第三十話「途絶えた声」





汚れないのは届かないから


犯した日々まで美しいだけで






あなたの歌が

きこえないように耳をふさいだ

あなたの指がしみついたままで

上手に歩けるはずもないのに

わたしは何処へ?






疼きだすのは健気な肌で


痛んでいくのは懐かしい景色







あなたの歌が

きこえないように耳をふさいだ

あなたの指がしみついたままで遠くへ

からまる舌を

切り落としたのはあなたじゃなくて

もつれた腕に爪を立てたのは

今さら水面に歪む影






さあ  私は何処へ?







【流星之軌跡:第三十話「途絶えた声」】






『――――難しいものね』



無限遠の空間に、限りなど知らない女の声が隅々まで凛と響く。
鈴のように透き通ったその声に、思わず心地よさを覚えて眠りたくなるが、脳は裏腹に覚醒しだす。




『――――此処に来て、貴方に出会った。それが良かったか、悪かったかなんて私は判断出来ない。
 でも‥‥少なくとも、私は出来ることなら、助けになりたい‥‥』



最初はぼんやりと聞こえていた声も次第にはっきりしだして、でも自分が覚えている眠りに落ちる前の記憶から辿ると自分以外に
女はいなかったわけで―――いや、それ以前に、こんな声の女は知らない。会ったことがない。



だとしたら――――?



『――――貴方の目的が何なのか、それはぼんやりとしかわからない。ただ、親族を皆殺しにしようとしていることしか‥‥』



だとしたら、取り敢えず状況を確認しなくては。
そして今自分がいる状況を判断した後で謝るなり立ち去るなり何なりしないと―――確か裸だった自分は多大な恥をかいてしまう。




しかしすぐにでも目を開けたいが、生憎ゆっくりとしか開かない。
まるで瞼の上に見えない重石でも置かれているかのように、目を開けるのが億劫で気だるい。





『どんなに貴方が私を忌み嫌って、殺したいくらい憎くても、それでも貴方は私を頼らなきゃいけないんでしょう』



それでも、起きなくてはならない。



閉じようとする瞼を叱咤して、目を見開いた。



すると、そこは一面真っ白の世界。



最早現実界ではないことだけは分かる。
白ばかりに埋め尽くされて、遠近感が上手く掴めずには伏せたままきょろきょろと辺りを見回す。


そうすると、ぽつんと白の世界に女が立っていて、ようやく薄ぼらけに遠近感の道標がつく。
しかし依然現実味が無い。




『でも、ごめんね。私、知らないの』




はそのままで、目をしばたき凝らす。すると、どうやら先ほどからの声の主は彼女らしい。
豪華絢爛な服に身を包む、黒髪の女。茶の瞳は澄み、でもどこか寂しげな、虚ろな色を宿す。
彼女には初めて会ったはずなのに、どこか酷く安心する。



『役に立たなければ、殺す?・・・それも良いかもしれない。私にだって、わかってるんだ』





































初めて?


































『私にだって、わかってる。でもね、それでも私は・・・』





初めて、ではない気がする。





そう、それは噎せかえる程の真っ赤な血の記憶と、常にあった胸の暖かみ。
意識した瞬間ふと、何もない空間の天に一筋の光が走った。青い軌跡を描きながら、何か燃える音を放ちながら、落ちてゆく。








酷くそれが、ゆっくりと流れ込んで。









『それでも私は、愛されたかったの』




どんなに裏切られようと




どうしても、愛されたかった。













流星は天を切り裂き、ついに、弾けた――――――。






※※※※※※※※※※※※




―――――」



「・・・・・・」



。起きなさい。もう始業時間一刻前だ」



「っ!」



―――――――――パキン!!!






何かが弾ける音が聞いた途端、聞きなれた男の声で一気に現実へと引き戻された。


「あっ・・・藍染、隊長・・・・・・」


「・・・どうしたんだい?」


意識浮上に上手くついていけずに、慌てて自分がすがり付くようにして寝ていた目の前の藍染を見上げれば、彼はす、と
の頬を手で拭う。
は何事かと意識を自らの頬へと集中させた。



「あ・・・・・・?」


「悪い夢でも見たか?それにしても・・・悪い夢で泣くとは、子供だな」


「そっ、そんなこと・・・!」


否定をしてみるが、確かに今自分は泣いていた。
しかし記憶を辿れどそんな悪い夢を見たわけではない。
段々と覚醒してくる意識のなかで先ほど見た風景を反芻させればただ、白の世界で女が一人で喋っていた夢を見ただけだと確信する。
何も悲しい夢など見ていないはず。
なのに、涙はいっこうに止まる気配を見せない。




「た、隊長・・・」


震えた声で藍染を呼べば、


「ん、どうした?」


にしかわからない、微かに優しい声で聞き返してくれる。


「た、隊長・・・た、いちょう・・・・たいちょう・・・っ」


わけがわからないのに、ガタガタと肩が震える。涙も止めどない。
こんなにも近くで、裸と裸で抱き合っているのに、こんなにも暖かいのに、震える。



怖い。


怖い。








  コ  ワ  イ  。








「・・・

「うっ、・・ひっ、く・・・っく・・・ぅう・・・」

――――名を・・・」

「・・・ぅ・・・、・・っく・・・?」

「私の名を―――呼びなさい。そうすれば、落ち着く」




空いていた手のひらで、背を撫でられ、囁かれる。
ゆっくりと上下する、ごつごつと骨ばった藍染の大きな手のひら。以前は血塗られた残酷な、触るだけでそこから犯されるような
暖かさだったものが、今では何よりもの安楽を与えてくれる。
肌と肌の、何の飾り気もない温度飽和。苦し気に乱れていた息すら、落ち着いて。



「あ・・・ぜ・・・」




「そう・・・、ゆっくり・・・」




「あ、‥ぜ・・・ん・・・たいちょ・・・。‥い、‥ちょう‥‥‥あいぜ、たいちょう・・・。あいぜん、隊長・・・ぅっ」





藍染の名を口にするたび、涙がほとばしる。

震えは更に増す。

しかし、其処に恐怖はなかった。


代わりに、安堵があった。



「あ、ぃ‥、藍‥染・・・藍染隊長っ―――・・・!藍染・・・ッぜん・・・あい染・・・藍染隊長ぉッ・・・!!」




無様なくらい、藍染の胸板にすがり付いて咽び泣く。


藍染の心臓の鼓動が聞こえる。

の心臓の鼓動が重なる。


藍染の名を口にする。


安堵する。


涙を流して、今まで解消のしようもなかった胸のつかえがまるで魔法のように少しずつ流される。



背を撫でる温もりが優しい。



せがむように、まるで親を見失った子のように、無我夢中で藍染の名を呼ぶ。







監禁される前から呼んでいたはずなのに何だか、藍染の名を呼んだのは、恐ろしく懐かしい気がした。







※※※※※※






三日後―――――



久しぶりに仕事に復帰したは、案の定雛森をはじめ、仲の良かった死神達にえらく心配された。
それもそのはずで、いくら治療したといえど、の肌にはあの断罪の夜の傷痕がまざまざと残されていたのだ。
見えるだけでも、首を掻き斬られた痕、僅かに見える断罪十字、手首の拘束の痕、忠誠証拠の自傷、烙印十字の火傷・・・。
しかし、雛森達はの肌に咲いていた赤華を指摘してはこなかった――――垣間見る藍染の優しさ。
今までは仕置きとして、幻影などかけてはいなかったのに。だからこそ、雛森は一瞬、と誰かの恋仲を予想した時があったのに。




本当に最近の藍染の行動には不可解なところが多く有りすぎる。



一夜にしての豹変。
暖かみの出現。
哀しみの出現。






















そして―――――自らの異変。
















「ただいま」

「おかえりなさいませ、藍染隊長」

「今日はまた旅禍が暴れたとかで要との例の計画の打ち合わせが予想外に伸びてしまってね、まだ夕食をとっていないんだ」

「ああ、それなら、私、今から買いに行って―――」

「――――いや、良い」

「っ、藍染隊長・・・?」



ふと、後ろから抱きすくめられて襖へ向かおうとした足がつと止まる。
灯篭が、重なる二つの影をゆらりと襖へ映し、拍動波打ちはじめるの澄まされた耳には早い秋を告げる鈴虫の鳴き声。




「・・・今日はあまり食欲が無いからね」

「そんなことまた仰って・・・。昨日だって、召し上がらなかったではないですか」


まるで、じゃれている恋人のように、抱き、抱きすくめられたまま会話する。
しかし、じゃれていると表現するにはどこか欠落を得ていたけれど――――。


それでも、の胸は高鳴る。
胸から暖かい何かが滲み、溢れ出る。


まさに、幸せと呼べる普通の生活―――其処に、の異変はあった。



「召し上がらないと・・・お身体に障ります。だから・・・」

「・・・



何かを苦し気にうめく藍染の声を耳元で聞き、自然とは彼の心の声を探るのだ―――いつものように。



しかし――――――。





「・・・・・・・・・・・・」





















消えた、のだ。






















「・・・





藍染が、今何を望むのか?何をしたいのか?



以前なら微かながらも感情の波で、幼い時からのいわば勘に似たようなもので、それらを満たしてきた。
なのに今は、いや、正確にはあの青い流星を目にしてから――――――声が、波にしても、聞こえないし、見えないのだ。





「――――あ、藍染隊長・・・。だ、‥‥駄目・・・ですっ。軽食でもとってから・・・んっ‥」



まさぐられて、漸く勘ぐって分かる。
まさに、覇朔を身に付けていた浮竹といる時と同じ感覚だと――――














そう、の能力である超透視が、藍染に対してのみ効かなくなっていたのだ。


























「――――‥・・・」




「・・・藍染・・隊長・・」




あんなに鮮やかに、脳に染み付くくらいに聞こえて苛んでいたのに。
それでも、藍染にそんなことは告げられない。自分でも原因がわかっていないのだから。
明日になれば、明日になれば治っているかもしれない・・・そう思えど、今日でかれこれ三日だ。






見えない。





藍染の心が、見えない。




おかげで、この三日間藍染に些細なことで迷惑をかけてしまっている。
藍染の心が読めなくなった途端に、不器用でもどかしくなる。
そんなはずじゃない、もっと気の利いたことをしなくては。
しかし、の思惑とは裏腹に迷惑をかけてしまうのだ。









「・・・案ずるな、。私には・・・もう―――――」







今宵も何を望むのか分からずに戸惑うまま壁に追い詰められて――――つと接吻の合間に呟かれた言葉。
その先を藍染は口にしなかったが、唯一、にはそれが分かった気がした。






心が見えずとも、ソレはどことなく予想はしていた。













きっと、















彼との決別が近いということを。











あれだけ憎み、嫌っていた藍染。
ただ使い捨てられられる実験体として殺された事実、
人としての幸せを奪われた事実、
人を殺めなければならない状況に立たされた事実、
生きながらにして死んでいる立場に立たされた事実、
愛を破壊され洗脳され、快楽と本能という教育をされた事実、
犯された事実、
目の前で愛しい人を殺さなければならない立場に立たされた事実、
奴隷のごとき扱いをされた事実―――――・・・



挙げ句、磔られ、焼かれ、切り刻まれ、滅多刺され、殺されかけた事実。

それらは変わらない。

しかしそれなのに今は、藍染の声が聞こえないだけで、苦しい、辛い、怖い、不安で仕方なくなる。



これもまた、事実――――――。






一言で言ってしまえば、訳が解らない。
しかしそれでも、今は―――――――













―――予感が外れることを願っていた。















どうか、どうか、







この妙な確信が、夢であれ。







悪い悪い夢で、あれ。















「 藍 染 隊 長 」







それでも、藍染の名を口にすれば、恐れは温もりに消えた。








その引き換えに、ただならぬ切なさと更なる確信を得て――――――――・・・。
















欠け逝く朝月。






それはあまりにも、二人の路を照らしすぎていた。






















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急に途絶えた藍染の「心声」。藍染の「鏡花水月」の完全催眠が視覚したものに不可避のように、
の超透視はが「見よう」と思い視覚したものには不可避なので、読めないなどということはないのです。
他の人の声はばっちし聞こえていますが。
しかも実際の声とは違い、心声は脳に直接感情波が突き刺さる感覚で聞こえるのです。
実際、6話以降(監禁以降)、藍染はそこを付けねらってを洗脳しようとしたわけですしね。



・・・実は急に、ではないんですが。良くご覧になってくださっている方には、おそらく心声が鈍くなっていることは分かったかと
思います。気になる方はどうぞ5話くらい前からご覧になってみてください。
声→波→不可解になっているはずですので・・・!


そしてまたまた出てきた謎の女性。早くネタバレしたいのですが、おそらくまだ私にはその技量がなさそうです。もっともっと
人と触れ合って、傷ついて、リアリティを得てからでないと、とても薄っぺらくなってしまう。
・・・頑張ります!


では、今回はここらへんで。












流星之軌跡 第三十話「途絶えた声」
IMAGE SONG 歌詞引用 ♪「水鏡」By.Cocco(シングル「水鏡」アルバム「ラプンツェル」「Coccoベスト・裏ベスト+未発表曲集」収録)