第三話「笑顔は語る」
天に広がるは快晴。
雲一つ無い、希望の光に満ちた、祝福された日のよう。
「よーし、忘れ物は無いな?」
「もうっ、いつまでも子供扱いしないでください」
「ははは」
君の笑顔も、この日に負けない位、明るい。
「……気をつけて行って来いよ。──無事に帰って来なさい」
風がそよぐ。
「十四郎様も、くれぐれもお身体を御慈愛して、ご無事でありますよう────」
たとえ、二人きりの時しか存在しない身であっても
ただ
幸せで。
「行って参ります」
嗚呼
風がそよぐ
滑り出す
廻り出す
どうか 彼女の戦に 祝福を
【流星之軌跡:第三話「笑顔は語る」】
「本日より五番隊に入隊することになりました、と申します」
五番隊隊舎──その中でも滅多なことが無い限り入室を許されていない隊首室には片膝を付き、頭を垂れていた。
目の前には五番隊隊長 藍染惣右介と、副隊長 雛森桃。
そう、現在は入隊の儀の真っ最中である。
「至らぬ所は数々あると存じますが、精一杯尽力致しますので、どうか宜しくお願い致します」
きびきびとした、緊張に強張った声では挨拶を交わす。
しばらく沈黙が続いたが、ふと書類から目を離した藍染は、頭を垂れているの位置まで屈んで、
その大きな掌で彼女の頭を優しく撫でた。
「……?」
が目を丸くしていると藍染はその優しい茶の瞳に彼女を移して、柔らかく、しかし慈愛に満ちた瞳で見つめた。
「異動の理由なんて下らないものは関係ないよ。君は今まで頑張って来たんだろう?」
「は……」
がぽかんとしていると、藍染はそのまま彼女の手を取った。
「この傷だらけの手、僕は好きだな。…そう、大切なのは理由じゃない。君がどれだけ努力してきたか、なんだよ」
大方異動理由に傷付いているのだろうと予想したのだろう藍染は、彼女を慰めるかのようにほほ笑んだ。
この笑顔──
ああ、なるほど。
これは流されそうになっても仕方がない。
解くと、重國らに拾われる前にすでに斬魄刀を解放してまっていたは、その名を知らない。
つまりその頃から常時刀を解放してしまっているは刀を所持していない今であっても、その能力を発揮出来る──つまりそれは、
今目の前に立っている人物の思考も手にとるようにわかるという訳で。
勿論、は藍染のいかにもそこに有るかのような笑みの奥にある感情に気付いていた。
しかし、だからこそ先ほどから妙な震えが止まらない。現に先ほども変に緊張した声になってしまった。
「ん?どうしたのかな」
「あ、いえ───」
くすりと苦笑するその笑みも、彼女の瞳にはもう優しいそれではなく、張り付いたそれとしか認識されなくなっていた。
「はは、緊張しすぎちゃったかな」
≪やはり報告通りの木偶か≫
「大丈夫だよ。僕は君を受け入れるから。…だから、仲良くやっていこう?君」
≪……そうだな、こいつはさっさと死番にまわしてしまおう。使えないものを手元に置いておくと、そこから腐るからな≫
藍染隊長、考えてることと、言ってること……全然違う───
今まで任務を果たしたいと修行を積んで来たが、心のどこかで、そんな日が来るはずはないと思っていたのかも知れない───
汗が吹き出しそうなのを抑えて、藍染をいくらか落ち着いた瞳で見返した。
「いえ、ただ──」
「ただ?」
「そのようなお優しい言葉、掛けていただいたのは初めてのことなので……」
≪ハッ、だろうな≫
ビシビシと、骨に軋むような闇の気配がを襲う。
数センチ先にいる藍染がやけに近い気がして、優しいはずのほほ笑みが死人のそれに思えて、は手に汗をぐっしょりとかき、
藍染にバレてしまわないかと恐れた。
いや、しかしこの死神はこういう性格なのかもしれない──謀反と直結させる、逸る気持ちを何とか抑えこんで、は瞳を背けた。
「ふう……仕方ないね」
そんなを見て藍染はやれやれと、後ろに控えて事を見守っていた雛森に苦笑を見せる。
雛森は「緊張しているのでしょう」と微笑み返した。
「大丈夫だよ、さん。私も出来る限りサポートするから、まずは自信を持ってみて?ね!」
「は、はぁ……」
雛森の心中は、新しく入ってきて緊張している隊員を本気で心配する、至って普通の状態だ。
ただ──。
「やれやれ。これは明日の仕事は雛森君に行ってもらった方が良いかもね。……でも、生憎明日のは雛森君だけには荷が重い。
我慢してくれるかな、ごめんね」
「し、仕事ですか…?それに、副隊長殿でも大変な……?」
そんなこと聞かされていない。いや、急の要請ということもあるが。しかし……。
───藍染の心声と現実の差の激しさに動揺するは、とにかく冷静になろうと、しばらく藍染の言葉を待つ事にした。
「あぁ、これから言う所だったんだ。すまないね……急だが、君には実習も兼ねて、明日現世で騒ぎになってる大虚退治を僕として欲しいんだ」
「で、でも、私は──足手纏──」
「大丈夫、僕が絶対に守るよ。本来なら連れて行く予定のなかった隊員だからね。尚更」
「でも、」
「僕が信用出来ないのかな?」
反論をしようとすると、藍染は何とも残念そうな顔を浮かべる。
しかし、その間も勿論心声は聞こえているわけで──。
≪まぁ、見せる必要もないだろうが……一応念のため見せておかないとな。いくら無能な魂魄でも、証言することくらいなら出来るからな≫
「雛森君には此所を、頼むよ」
「はい」
≪それにしても…ふぅ、面倒なことだ。こんなにも催眠状態にさせることが大変なことだとは。まぁ…斬魄刀を見せてしまえばそれまでだがな。
あぁ、まだでも、その前にこの女が虚にでも殺されてしまえば楽なんだが……。
聞けば捨て子らしいし、相手は大虚だ。わざわざ謝罪の必要もないだろう。またいつもの私を見せていれば皆信用するだろう≫
「とにかく、明日朝一番で頼むよ。あぁ、それともお近付きの印として、僕が迎えに行こうか」
「いっ、いえっ!そんな!それはお止め下さい。隊長殿がそのような……」
あたふたするを見て、藍染は冗談だと笑い『藍染隊長』で良い、と言ってくれた。
は釣られて笑う。
だがしかし、それはどこかしら引きつっていたそれになっていたかもしれない。
「有り難きお言葉…藍染隊長」
「ふふ、良く出来ました」
≪鵜呑みにするあたり……むしろそちらの方が可能性があるか?ククッ……≫
そう言って頭を撫でるが、数分前のそれと同じものではないと思える。
先ほどはまだ慈しみの優しさを感じたのに──今のは、まるで頭を片手で鷲掴みにされて宙にぶら下げられているようだった。
全く暖かみが、感じられない。
いやでも、まだ離反と決まったわけではない。が、しかし───何だろう、この胸騒ぎは。
あまりに外見とのギャップが激しいから拒否してしまっているのかもしれない。いや、そうだ。きっとそうだ、きっと──
だって、こんなに優しそうな顔をしている人が……。
そうは思考しても、自分の能力と現世との狭間に立たされてはただ、冷や汗を流すことしかできなかった。
しかし、空しいことに、さらに裏付けられる事実──
『催眠状態にさせる』
『いつもの私を見せていれば』
──いつもの彼女なら答えは容易に予想出来ただろうが、今の彼女にそれは不可能だった。
「じゃあ明日、宜しくね」
「はい……了解致しました」
ふ、と藍染の気配が遠のき、あぁ、やっと離れたのかとそこで初めて気がついた。
そして次第に気が楽になってくる。
「下がりなさい」
「は、はっ!」
長かった───。
ただ、そう思った。
あまりにもいろいろなことがありすぎて──。
頭は今でも全てを把握出来ずにいたが、彼女は一つだけ確信する。
「それでは、明日定時に。……失礼致します」
「あぁ、待ってるよ」
───五番隊隊長 藍染惣右介、ゆめゆめ信用してはならぬ。
隊首室の戸を静かに閉じたの瞳には強い意思が宿り、手にはじっとりと嫌な汗が握られていた。
それは武者震いか、果たしてこれから起こる事に対してなのか。
知るものは、誰一人いない。
続
──────
≪ ≫の中は心の声です。
しかしあまりに多用すると誰の台詞なのか意味が分からなくなるので、基本的には藍染隊長と浮竹隊長しか書かないようにしています。
勿論、他の人の心の声も聞こえてますけどね(笑)
良い例は雛森ではないかと。
では。