第二十八話「月と残り香」




「刺激満たすため

 
 きみを利用する


 よほどつらくなければ


 愛をささやきもせず


 手招きもしない


 それは面倒だから。」





軽く罪を背負う


だけど目は笑う


奔放に踊りだす


期待させることで


昔のあの人の気持ちが


よく分かる・・・




「刺激満たすため


 きみを利用する


 ・・・そんな態度がブレる

 
 愛を装うことで


 本物に変わる


 そんなときもあるでしょう?」





















さびついた時が、廻りだす



それは、狂った音を立てて。















【流星之軌跡:第二十八話「月と残り香」】









狂った匂いはもう、此処には無い。
狂った鳥の喚き声ももう、此処には。

ただ鼻を擽るのは、夏の朝特有の、撫でる様な太陽の香り。
暑いといえばそうだが、それでも昼に比べてみれば格段すごしやすくて、気持ち良い。



ちゅんちゅんと小鳥が朝の挨拶を交わす声を聞けば、荒れた心も安らぐようだ。




────そんな中、はゆっくりと目を覚ました。
瞼をもたげて、目の前を確認すれば男の逞しい胸。
二人が寝ていたのは何もない床上だ。そして見れば自分も裸だったが、不思議なことに嫌悪や羞恥はなかった。
二人の上には彼の白羽織りが掛けられていて、その香りがただ、仄かな幸せを胸にもたらす。



・・・ずっとこうして抱き合って眠っていたい。
そう思って身体をすり寄せてみようと動いてみるが、途端身体全体がひしめき合って叫びをあげる。



激痛に思わず声をあげそうになるが、目の前で休む男の眠りを妨げたくなくて、喉まででかかったそれをなんとか飲み込む。



痛みに不格好に身体が固まりながらそういえば───と、ようやく記憶が呼び戻って来た。
そして、はっとして自らの身体を彼に気付かれないように見る。
───昨日切り裂かれた筈の肢体。首に走っていた亀裂、そして断罪受難の朱十字、数々の暴力の痕──
確かに痛みはまだ癒えていないが、全てが塞がれていた。



何故、どうして?



脳が覚醒してくるにつれて、の頭の中には疑問符の嵐が巻き起こってくる。
何故、藍染は私を殺さなかった?何故、藍染は私の治療をした?
それに、何故藍染はあの時────哀しそうな“声”をあげた?
最期に繋いだ意識が正しいなら、何故あの時────あんなにも抱擁が暖かかったのだろう?



記憶はそこで終わっていた。
何故こうなったのかは全くの謎だったが、生き長らえたことはわかった。




「・・・・・・」





考えても、わからないのだから仕方がない。ただ確かなのは目の前の胸に甘えてもきっと拒まれないということ。
案の定、男は何も言わず、目を閉じたままの肩を抱き寄せた。まるで夏の朝の寒さから守るかのように。
そうなれば身体の痛みなどもうどうでも良くなってしまう。ただ今は、嘘でも良いから藍染に甘えていたい。
譬え此処が死の先、黄泉の国だとしても。




「・・・・・・・・・」



やがて、肩を抱いていた藍染の大きな掌は、の頭へと移った。
昨日の激しい交わいにの美しい黒髪は乱れてしまった筈だが、あの後、が気を失った後、藍染が整えてくれでもしてくれたのか、
いくらかましになっていた。
まだ不完全な髪に長い指を梳いて、今度は空いてる手での腰を引き寄せる。



もそれを拒みなどせず、おとなしく抱かれた。鼻に触れる藍染の肌から彼の香りを脳にまで染み渡らせて、安堵の深呼吸を吐く。
そして答えるように、も両腕を伸ばして藍染の背に回した。




・・・どくんどくんと、藍染の鼓動が聞こえる。





「・・・・・・・・・。・・・」



「・・・・はい・・・」




眠たげな声に、優しく応答する。





「・・・・・・・」




急に撫でられていた手が離れて、ふわり、と白羽織りが浮いた。
何が起こったのかとまどろんでいた目を開ければ、自分に乗りかかるようにして藍染がいた。



「・・・・・藍染・・・隊長・・・?」




眼鏡などとうに外れた裸眼で、見下ろしてくるは切ない無表情。
確かに無表情なのだが、彼の内面を見続けてきたにはその表情の違和感・・・所謂温度差が認識出来たのだ。




白い光りが溢れる空間で、と藍染は見つめあう。
何かを確かめるかのように、藍染はの瞳を眺めた後、そっと頬に手を添えてきて。



ぎこちなくも荒々しいそれは、まるで恋をしたての少年のようで────。







「・・・・・・」






そのまま、藍染の顔が降りて来て、唇が触れ合う。
啄むような、初々しい接吻。
体温を持ったそれに、は初めて体温を持って答える接吻をした。

今まで幾度となく荒い接吻をしてきたのに、いやそれ以上のこともしてきたのに、どうしてこんなにも甘く、
胸が震えるのだろう。



「・・・んっ・・・。・・はぁ・・ふ・・ぅ・・・・・・」



次第に接吻に夢中になる。
濡れた舌で唇をこじあけられて、歯列を慈しまれた後に、口腔内にそれが入ってくる。
同時に流し込まれる藍染の唾液。
以前は何の味すらしなかったのに、今では甘い。



いつしか二人は息を乱しながら甘い接吻に溺れていた。
今まで何度も繋がって、吐くような快感を満たし合ったのに何故だろう、この接吻ほどの快感はなかったような気がする─────。




ひしと抱き合って、ついにの息が切れたころ、漸く藍染は唇を離す。
それだけで上気するを見下ろして、藍染の瞳は何だか嬉しそうだ。



「はぁ・・はぁ‥‥‥。あ、・・・藍染隊長‥‥‥」




じっと見つめられて、何だかは急に恥ずかしくなる。
今までどんなにまじまじと見られてきたとしても、羞恥はあれど、こんなにも胸が高揚する事はなかったのに。



顔を真っ赤にさせて、は俯く。
しかし藍染はそれを許さないと言わんばかりに、彼女の細い顎を持ち上げ、また繰り返し接吻を落とす。



一体どうしたというのだろう。
心声を探ろうとしても、甘い甘い接吻に思考が溶けてしまうようで、探れない。
角度を変えて、奥へ奥へと入ってくるざらつく舌の感覚に、恋の目覚めを感じる。そしてそれに夢中になる。
もうなんにも考えたくない。
この男と愛を交わしたい。




そのまま、また息が切れるまで唾液を交換しあう。溢れて床上に落ちても、まだ足りないと言わんばかりに。
頭が朦朧とするなか、漸く藍染はの名以外を口にした。



「お前は―――――狡い。その上に・・・・・・いつまでも、何処までも純粋なんだな」




息を吸う前、唇が離れるか離れないかの距離で切な気に呟かれたその言葉。
声を聞くことを拒んだには疑問が残るが、今はもうどうでも良かった。
ただ、その言葉に何故か積年の郷愁と、胸を切り刻まれるような思いに駆られて、今にも泣き出しそうな顔になってしまう。




「・・・泣くな」


「な、泣いてなんか・・・っ。た、ただ―――‥‥何だか、胸が・・・胸が苦しいんです」


・・・」



頬に降りてきた、手。今までは仕置きの血にまみれた恐ろしい手だったのに、今見れば覇者にしてはあまりにも不器用で無骨な手。
自然と流れ落ちたの涙を、掌で荒々しく拭われる。




「・・・お前には・・・さぞ、わからないんだろうな」

「・・・・・・」


恐らくは、一夜にして一変した態度のことを指しているのだろう。
確かに、はあの断罪の夜、殺される筈だった。
受難の刃を、左胸に受ける筈だった。
だけど、藍染はそれをしなかった。いや、それどころか―――――の脊髄にぞくりとした奇妙な温もりが蘇る。
彼女の脳裏に昨日のあの抱擁が蘇ってきたのだ。
乱暴だけれども、限りなく哀しく、暖かい抱擁――――いっそのこと、壊れるくらい抱き締めていて欲しいと願った程の、あの安らぎの
抱擁。
確かに、何もかもが不連続で分からなかった。



「私にも‥‥‥わからないんだ。あの日あの時、忘却など有り得ないと悲願を誓った筈なのに」

「・・・・・・・」

「お前はお前の悲願の為に、私に殺されかけた。そして、それがお前の願いでもあった」

「・・・・・・」



どういうことだろう?
生きたいと願ったのはで、確かに藍染に殺されかけた。
しかし、死にたいと彼女があの時願ったのは一時たりともなかった。
それなのに、藍染の物憂げな表情からは真実以外は語られてこない。
意味がわからないが、凄く淋しそうな表情をしている。
は修復された、昨夜千切れた筈の片手を上げて藍染の頬を慈しむかのように撫でる。


すると、





「・・・かくもお前は高潔で、私達の罪は重い―――――」





ほんのすこしだけ、眉根をひそめて、の手の暖かさを味わうように自らの手を重ねた。





そうしてしばらくが経つ。
真にみつめあう静寂の浮き彫りになった温い夏の世界に、突如響く夢から叩き起こされる現実警鐘。






「五番隊隊長、藍染惣右介殿に伝令!」


「・・・・・・・」



名残惜しいかのように、障子の裏挺隊の影を睨む藍染。
も離れてしまう温もりに苛立ちを覚えながらも、彼の変わらぬ野望への意志を汲み取って、何も言わなかった。


「・・・・何だい?そのままで伺おう」


ゆっくりと床上から生身の上半身を空気に晒して、裏挺隊にてを振る。


「は、はっ。・・・十一番隊隊長、更木剣八殿が今度の大虚征伐について吟味したいところがお有りだとか。直ぐに隊舎前に来て欲しい
 とのこと」


「ああ・・・更木か。・・・・・・わかった。直ぐに向かうと伝えてくれ」


「了解致しました!」




体液で汚れてしまった、彼の匂いが染み付いた白羽織を被りながら、床上から応対する隊長を眺める。
その表情は、昨夜前から知っている冷たい、何の感情すら感じさせない偽りの無表情。
足音が去れば、藍染はいよいよ褥から立ち上がる。
慌てても起き上がって仕事場に戻ろうとするが、途端頭の先から爪先まで走る激痛がそれを強制的に止める。
やはり傷は塞がれてはいたが、内臓、特に下腹部のそれはまだ不完全なのだろう。


「―――・・・うっ・・・!ぁ、くっ・・・・・・」


激痛に無様なくらいうつ伏せに突っ伏す。
それからゆっくりと目を見開けば、そこに広がるのは変色した自分の血がべっとりと張り付いていた。
乾ききっていないそれは、ぬらぬらと怪しい色を放っている。
やはり、昨日の出来事は嘘ではない。確かに自分は生き延びたのだ。





「・・・今日は、休みなさい」

「・・・‥‥え?」



湯浴みに水を取りに行く藍染の後ろ背をかろうじて動かせる上半身だけをなんとか起こして、見上げる。



「‥今日くらい休暇を取れと言ったんだよ。明日からまた、役立ってもらわなくては困るからね」


「・・・」


「・・・今日、夜は遅くなるだろう。代わりに、夕餉の用意をしておくように」



交わされる言葉の端々に真実と虚偽を見つけるが、はそれを示唆することを止めた。
だって、そう呟く自分の断罪者の声は明らかに跳躍していたから。




「‥‥‥それじゃあ、私は湯浴みした後、そのまま十一番隊に向かうからね。・・・」




廊下に続く襖を引く藍染を引き止めることも出来ずに、ただぼんやりと眺めていた。
やがて白に隠された彼の姿。
明らかに有限で、しかし胸に残って消えないのは彼の体温、息遣い、香り、味、そして不可解な郷愁と愛しさ。













ああ、まさか。これが。










これが、無限というのか。











は幾度となく藍染に言われ続けてきた固執の意味を初めて体感する。



やけに寒くなった一人だけの仕置き部屋で、はそっと藍染の羽織をぎゅっと抱き締め、罪の生を燻らせた。







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あっまーーーーい!!あっまいよ琴さん!ということで28話をお届け−そして、藍染編開始です。


さて「朔副虹」編。態度の変化。うーん、やっぱりまだいえません。
まだうっきールートも上げて余力があれば、分岐を増やしていくつもりです。
相変わらず究極的には藍染かうっきールートですが、その中でもバリエーションにとんだエンディング分岐をば。
色々なお話が、しかしいっぺんにやるとお話として成立しなくなってしまうようなお話もあるので、出来れば。




ではでは。









 流星之軌跡 第二十八話「月と残り香」

 image song*歌詞引用*  ♪「恋愛感染経路」柴咲コウ(アルバム「ひとりあそび」収録)