第三十一話「夏を殺める刃なら、」



かつての世界もそうだった


君を隠す入道雲  叫び声は遠雷の向こう。



いずれ死する命



その価値にすら  いたいけな瞳は悠久で



君が泣くのなら



僕は  君を泣かせるもの全てを



焼き払ってあげる。














たとえ  それが
















君自身だとしても。





















【流星之軌跡:第三十一話「夏を殺める刃なら、」】











退屈な間延びした大気。
動き出したかと思えば、目まぐるしく動き、またその狭間でひどくゆっくりと進む時。
意識すると腕に抱える多量の資料の質量がずっしりと重みを増してくるようだ。
各隊に資料を数回に分けて運ぶという単調な任務に流石に飽きて、だからといって目の前を見ても資料の山。
紙を意識すると大分後半だとはいえまだまだ勢いを衰えさせない夏の暑さが滲ませた汗と紙とが肌に貼り付い
ている感覚を燻らせて。
ふと、気分転換に天を見上げてみる。


ああ、今日も良い天気だ。
資料の山を越えた遠くには積乱雲が立ち上り、それと対照的に真っ青な空が世界を包んでいる。
風は生暖かいものの吹いていないよりはましで、黒い死覇装のために余計身体に吹き出した汗を乾かして冷や
してくれる。
蝉は短い命をこの季節に燃やすかのように声を張り上げて、この空に熔けてゆく。


すると不思議なことに、熱を孕む木製の床を歩む音すら彼らの一部に加われたようなきがして、軽やかになる。
断罪の日々、あんなにも森羅万象が憎くて、疎ましくて、片っ端からこの両手で捻り殺してやりたいと思って
いたのに。なのに、今では愛しくて仕方がない。
だがしかし、同時に、その愛しさに何処と無く寂しさが漂いはじめていたことも否めない。こんなにも愛しく
て仕方がないのに、何故か心が満たされない。何故か心に躊躇いと埋められない欠落がある。



何故、愛せないのだろう。



いや、そう考えると、元々「愛する」とはどういうことなのだろう?




対象をかけがえのないものとし、いつくしむことが「愛する」?
大切にすることが「愛する」?
憎むことが「愛する」?
気にいって執着することが「愛する」?

偏に「愛する」といっても、実際は非常に抽象的でつかみ所が無い。





だとすれば、一体どういうことをさすのだろう?






一体、「愛する」とは――――?

















―――――ドンッ!!







「「―――ッきゃあ!?」」






途端、何かにぶつかった衝撃と共に、腕にかかっていた紙束の重心がぐらりと横へ擦れ、
嫌な予感に身を固めると―――――














―――――バサバサバサバサァアッッ!!!!















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪い予感は見事的中した。







「・・・・・・・・・」



強張っていた身を解し、恐る恐る目を開ければ、やはり派手に散乱していた資料の山。
そして、漆黒の死覇装と――――。



「―――ッ!!だっ、大丈夫だった!?」

「ま、まつ・・・・・乱菊さんっ!」


遅れてやってきた衝突の痛み。右肩がじんじんと痛んできたことから、どうやら天に目を奪われていた
自分は右側の通路から曲がって来た松本と派手にぶつかってしまったらしい。


「すっ、すみません!!お怪我はありませんかッ!?」

「あたしは大丈夫よ。それより、こそ大丈夫?」

「え、ええ」


本当は堪らなく右肩が痛いのだが、それを押し殺しては自分と同じく座り込む松本に微笑する。
しかし、少なからずの身の世話を前からしてきた彼女はが無理をしているのを容易く見破ってしまう。



「嘘!あんた、右肩派手に当たったでしょ!」

「だっ、大丈夫ですって!ただ―――――」

「ちょっと黙って。ホラ、見せなさい!腫れてるかも知れないじゃない!」

「あッ――――・・・」











バサッ・・・!


























「・・・―――――」







「・・・・・・・・・・・」
















正直言えば、は復帰後一番彼女に会いたくなかった。



十番隊での自殺未遂の時から、誰が見ても分かる位に自傷痕や藍染が付けた忠誠心を表すための傷痕や
縛りあげた縄の痕が深く、より多く刻まれていたのだから。
最近は態度の変化からか、あまり自傷を強制されることはなくなってきてはいたが、それでもそれらの
赤黒く、腫れた痕は松本を驚かすには十分で。
先ほどの衝突で出来た腫れがどれか、など皆目検討がつかない。


「・・・・・・・」


見られたくなかった肌を晒されて、無性に申し訳ない。
松本の心の声は、脳に突き刺さるように哀しみを叫んでいる。


「あんた、まさか・・・。まだ・・・まだ、死のうなんて――――――」

「すみません・・・乱菊さん‥‥‥。そうじゃ、ないんです。・・・私は、生きたいと思っています。
 これは・・・気にしないで下さい。どうか、お願いします」

「っ・・・!?そういえばあんた、最近あたしがあげたネックレス、付けてない―――――・・・」


いぶかしみ、動悸付く松本に、は無言で例のものを掲げた。



変わり果てた銀十字を瞳に映し松本は息を飲み、思わず言葉を失う。



あの時、銀の光りを散りばめていた端正な十字架は熱と高圧力で曲げられたのか、酷くひしゃげて、
煤を被り黒ずんでいた。首に掛ける連銀部は、同じように熔けていくらか繋がっている。
そしてそのひしゃげた十字架の胴体には、何か液体が蒸発した痕がまざまざと見てとれる。


あの夜、藍染によってなされた形だ。
慣らしてもいない膣に、まるで男根のように無理矢理抜き刺しされ、傷つけられ、挙げ句には銀を焼か
れて背に烙印を捺された。皮膚と熱せられた銀が貼り付き、はり裂くような痛みに脳が白濁とするなか、
また直ぐに焼かれて今度は膣内に挿入された。柔らかい皮膚が急激な熱変化に収縮して嫌でも貼り付き、
それ以前に藍染に性を叩きこまれていたはたとえ焼けたそれでも固い異物として締め上げた―――
そんな地獄のような抜き差しを抵抗も出来ずに受ければ、今度は愛液で消火を迫られ―――散々にひし
ゃげてしまったそれ。


流石に首に掛けるには憚られて、は死覇装と死覇装の間に隠していたのだ。




「――――・・・」


「っ・・・ごめん、なさい‥‥‥。私は、でも、大丈夫ですから・・・お願いします。今は、何も訊かないで下さい」


「・・・・・・・」


「私でも、今の状況が飲み込めていないんです。・・ただ、あの頃よりかは────私が死のうとした時よりかは全然、
 良い状況なんです。だから・・・・・・お願いします。
 何も・・・訊かないで‥‥‥‥」


「・・・・・・・・」





松本は切な気に眉根を寄せて、捲っていたの死覇装の裾をゆっくりと下ろし、ぎゅっ、と強くを抱き締める。




「―――――わかった。わかったよ、。何も訊かないであげる」

「・・・すみません‥‥‥」

「ただね、これだけは、覚えておいて?」



ぐしゃり、と床に落ちていた書類の端が捩れる音が、蝉の鳴き声に混じった。





「あたしは・・・あんたのこと、いつでも見守ってるから。もしあんたがあたしを必要とした時はいつでも・・・
 あんたのところに飛んで行くから・・・ッ」



「――――――」



「だから、いつも一人だ、なんて考えないで頂戴。あんたがいくら間違えた考えを持とうと、あたしだけはの味方、
 の仲間だからね?」




一層強く抱きしめられる。
松本の肩が震えている。
心声から、何も出来ない、情けないという声が突き刺さる。
握られている死覇装を締め付ける衣擦れの音が聞こえる。
夏の匂いに、松本の良い香りが混じる。
顔を埋めた松本の柔らかい死覇装の繊維が心地好い。
松本からの親愛に胸が締め付けられる。



愛を感じる。
何処と無く欠いたあの愛を―――――。






どうしようもない幸福感を噛みしめて、は訳も分からないその温もりを抱きしめただこくりと一回、うなずいた。






※※※※※※※※※




障子に映る、青葉の黒い影。
生暖かい夕涼みの風に吹かれては、葉と葉を擦りあわせてざわざわと音を波及させる。
隙間から部屋に入り込んだ風が、灯篭の火を揺らめかせて思わず同じく忙しく揺れる影に目がいく。

様々な形に変容してゆくそれは、千変万化の葉擦りを奏でてゆく。








   時ハ 近イ。






ふと、影が囁く。






予想は、していた・・・。



思わず心内で応える。
いや・・・その為に計画を進めてきたのに「予想はしていた」と言い表すのは不適かもしれないけれども。
自分に自分で否定して。
それでもその言葉が浮かんでくるのは、間違えなく自分とがあの日の罪を背負っているからだ。
葉影は思いに浸る藍染を嘲笑う。







 天空ヲ 睨ム?






───ああ、空座よ。
いくら彼女を呪えば済む?
何れ程の月日彼女を妬めば、お前は気が済むのだ?



何がいけなかった?
彼女の命の叫びか?
いや、それ単体では何の罪もなかった。
なら何がいけなかった?






 オ前ト 禁忌ニ違イナイ。






「─────」






ザァアアッ!!







─────途端影が慌ただしく揺れたかと思ったら、ふっ、と音も立てずに隙間風に吹かれた灯篭の火は
消えてしまった。

はもう床についてしまっていて、数尺程離れた布団で夢の中にいる。
藍染も先ほどまではと床を共にしていたのだが、何故か妙な胸騒ぎに目が冴えてしまい、簡易机で
物思いに耽っていたのだった。
元々頼りない光源一つだったので目はあまり衝撃を受けてはいないはずだが、意外と藍染は光に見入って
いたらしく、なかなか目が光彩変化についてゆけなかった。
しばらく手で目を覆い、未だ笑う葉影を睨む。







 守ルト言ウカ、罪ヲ負ワセタ オ前ガ?






「・・・・・・・・・・・」



笑止・・・守る、など。
藍染は影を嘲笑い返す。



そうだ。
守るなどと甘いことなど、考えてはない。
守ろうとすれば、恐らく彼女は喜べど、は喜ばない。
の瞳はまだ、あまりにも地を写しすぎている。





彼女をとるか?
をとるか?




そこまで考えて藍染はふと笑を溢す。
どちらをとるか、などこれまた可笑しな話だ。どちらか、など端から存在していない。






 ナレバ?








なれば────・・・。




藍染は、眉間に軽く皺を寄せて、やがて一つの解答を見つけ出す。
そして、目の前の葉影をしかと双眸で見据えて答えた。










貴様らから受けた、果て無き罪と罰の鎖・・・
悉く、完全に、絶ちきってみせよう。














私は、─────





・・・藍染惣右介は、────





、そして夏────様の────望みを同時に叶える。








───ざわ・・・




立ち上がって巨大な影を見下せば、彼らは怯んだのかもうなにも語っては来なかった。









藍染は頑なな決意を胸に、すぐ傍で眠りこけるの床隣に潜り、肘をつき寝顔を眺める。
・・・思えば、寝顔などまともに見るのは初めてかもしれない。
今まで見てきた、といえどそれは劇薬、いわば絶対教育の経過をはかるための『観察』にすぎなくて。
自分が囁く、の浮竹への愛情と浮竹のへの偽善の愛情の経典の繰り返しや、死への絶対恐怖を
呼び覚ますように、手足を縛り、動けないままで肌を鋭利でもない欠けた刃物で傷付け、更木時代の覚
醒を喚起させる行為、そして更に、の浮竹で染み付いた世界を崩した上に血塗られた空白の世界を
構築したうえで、その恐怖から救いだせるのは唯一、藍染だけなのだと散々快楽を与えた。
泣きはらし、絶望と自分への憎愛をその幼さの残る顔に滲ませて眠れば、それはまさに『良好』の証と。


そんなふうにしか、彼女の寝顔になど価値を感じなかった。
ただ、気丈で健気な、無垢な女を貶め、自分の為だけに奴隷のように利用しつくして、挙げ句血祭りに
あげてやろうとしか思っていなかった。




なのに────。








なのに、今は、こんなにもは無防備に眠るものなのかと。思わず優しい瞳で眺めてしまう。
まるで、秘めた思いを野望に燃やしたあの夏の日のように。





















────また、夏の再演か?



















藍染は、心の中で呟く。
















───いいや、そうはさせない。いつまでも、そうやって踊らされてたまるか。





どうせ罪しか作れぬこの手なら、どうせ罰しか受けれぬなら─────・・・。












私は、─────






・・・藍染惣右介は、────













、そして夏────様の────望みを同時に叶える。











もう一度だけ、心に誓いながら藍染は眠るの額に接吻を静かに落とした。
一瞬身動ぎするに、まだ生きている彼女の穢れることのない息吹きに、また先の誓いに血を巡らせて。
今度は頬に手を添えて、今度は唇に触れるだけの接吻を落とした。





その光景は、何の飾り気もない。
天壌無窮の切なさを秘めていた。


















夏─────




私が罪しか紐解けぬというのなら




そしてお前が  私が作り出した罰しか受けられぬというのなら






私の中で
お前はどこまでも
永遠に  穢れることはない






何故なら





どんなにお前が
世界から呪われようと







私は
私だけは
私の罪の受け皿がお前で良かったと





確信しているのだから。





もし
此の想いが 自惚れでないのなら







私の最期の瞬間─────







─────どうか 微笑んでくれ。










憎まれるしかないお前となら
荊の道すら
苦しくもない。












忘却の罪─────







君の、証明を







命を、今






この刃に  懸けて  ・・・・・・。






















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31話でした。
最近書くスピードがやけに遅くなっています。
原因は―――ついに、ついに書きたいシーン集に突入するからんですね!
自分の中にだけかなりリアルなイメージが浮かんでいるので、上手く文章に落
とせるか怖くてちょっとずつしか書けないんですよ。
言ってしまえば、好物の最後の一個を大事に食べる様子にも類似w勿体無い!
それに、やっぱり怖い。これはのイメージに重なるからだと思いま
す。
しかし、やっぱりここからがいいところなので書かなくては!w


というわけで今回。
ようやく書きたいところの一歩手前です。
かなりもうネタバレに近いですね・・・最後の藍染の独白が、とくに。まぁ
ありきたりなお話なんですが、それでも
心情面を丁寧に描写して一風違ったお話にしたいと思っています。
今までも結構ありきたりといえばありきたりなんですよね。
今までを一言で言ってしまえば「監禁」「憎愛」のお話。しかしそれでもご感想
で毎回「独特の世界観」とよくおっしゃられるのはありきたりなテーマをちょっ
と工夫して書いているから・・・だと思いたいのですが(願望かよ!)
うーん、でもやっぱり文才ないですね。ははは。




 切 な く な ん ね ぇ ぇ ! 



それでも次回から一気に展開が変わってきます。
お楽しみに!