋無垢な小鹿を汚い罠に掛けて喉笛を掻き斬る獣になればいい。
「?」
「なぁに?」
「え、いや‥‥‥」
隣りの席で仕事を進めていた女死神がの微かな異変に気を留めたのだろう。
が、彼女の微笑はあまりにも複雑に巧妙で、まるで樹海に張り巡らされた一本の糸が幾重にも絡まり、
張るものもあれば爛れるものもある───いつもの微笑のはずなのに、しかしそのような笑顔に、
彼女は思わず口を噤んでしまった。
「どうしたの。貴女らしくないわね。言いたい事はちゃんと言ったほうが良いわよ」
「え‥っ?あ、いやっ!な、何でも無いからっ‥‥」
「そう?」
「そっ、そう。・・・ご、ごめんね、変な事言って‥‥し、仕事続けて頂戴っ」
は不思議そうな素振りを見せながら目の前の机に目を戻した。
そんな彼女に、死神の心声はハッキリと伝わっている。
≪なんだか今日の────‥‥‥≫
心でさえ言葉に出来ないその感覚も、に流れ込んで。
それは明らかに畏怖と猜疑を含んでいるものだと知る。
でも、大丈夫。
他人は自分の心などには気付かない。
今日────
「さん、さん──────」
────彼女たちの憧れの的である雛森桃を殺そうとしているなど。
※※※※※
そうして遂に夜が来る。
今日もあの日と同じ手法を使って雛森を掛けようというのがの作戦だった。
「さん、もう今日はそこらへんで良いよ。また凄い数の書類だし……お疲れ様っ」
あの時もそうだったが、こうもいとも簡単に作戦に掛かってくれるとは何だかやはり舌を巻いてしまう。
いや、彼女は渦巻く陰謀という概念すら欠けているのだろう───だからこそ、こうも簡単に引っ掛かり、
影に溺れている。
この世界が綺麗なものである筈と、強く思っているのだろう。
「………すみません、またこんな時間まで……」
「いえいえ〜、気にしないでよ。さんだって疲れたでしょ、だってこれ皆がさぼってたヤツだから……。
あ、そういやお腹減ったね」
「ああ…それなら……」
「あのご飯屋さん行こっか!また割勘で」
そう空想の現実を信じているお陰で、本当に思惑通りに事が進む。
しかし流石に店内で暗殺するのは死体処理の関係もあり、得策ではないだろう。
確実に、かつ、見つからないで殺すなら………。
「…………」
「だ、駄目……かな?あそこ結構気に入っちゃってて……」
話をいつもより長引かせて、誰もが寝静まった帰り道……人通りのない路地裏で、一気に。
「……えっ、また私なんかが雛森副隊長とご一緒して宜しいのですか……?」
「やだなぁ!良いに決まってるじゃない。よーしっ、そうと決まったら、さっさと行こう!お腹ぺこぺこだよ」
「………有り難うございます」
飯所に着いてからといったもの、自分が何を注文したかもわからないくらい、は考えていた。
どうしたら雛森を確実に殺せるかと。
雛森は可憐な外見とは裏腹に鬼道の達人だと聞いている。鬼道には他の道とは違い、扱いが難しいという点があるが、
しかし使いこなせるようになった術者の能力によっては突然見舞う死にすら対応できる技も身に付けられる。
自分がほんの僅かなすきでも作ってしまったら、今度は逆に自分が危ない。
一応の得意な道も鬼道ではあったが、それでも彼女の技を正面に食らったらただではすまない。
第一、生き残ったところで死は必至だった。
生き残っても、藍染が必ず殺しにやってくる。
だから、どうやって確実に暗殺出来ると、先ほど思い付いた手法の中で、何通りも何通りもあらゆる可能性を考えて
演繹していたのだ。
しかし勿論雛森との会話を疎かにすることは出来ない。
きちんと彼女と会話をしながら、食事を進めた。
時折感じるのは、ぶよぶよした肉の感触と血の味。
目の前の皿に乗った食事を見れば自分が注文したものは野菜料理だったが、それでもその料理の品目である卵を
食べた時には、血の味がした。
柔らかな歯ざわりの後にコリコリとした食感はまるで、人の眼球。
気味の悪さを覚えて、直ぐに水を飲めば、それは冷たい血の味がした。
いわば自分が今飲んでいるのは血液。
しかしそれでもは試行錯誤する。
確かに気味は悪いが、ばれないように殺さなくてはならないのだ。
気持ち悪いとかそういう場合ではない。
は雛森の首に刺さる刀の感覚を燻らせながら、主食である野菜に手をつける。
しゃりしゃりと音を立てて飲み込めば、また溢れる血の生臭さ。
血の味だらけで、頭がおかしくなりそうだった。
「……でね、この前藍染隊長が皆に、花火配ってくれて───」
頭の中では、雛森の首が転がる光景。
しかし目の前では雛森が楽しそうに“綺麗な世界”の話を嬉しそうに話している。
「シロちゃんと、イヅル君と、阿散井君と、乱菊さん・・・それと、藍染隊長とやったんだ。凄く綺麗だったんだよー」
……ふと、気になって口走った。
「雛森副隊長は………」
「うん?」
「海が………お好きですか?」
何故、そんなことを訊いたのかはわからない。
ただ、気になった。
頭の中で雛森が自分の刃に気付いた時を想像した。
ただ、それだけ。
それは、の最後の叫びだったのかもしれない。
「うんっ、好きだよ!」
「───────」
「だって、広くて、優しくて、全部包んでくれるような……だから、好きだよ」
衝撃に、鳥肌が立った。
雛森の屈託の無い笑顔を見たと同時に、頭の中で雛森に首を斬られる。
ゆっくりと首を繋いでいた身体からずり落ちて、大きな月が見えて、次には衝撃が伝わった。
目まぐるしく世界は入れ替わり、早く止まって欲しいのに手が無いからそれも叶いそうにない。
首が落ちても脳はまだ死んでないから、嫌でも痛みだけ伝わる。
頭と身体は離れているのに、全身が串刺しになりながら業火に焼かれるように熱く痛かった。
なのに、目は開いたままで、ようやく止まった頭は血だらけの雛森を見た。
すると、雛森は笑った。
彼女の直ぐ近くには、藍染がいたのだ。
血が音を立てて吹き出して、気が遠くなる。
霞む景色の中で、雛森は藍染に掛けよって彼に抱き付く。
その光景にはあの汚い自分もいない。
ただ、透明な涙が流れた。
頭と身体は離れているのに、心が痛いというのは変な話だが、ただ────痛かった。
「………──さん?」
「…………………」
「さん?」
「っ!」
死覇装の裾を引かれてようやくは現実世界に戻った。
目の前では雛森が心配そうなまなざしでを見つめている。
「あ……あ、あぁ、す、すみません……ちょっと、疲れてしまったようで……」
大丈夫?と覗きこんでくる雛森の顔に、胸が疼く。
まるで一つしかない自分の心臓から二つの血流が吐き出されるように、片方は冷たく、
もう片方は猛る熱さで。
靄のかかった苛立ちは、思わずを立ち上がらせる。
───ガタンッ
「ど、どうしたの、さん‥‥‥?」
「───────」
急に立ち上がれば、視界は散り散り七色に塞がれた後に真っ赤に染まる。
同時に意識が跡切れ跡切れになり足下がふらつく。恐らく立ち暗みといったものや目眩というものだろう。
意識の外で醜いは脚に鞭を打つ。
冷たい血に叱咤されるように視界が澄んでくると、ふらついていた脚はしゃんと前をむく。
「さん、大丈夫‥‥?」
そうだ。
殺さなければ、誰が殺す。
自分が死ぬか、相手が死ぬか。
生きたいのなら、下らない体裁等捨てて、ただがむしゃらに縋りつかなければならない。
生きたいのなら、誰かを殺めることだって─────‥‥‥
「はは・・・。・・・・・・すみません‥‥少し、気分が悪いので───」
「あっ、うん。じゃ、すぐにお会計済ませちゃうね」
「‥‥‥‥有難うございます」
「ううん、さんはここに座ってて。お会計済ませたらすぐに迎えにくるからっ」
シ カ タ ノ ナ イ コ ト 。
重く響く鼓動に鼓膜が規則正しく揺れる。
そこにまた干渉する雛森の声はうわずって、明らかに焦燥しているのが解る。
したたかに獲物を狙う、零度の瞳で彼女を見ればやっぱり顔は必死で。
これから回りだす死の歯車に腰を掛けるように、は死んだように眼を閉じて壁に凭れかかる。
冷たい血がやがて身体を支配するだろう。その間、暖かい血は必死に消えろと氷塊を心臓に放り込み続けた。
やがて凍えた心臓は萎縮し、比例するかのように血を流しはじめる。
左胸から始まり、脚に、手に、脳に、眼に。
巡っては毛細血管まで行き届いて、染み渡る。
鼓膜が規則正しく揺れた。
「お待たせっ。さん、行こう?」
やがてゆっくりと開いた瞳は、藍の色に輝いていた。
暗い夜道。
眩しいのは気分が悪くなるからと選んだ道には街燈すらなく、月の光りだけが行く道の頼りだ。
ただ、月は満月に近い形を成していたので明るいことは明るいのだが。
その中をと雛森は歩いていた。
月の影に包まれた物だけが本来の色を反射し、その恩恵に与かれない物は黒色に身を沈ませている。
風は吹いていない。
畔道を歩く二つの足音だけが真夜中の涼闇に響く。
‥‥‥もうそろそろ、道も中程というところか。
あまりぐずぐずしていては人目に付く大通りに出てしまう。
だからといって変な言動を見せればいくら慣れ親しんでいる身とはいえ不信がられてしまうだろう。
そうなる前に刃を頭の中で冷たく光らせながら───しかし緊張を悟られないように疾人(やまいびと)を演じながら、
は行き過ぎてゆく月を見て僅かに焦る。
早く。
早く、処さなければ。
「もうすぐ大通りに出るから、あと少しの辛抱だよっ」
殺らなければ、
誰が 殺る?
「─────あ」
ひりつくように熱い喉の奥から押し出た声に、雛森は振り向く。
「どうしたの?さん‥」
そう訊かれてから脚は漸く止まり、ここを逃さんとばかりには大声を立てた。
「ぁ・・、あっ!私───忘れ物してた‥っ」
すぐに雛森が取りに帰ろうとするを制して来たが、ここまできて流されてしまったら元も子もない。
ただ大丈夫ですから、とだけ言い張って畔道から姿を消そうと踵を返そうと身体を反転させる────。
「すみません、本当に大丈夫ですから。‥‥あれは死んだ母の形見‥‥。御願いします。
自分の手で取りに帰りたいんです‥‥」
こうでも言えば“優しい”雛森は制止を諦める。
やはりが思った通りに事は運んでゆく。
心の中でホッと一息を吐き、去り際には付け加えた。
「もし、遅ければ帰宅なさって構いませんのでっ────」
闇に隠れてゆく雛森の頭がためらいがちに横に振られ、口許が動くのが解る。
すぐに脳に伝わる彼女の届かない声は、はっきりと聞こえた。
それを振り切るかのように、いよいよ雛森から目を背けて走り出す。
「はっ、はっ、はっ───」
何か恐ろしいものから逃げるかのように、無様に躓きながら。
───ズザッ!
「っ」
いくら乾いた地表に膝を滑らせて血が滲んでも、それでも倒れる事は許されない。
許してはいけない。
早く闇に、完全に紛れなければ。きっと月光の下の雛森は待っている。
だから早く、闇に紛れて、掻き斬らなければ。
“逃げるな”
頭で何度も繰り返されるの声は藍染の声と重なる。
なのに脚は止まらない。早く引き返さなければならないのに。
あの店に忘れ物などない。行ったところで奇妙がられるだけだ。
早く、早く、早く、引き返さなければ。
───ザッ‥‥
「────はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
首が落ちる先ほどの光景が脳裏に浮かんだ頃、漸く脚が止まり、雛森が待つ大通りへの道の方角に身体が向いた。
・・・・・・・・・・。
────死ぬのは‥‥‥‥嫌。
首だけになった醜いが、忘れ物を取りに行くに刀を握らせる。
ふと足下を見れば血塗れの道が広がっている‥‥‥知っている。これは自分の血。
雛森を殺せなかった生温い、首だけになった自分の血。
あんなに体裁なんか気にしていたから、胴体を切り離されてしまったんだ。
くすりと笑い、闇の中では刀を抜いた。
月にも祝福されないその道に刃は輝かない。光源がないのだから当たり前のことだ。
大丈夫、これなら気付かれずに殺せる。
───ザッ‥‥
ゆっくりと、まず第一歩を踏み出す。
血に濡れた道は自分が一歩歩む度に蒸発し、何をも染める漆黒に消えてゆく。
気体になった自分の血液に鼻が慣れてくれば、瞳には黒の光りが燈る。
───ザッ、ザッ
自分を殺すように、先ほどまでの出来事を冷たい瞳でくゆらせてみた。
まるでかつての覇者のように。憎くて仕方がない、神の座を射落とした咎人のように。
そうしながら、は歩く。
───────本当に、簡単だった。
藍染の部屋に潜入する時もそうだったが、どうしてこうも“綺麗な世界”を信じている者は簡単に騙せるんだろう。
どうして目の前の世界が偽りではないと信じて疑わないのだろう。
世の中で通じる数多の道理にも虚偽はつきものなのに。
たかが同じ隊だ。
それにまだ入隊してから日も経っていない。
失敗ばかりする平隊員に、有能で忙しい上司。
たかが食事を一、二回交わしただけの仲だ。
なのに、何故────あぁ、本当に単純で助かる。
前回は上手く恋話からの詮索に引っ掛かり、今回もまた。
───だいたい、斬魄刀以外に何も持っていなかった者に忘れ物などあるわけがないのに。
頭が良いくせして、そういう時に限ってありえない事象を考える‥‥‥。
───ザッ
それに、
───‥‥‥‥
“忘れ物”だと?
───── ド ク ン 。
脚が止まりかける。
“忘れ物”という言葉が頭に過ぎる度、心臓が何故か跳ねるように高鳴った。
────忘れ物────。
「っ」
──ガッ‥
ふと止まった脚に気付いては拳で脚を叩き付ける。
動け、と叫んでも───何故か脚は動かない。
いや、何故か───その理由はとうに知っていた。
知っていた。分かっていた。
だからこそ、完全な断罪者になれない。
だが目を背けた。だって今までのように真撃に向かい会ったらその時は死ぬ。
海へなど橋さえ架けられずに死に絶える。
「っ‥‥!!」
自覚するにつれ段々と増して来る鼓動の爆音に、脳が揺さぶられる。
同時に胃の底から先ほど食べた血の食事を吐きだしたくなる────口の中に酸っぱい液体が押し寄せ、
生暖かい血が込み上げてはの脚を必死に止めようとしている。
(動け!動け!動け!動け!)
それでも死ぬのは怖いから、震えて止まろうとする脚を殴った。
痣でもできてしまうかもしれないくらいに、強く強く。時折そこに爪を立てては脚を運んだ。
(動け!!動け!!動け!!動くのよ!!!)
手に汗を握って、脚を打つ反作用に手が解けてしまう。
舌打ちをしながら手を死覇装で拭い拭い、苛立ちについに────
───は懐の小刀を抜いて自らの脚に突き立てた。
────ズグッ!!
「‥‥────っ!!!」
それでも脚は恐れをなして震えるものだからもうどうしようもない。
今度は深くまで突き刺さった刀をぐりぐりと回して傷口を一文字から円を描くように抉る。
その度にズプズプと鈍い音を立てて血が吹き出し、神経を断ち切る激痛が脳に伝わり、ちかちかと眼から火花が
散るような痛みと、先ほどよりも強烈な吐き気に襲われた。
痛みに荒い息を吐き、でも声など出せなくて、それでも脚の震えは止まらなくて。
────ドサッ
刀を握る手の力がかくりと抜けて、乾いた地表に落ちた。
「────」
ついにの脚が、折れた。
そして同時に、今まで堪えていた胃の内容物が土石流のように押し出る。
「う゛ッ─────!!」
暗闇だから、吐き出したものが何かなんて見えないはず。
それなのに、今の口から流れ出てきたものははっきりと知覚することが出来た。
「げェエっ‥‥!!!ゴボッ、ゴほッ!!」
それは、今まで断罪してきた数多の虚や死神の身体の一部。
血だらけの胃液に取り囲まれるようにして、
手や、ばらばらに切断された指、神経の引き千切られた眼球、腸、脚‥‥‥
そしてまだ暖かい血を撒き散らす跳ねる心臓。
まだ藍色に見えればまだ良かった。
なのに、今は容赦無く赤く見えるのだ。
「ガハッ、ゴボッ!!」
忘れ物。
「がっ‥‥!!」
気管に何かが詰まって、息が出来なくなる。焦って必死に息を吸おうと思えば思うほど焦りはつのって、
頭が腫れ上がりはちきれそうな感覚に見舞われた。
苦しくて、苦しくて。
段々と遠のく意識の中では必死に土を掻いた。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
生きたい──────!!
「っ‥‥っ‥‥っ!!!」
でも、息が出来ない。
忘れ物をしたということは、そんなに罪だったのか。
は焦る脳の片隅でふと冷静にそんなことを思った。
土を掻く爪がぱきりと縦に割れる。
同時に───────
何かに縋るように首をもたげて月を映したの瞳から、一筋の涙が血海に零れた。
「‥‥‥‥」
気付いて、しまったのだ。
雛森を殺せない理由に。
「──────」
首を締められているかのように頭に血が溜まり、今にでも何らかの簡単な刺激で破裂してしまいそうだ。
そんな中で急激に薄れゆく意識。そして、何よりも理性的で冷静な意識。
断罪囚の手や指の一部と血の水溜まりを自らの指で力無く掬い上げながら、涙が、ぽろぽろと止まらない。
気付いて、しまったから。
────ピチャ、ピチャ‥
何よりも純粋で、綺麗な世界を崇拝する雛森。
醜い世界を捨ててしまえば良いのに、でもそれは出来ない。気付いているけれど、そんな世界はきっとないと、
根拠の無い信念でもって毎日を生きているから。
『十四郎様─────』
今は遠い、過去の自分の声が耳底に反響した。
あぁ、そうだ。
自分も、雛森と一緒だったのか。
自分の影を踏んで欲しくは無い。
それは、今の自分を否定するものでありながら、醜い嫉妬がそれと同じくらい占めていたのだった。
酷い耳鳴りがする。
もうそろそろ、息の限界か。
涙が、ぽろぽろと、止めど無く零れた。
悔しい。
けれど、愛してしまったのだ──────。
( 藍‥‥染‥隊、長‥‥ )
視界がついに完全な闇で塞がれた。
は、どうしようもなくただ、悔しかった。
雛森を殺すのは、自己否定で、
でもだからといって、今の自分は後悔していない。
道を与え、路を跳躍させてくれたのは、藍染。
藍染惣右介という死神を愛しているからこそ、雛森桃という死神を殺せないのだ。
同時に反対のことを一つの対象にするのは、物理的に──────不可能。
(お‥‥願い、藍‥染隊長─────‥‥‥それに、‥気付いて‥‥‥下さ‥‥‥‥い‥‥)
たとえ、憎しみを勘違いしているだけだとしても────
愛しているから。
愛してしまったから。
私の忠誠は、貴方のものだから─────‥‥‥。
ふわり。
誰かが、
誰かが、の身体を持ち上げ────
鬱血して青くなった彼女の喉に指を入れて、掻き出した。
「ゲホッ、ゲホッッ!!!」
「‥‥‥‥」
指によって喉が引きつり、ついに気管を塞いでいたものを吐き出すことが出来、
塞き止められていた残りの内容物が続いてドバドバと地面に流れ出た。
抱き留められていた腕を振り切って背を折りながら、無我夢中では吐いた。
「ゲほっ、けほォっ‥‥‥!!ッハぁアっ、はぁあっ‥‥!!」
漸く出しきって、は大きく息をする。
次第に肺から酸素が身体に回り始めると、今度は先ほどと比べ物にならないほどの、体温を持った涙が溢れた。
現実に引き戻されて、あの時気付いてしまった事実、藍染への愛情は────夢ではなかったのだと、
忘れ物に悔いながら、また罪を犯してしまったのだと、身を斬るような懺悔に苛まれて─────‥‥‥。
「うっ‥‥うぅっ‥‥う──────」
蹲って泣き伏せるを後ろから見守るようにして佇む影は、月に照らされて呟く。
「好きになってはならん人を───好きになってしまったんやね‥‥」
大粒の涙を血池に滲ませて咽び泣く。後ろからするどこか寂し気な声に、一層髪を乱しながら泣き叫んだ。
「う・・っうぁああ・・・!!あああ・・・!!!!ああああああああーー!!!!!」
‥‥一番一番憎くて、嫌いで、
生まれて初めて殺したいと思った人と──────
生まれて初めて愛した人が重なる─────
ただそれだけの事実が、とてつもなく、重く、痛い──────。
「大丈夫‥‥ちゃん。君が出来ひんかったら────ボクがやったるから────」
薄雲の中。銀色の月の下。
そう呟く狐目の男の声は、どこか悲しげで、そして決意に満ちていた。
「──────」
わかっている。
覚悟している。
それでも私が戻って来た理由────
お願いします。
どうか、どうか。
藍染隊長、気付いて下さい。
帰り慣れた、仕置部屋。
そこはいつだって暗く、怖かった。
そこは血と、精液の青草い匂いしかしない。
床には常備された、反抗した私を殺すための刀。
痛みという罰から逃げないようにと置かれている拘束器具。
真実を喋るようにと、設置されている拷問道具。
どれもが恐ろしく、そして────愛しい。
もし、気付かぬうちに藍ではなく愛に気付いてしまったのが罪だというのなら、
その罪を、迎えましょう。
「─────良く、無様な格好で帰って来たな」
貴方の愛を、迎えましょう。
「忠誠は示されなかった。雛森君を殺さなかったというお前の失態は───私への離叛という事と見做して
良いんだろうね」
愛していたのは、十四郎様だけでは、いつしかなかったのね。
私は迷い無く、またここに戻って来た。
少しばかりの、恐怖を持って。
誰かを救うなんて大仰なこと、出来るわけなかったのに。
だからこそ、その路を与えてくれた貴方を────‥‥‥どうしようもなく、愛してしまった。
私は、ただ、自分の身を犠牲にしても。
「‥‥‥さぁ、。来い」
誰かに傍で、笑っていて欲しかっただけだった。
「‥‥‥‥はい、藍染隊長‥‥‥‥」
さあ─────
貴方の愛を、
私の愛を
迎えましょう。
「愚かで、浅はかなお前に粛清を‥‥二度と醒めぬ粛清を、処そう────」
月さえ雲に沈んだ漆黒夜。
粛清の始まりを告げる刃が、
私の喉を、切り裂いた。
続
──────────────────
次回、断罪編最終話。
今回・・・色々と不可解な点が明らかになったのではないかと思います。
一種のデカいネタバレなような気がしますがw
そして、汚くてグロくてすみません。
しかし、次回もグロいです。しかもお次は更にダークで痛いです。
精神的なグロさも含め、肉体的にも痛いしグロい。
もう私のサディスティックな性格があふれ出しているような気もしなくもありません。
無意識下の露出が私にとっての二次創作らしいので、どうしてこんなに可哀想なことするんだろうと思いつつも、
もう止まりませんな。
仕置きネタは絶対に尽きることはない。
・・・にしてもそれでもお笑い好きってどういう性格してるんでしょうかね、一体私はwいえでも、
ハピエン好きですからね!笑
内容は・・・
うーん、全て表現に組み込めた気もするのですが。何故が一番嫌っていた藍染を好きになっていた、とかいうのも
全て今回のお話に描いてありますしねぇ・・・。うーむ。
とにかく、正義感と愛のアイロニーです。断罪編までの流れは。
冒頭詩は、実に様々なパターンがありました。
完全に消してしまったやつのなかで・・・
蒼い海 清い海
藍の海 愛の海
血の海 真っ赤な海
というのがありました。
言葉のグラデーションとアイロニー(・・・浮竹たちを幸せにしたいという気持ちから藍染という絶対力を手に入れよう
として、その結果一番嫌っていた相手に惹かれ、引き返せない路に出る)を表したかった私としてはこの表現は残して
おきたかったのですが、やっぱり完結にの叫びでいきました。
悲壮。
・・・次回、もっと苦しんでいただきます。きゃ。
ではでは。断罪編最終話、お楽しみに。