第三十二話「さいごのよる」
もしもし、
もしもし ―――――― 届いていますか。
届いていますか。
遠く遠く、貴方。
知っていますか。
本当の空の色を見る方法を、貴方は知っていますか。
私はその方法を知っていたはずなのに、どうしても、どうやっても、手には届かないのです。
手を伸ばしてもそれは稀有な事象に隠されてしまっていて、もうどうしようもないのです。
真っ暗な夜、泣きそうに折れそうな月。
大海の水に反射されてできる、うつろいの反転月。
有限を捨てて、貴方の場所のその隣にいられることは哀しいほどに奇跡に近いのです。
無限の世界、貴方の大空に向かうために、その領域はあまりにも狭い。
中途半端に空中に抛りだされ、ふと地上を見れば、遠い貴方と見た人工の海が見えるような気がして。
その瞬間に、私にはその領域に手を伸ばす資格などないのだと気付く。
しかし、どうすれば。私には海の貴方も、空の貴方も、どちらにも心がありすぎる。
だから、とても寂しいけれど。
どちらにも
さようならの口付けを。
私は――― 『 我 』 は、
あの時と同じ選択をするしかないのだ。
・・・さようなら、 愛すべき せかい 。
【流星之軌跡:第三十二話「さいごのよる」】
「さん、さんっ」
「はい、何でしょうか、雛森副隊長―――・・・あっ」
「失礼する」
「・・・朽木隊長!」
お客様、と言われて通されたのはつい先刻のこと。さすがに隊舎の作業部屋で一隊長を相手するのは憚られたために、今現在は
客間で朽木の相手をすることになった。一隊士―――それも席官にも身を置かない身―――が隊長格を相手にするのは異例なことでは
あるが、隊長も副隊長も多忙を極めており、この五番隊でも彼の評判は決して良いものではなかったため、一応面識のあった
彼女が急遽宛がわれたのだった。
几帳面かつ気が利く五番隊の性格はこんな客間にも現れていた。
作業部屋にはあんなにも資料が所狭しとおかれていたにも関わらず此処だけはすっきりと整理整頓されていて、簡素な机上には控えめに
青磁の花瓶に白い花が活けてある。
それを見て、ふと朽木は口走る。
「これは・・・また珍しい花を飾るものだな」
「え? あ、ええ、この花ですか? ・・・・・・」
たとえ一度剣を交え、私事で何回か会話することはあれど、こう自隊とは違う隊長と面と向かうと多少なりとも緊張をしてしまい
言われてはじめては花に注目する。
花は茎ごと手折られていて、その大きさから元は結構な大きさのものの一部だと見受けられる。
「・・・不思議な花ですね。 ここ・・・葉の部分・・・・・・縁が白色で大きな花みたい。 でも中心には小さな花が咲いてるんですね」
よく覗き込めば覗き込むほどおかしかった。
その植物は確かに花らしいのに、その花の花弁の中央からは葉のような緑色の部分が占めている。一見禍々しく見えるが、無駄の無い
配色、そしてまるで葉に雪でも積もりつつあるかのような姿に感銘を受けずにはいられない。
「美しい花だな」
「そうですね。 もっと沢山あれば綺麗だろうに。 少し、勿体無いですけど」
そう苦笑めいて花を触ると、朽木はどこか呟くように口を開いた。
「美しい・・・・・・が、どこか虚ろで、寂しい花だ」
「――――――」
花弁を撫でていたの指がその小さな呟きに止まる。
なんということもなく、脊髄に郷愁の漣がざわめきたった気がした―――。
「・・・そう、ですね・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・何なのでしょう、この・・・花・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
・・・沈黙が流れる。
間延びした空間に、胸をかきむしるような暖かさが、胸を焼き焦がすような懐古の津波が、の思考を停止させた。元々雄弁ではない
朽木も同時に何故か言葉を失う。
焦燥からでもなく、何からでもない懐かしい感覚のなか二人は黙りこくった。
の不完全に聞こえなくなった心の耳に―――代わりに、ぼんやりとした声が響いてくる。
言葉としてはまだ幼く、まだ聞き取れはしないが間違えなく女の声で、そしてその声はどこか遠い昔に、何かと引き換えに置き去りにした
モノの声で・・・。
「――――――・・・して、旅禍討伐の件(くだん)だが・・・・・・」
「あっ、そ、そうですね・・・・・・」
口火を切るかのように朽木は大量の資料を机上に並べる。はそれに目をしかめながらもとりあえずはおかしな感覚を紛らわせるかと
一息つきながら、紙束を受け取り席に座りなおす。
そう、紛れるならば、と。
しかし、それは簡単に打ち破られることになる。その時―――紛れてほしいとの心の警鐘が激しく音を立てていたのだから。
***
太陽の光が白から赤燈に変わり、雲は次第に晴れ逝く。
数の減った蝉の叫びが数を増す鈴虫に鎮められ、今日も数多の戦士達の死に絶える怨嗟という鮮血に染められた天空は、連れたつ鴉に
色彩を吸収され、暮れ逝く。
は今日も仕事を片して藍染の部屋へ進路をとっていた。のんびりとした生暖かさが肌に清涼感を与え始め、もう秋も近いことを
いち早く知らせるようだ。
道すがら、はゆっくり景色を眺めながら帰ることが最早日課になりつつあった。というのも以前、断罪の日々にあった頃は体内の
時計は止まり、あらゆる事象はの脳内に何の癒しも与えなかったからである。あの日々に、瞳に映るものは全て眩しくうつり、
はその輝かしい音を全て掻き消してしまいたい、と思っていたほどである。
そのような時のなかで、たった唯一の慰めなど無かった。いっそ早く自らの命を絶ってでもしてしまえば・・・と考えれど、浮竹の守る
世界に生き延びて帰って、そして彼の口から真実を聞き出すまでは死ねないと、辛酸を舐める日々。
しかし、そのようななかで偶然というものは確かにあった。それが日番谷、松本、朽木、阿散井との出会いである。そのなかで、あの
眩しい万象は、また暖かさを取り戻して言ったのだった。
この世界を、浮竹の愛す世界を再度、改めて守りたいと願った。
・・・その後には大きな罰が待っていたけれども。
自分のなかに芽生えた、決して抱いてはいけない感情。それに気がついたのは何時頃だろう。
気付いた途端吐き気に襲われて、こんな自分など消えてしまえと何度自我を殺して、そして生存を望む代わりに、罪もない魂をこの
手にかけたのだろう。なんと醜悪で、愚かなことなのだろう。
認めたくは無かった。しかし、事象に体温が加わるたびにそれは事実であることを知らしめる。
以前、生存本能からそのような感情が生まれるということは聞いていたけれども、それなのか。それとも・・・。
いや、どちらでもこの際良い。
この胸のうちにある、どうしようもなく下らなく、愚鈍な愛を・・・藍色に染まりきった愛を受け入れよう。
だから、罰も全部この身に受け止めようと思った。願った。そしてそれは不完全なかたちで、しかし限りなく完全なかたちで叶った。
望んですらいなかった、暖かい抱擁。初めての、安堵。
・・・引き換えに、心の道しるべを失ってしまったけれども。
だけれども、それは後悔していない。確かに迷惑はかけてしまうことはもどかしいがそれでも、ようやく『対等』に立てた気がして。
生きながらえた今日、以前は憎ましかった全部の景色を、うしろめたい謝罪の瞳を向けて受け入れよう。
決して逃げることはなく・・・。
だからは全てを受け入れ、そして眼球の奥底に焼き付けるのだ。
腕が掻き分ける大気の温度、湿度。
足が踏みしめる木の感触、木が孕んでいた暖かさ、そして冷たさ。
鼻腔に香る、優しい夏の薫り。
肌に染み渡る、残光の詠歌。
空を切る、風の音。
そして―――瞳に映る、藍染の後ろ姿。
「・・・・・・」
私室へと伸びている渡り廊下の向かいでなにやら彼と、そして銀色の髪を有した――市丸がやや厳しい顔をして話しこんでいる。
のいる廊下とさほど距離は離れてはいないが、それでも声ははっきりとは聞こえない。ただ、口許が動くのだけが解る状態だ。
暖かな気候では声の振幅も早く死んでしまう。得意の心の声も最早藍染には効かない。それならばと、隠密技法として読唇術を教わって
いたことを反射で思い出し、瞳を集中させてみるが、その瞬間体が何故か警鐘を上げたかのように拒否し、は廊下の屋根瓦を
支えている支柱の影に隠れた。
大きなため息を飲み込み、心の中で何故?と問いかけてみる。
・・・・・・そんなこと、わかりきっていて。
しかし瑣末な自分には何もできることなど有りはしないのだ。引き止める言葉は知っていても、彼の歩みを止める術(すべ)は知らぬ。
胸が一杯になってふと瞳を閉じれば、憧れの海がきらきらと太陽を反射して、息が苦しくなって瞳を開ければ、茜の空に輝き始めた
朔(ついたち)の月が影に隠れていたを優しく暴いて。
どうすればいいの。
そう叫びたくても、叫べなくて。
どこかでわかりきっていたこの哀別の岸部にたゆたって、しかしそれが故に涙など出なくて。
諦めきった自虐の瞳を、は灰色に染まりだす床に落すしかなかった。
***
「おお。 今日は月が綺麗だなぁ」
病床に臥せっていた体を思わず起こして、浮竹はそうひとりごちた。
それはまだ昇り始めたばかりの夕焼けに哀れなまでに細い月だったが、これはこれで一種の美徳があると感銘の息をつく。
が、遅れてやってきたむせ返るような熱に身を折って途端激しく咳き込んでしまう。
相も変わらず、浮竹は身体の調子が良くない。それはこの夏独特の気候が故と・・・加えて、今回の朽木ルキア処刑の件も心労に加担して
いるのだが。
そして更に加えれば―――・・・。
「・・・」
それほど前ではなかった。
とある朝に―――彼女は帰ってきた。しかし彼女の頬は削げ、身体は以前とは見違えるほど痩せ細っていて、顔色は今にでも死にそうな
程蒼白していたが。更に、会話をしてみればよそよそしくて、踏み入って話しをしてみれば滾々と涙を流し、何かを決心したかのような
諦めたかのような表情で、唇を一文字に結んで去っていった。
その様子に何か異常なものを感じたはしたが、まるで『聞かないでくれ』と彼女の咽ぶ背中が懇願しているかのようで。
それほど任務が過酷なのだろうかとは思えどあの五番隊でそのようなことはまさかないだろうとは思う。しかしあの市丸との不可解な
出来事も鑑みると、どうも悪い予感がしてならない。いやむしろ第六感的に確信しているのだが、なかなかどうして原因が見当たら
なくて、歯がゆいばかりで。
こうして悩んでいる間にも、この両手をすり抜けてどこかへ行ってしまいそうで。でも、彼女の性格と彼女の使命を、冥加者として
誰よりも知る自分にはどうしようもなくて。
だけれど、
だから、
せめて、
あの子は今、
元気にしているかどうかだけ・・・強く、知りたい。
「 ――― 今夜の月は、綺麗だぞ」
美しいものだけをあげるから だからどうか、泣かないで欲しい。
***
太陽はやがて、鴉の軌跡が放った漆黒と深い藍を纏った月に姿を変えた。
眠く重たい鈍色。しかしどこまでも深淵に澄み渡りきった藍の天空。
まだ生まれて間もない月なのに精一杯負けじと輝いて、光を放って。まるで人間以上に人間らしく、生きた芸術のようだ。
綺麗すぎて自分を見失いそうになって、慌てて手を伸ばせば攫めそうな気がした。しかし実際手を思い切り伸ばしてみてもやはり攫む
どころかむしろ指先すら届きそうになくて、しかし錯覚に隠された距離はもどかしく、それでも総てを手に入れることなど出来ないの
だから。と、半ば諦めと執着が混在して。
空を掻いた指にため息を吐いて、自らの吐息が耳にやんわりと届いて悲しくなる。
しかし刻々と時を刻む秒針の音がそれに加われば諦めもついて、天から目を離した。
もう、こんな時間か――――――。
そう―――鮮やかに藍が燃え盛り、緋を染めかえる時、狂うことなくあの時はやってくる。
いつもと変わらない万物、いつもと変わらない事象、いつもと変わらない日常。
ただ、いつもと違うのは禍々しいまでの光を放つ、弓型(ゆみなり)の月が藍の虚空にぽっかりと浮かんでいたことか。
そしてふと思う。
何故あんなに小さい面積なのに、こんなにも地上は、自分は照らされるのであろう。満月の時より、地上は明るい。
それなのにまるで今にでも折れてしまいそうなか弱い月は、張り詰めた月光の弓をこの地上に射そうとしている―――全てを包まんとする
藍に「私は、ここにいる」とでも言いたげに、存在を証明するかのように。
そう思った時、また脊髄からあの郷愁と寒気が全身を貫いた気がした。最近頻発する懐かしい感傷と共に、心を炙るような訳の分からない
感覚に襲われて―――。
そうだ・・・・・・。
そうだ、あの人なら・・・・・・。
あの人なら、この気持ちの理由が解るのかもしれない。なぜならあの人は総てを攫む人。総てを攫むなら、解る筈。
これからもう少ししたら行くはずだった、いや、行かねば殺されるであろうあの場所へ・・・踵を返す。
藍に溶けない高貴な射干玉の長髪(ながかみ)を風に委ねながら。
「入っておいで、」
静かに、襖を開いた。
とっぷりと暮れた藍染の私室には、闇を融解するのに最小限の灯篭が燈されて、やんわりと二人の影を壁に映している。
「・・・どうしたんだい、・・・何か、心此処に在らずといった顔をしているが・・・」
「え・・・あ、いえ・・・・・・その、」
「言いたいことがあるのなら、言ってみなさい」
閉める寸前の襖の間から流れ込んできた仄かに冷たい風が、ジジ・・・と彼の影を揺らした。
「いえ・・・・・・、ただ・・・・・・」
「・・・・・・ただ?」
「・・・・・・・・・」
大事なところまできて、やはり沈黙してしまう。
それを見咎めたのか、今度はゆっくりと、しかし何かを告げようと―――歯切れよく、藍染は切り出した。
「」
「はい」
平坦を装う声音に、これまた平坦を装った声が短く落ちて。
彼は彼女の変化に気がついているのか、そうではないのか・・・。しかし大切なところで彼女の気持ちも知ろうとしないまま
複雑な色をその端整な顔に歪ませて。
一方は黙って彼の言葉を待つ。なにかの告白を期待して。たとえそれが哀しいものでも構わない。とにかく何か、重要な変化を
語れるように。ただただ待つ。
「・・・・・・いや、何でもない」
またどこか疲れた表情を浮かべながら、しかしそれは解りやすい偽物(フェイク)だと知っている。今更そのような詰まらない腹の
探り合いなどしたところで意味などないのに。
そう心のなかで毒吐(づ)きながら、は彼の前を横切り、気を紛らわすかのように縁側の先で乾いている洗濯物を丁寧に折り
たたんでゆく。
そして再び訪れる沈黙。
「お前がそこまでやる必要があるのか」
「勿論、お洗濯物は隊に任せても構わないとは思うんですけど。 でも・・・やっぱり、皆の洗濯物と一緒に洗われてしまう
のは何か、嫌で・・・」
「潔癖なものだな」
「・・・そうですね。 せめて、藍染隊長の着物の分だけは」
「・・・・・・」
独占欲が強いものだと罵る言葉を口にしようとすれど、それは喉の奥で溶けてしまう。
また過去に置き去りにしてきた記憶が蘇ってきて、どうしようもなく藍染は瞳を彼女の背から背ける。懐にしまっているあの青い
光が僅かに揺れた気がして、尚のこと口を鎖してしまって。
だが―――。
自分が話せば、話してしまえば、この苦しみからは解放される。しかし、彼女の瞳はあまりにも大地を映しすぎてしまっている。
彼女の幸福を願えば、話すことはこれ以上無い苦渋になり、だが一方の彼女の幸福を願えば、話すことは・・・。
そこまで考えて、藍染は思考を断ち切る。
決意したではないか。
私は、同時に三人の望みを叶えると ――― ・・・・・・。
重いため息がまた一つ、洩れた。
「・・・ぁ、・・藍染隊長」
必死な思いで溢れた言葉は、勢いについてゆけずに突っかかり、に無様な声を上げさせた。
「ひとつ、ひとつだけ―――・・・聞いてくれますか。 質問でもない、私の愚痴を」
無言は何よりもの肯定だ。はそのまま続ける。
「――――――・・・・・・わからない、んです」
薄い布地を折りたたむか細い指が、小刻みに揺れている。
「ほう、かの山本元柳斎重國に秀才とまで謳われたお前が?」
深刻に呻いたのに、確かめるように、嘲笑うかのような声音に焦りを感じて。
「は、はぐらかさないでください!」
「・・・・・・・・・」
一瞬にして彼の口許が歪みをやめた。
何かを予見しているのか。
何かを構えているのか。
それをも、彼に対する心の耳を失った自分にはわからない。
むしろ逆に、彼がその能力を持ってしまったのではないかと錯覚してしまう。
だとしたら、自分の心のうちは瞬く間に解ってしまっているのだ。
嘗ては憎しみの心をぶちまけてやりたかったと強く望んだのに。あの頃がまるで嘘のようだ。
不安 ―――――― 不安だ。
「最近の、いえ――― 昔からかもしれない。それすらはっきりとしない。 ・・・解らないんです、私の心が。
私のしたいことが。 見つかってはいる解が、それが、正しいことなのか、それとも間違っているのか」
静かにまくしたてる彼女に少しの未練を残していいものか。藍染がそう思っている最中、己のうちに沸きあがる褪せた筈の我執が
夏の体温に凍っていた唇を動かすのだ。
「お前の信じる道を進めば良い」
路を呈したのは自分だろう?
おおよそ自分には似つかわしくない言葉、それに対する自嘲の言葉など、最早心には伝わらないで。
「今までだって、そうしてきた筈だろう」
矛盾を惜しげもなく吐き出す藍染に、の我慢の理性は音を立てて崩れ出してゆく。
「そうです。 私は ―――――― ・・・・・・」
「そうです、私は。」
止まらない。
「私は、あなたにこの世界に連れてこられて、死ぬような思いをしてきました」
あれほど突っかかっていた言葉が、堰を切ったかのように溢れ出す。
「毎日続く殺人と、生きるか死ぬかの瀬戸際で、人を殺めることに善が認められることをはじめて知りました」
最早藍染の機嫌など構っている余裕などない。
「そしてそこで、浮竹隊長と出会いました」
怖い。
「後悔はしていません。 ―――だって私は、心の底から十四郎様を愛し、十四郎様も私を愛してくださったから」
哀しい。
「たとえ十四郎様の心の内が分からなくても、その愛に互いに偽りや、利用の愛は含まれていなかったと、今なら確信できる」
どうにかして。
「十三隊への恩恵だって、今なら私も、無償のものだと、胸を張って言える」
ああ、止まらない―――。
「でも―――・・・あなたに出会った。
あなたに出会って、この世界に存在する有限と偽りに気付いた。 あなたが気付かせてくれた。
今まで知りえなかった、この世界の汚い所。
その中でも、私を強く突き動かすもの―――・・・それは憎しみと、生への執着で。
結果―――・・・私は世界で一番憎んでいた、あなたを愛してしまった。
全て、全て―――私の信じる道をひたすらに、ただひたすらに突き進んできた結果です。
矛盾だらけなのです。
そしてそれがどうしようもなく、愛しいのです。
しかし、それがあると、あなたには追いつけない。
ですが、それを破壊する手段を知らぬのです。
どうしたら・・・、・・どうすればいい?
すぐにでも―――・・・・・・ 」
(あなたは、きえてしまう、のに)
気がついたら、藍染は向き合っていたのやせ細った手首を強くひきよせていた。
もうこれ以上決心が鈍らないように、限りを述べる震えた唇を強引に塞いだ。
その言葉さえ聞ければ、私は満足だ。
もう 終わりにしよう、。
そして、お休み・・・夏。
・・・それが、貴女の願いなのでしょう。 ―――――― 、様。
淫靡な劇薬を用いた最後の熱帯夜は天壌無窮の切なさを滲ませて、不協和音を奏でて過ぎてゆく。
洩れる嬌声に限りない悲壮を織り交ぜて、惜しみなく憎ましくも『イトオシイ』名前を叫んで。
指と指を堅く絡めて。もう離れないように。
二つの魂が茹だる熱さにどろどろに融解してしまうように。個の身体を灼熱の楔で一に繋いで。
ああ、幾度となく身体を重ねてきたのに―――こんなに悲しく、吐き気がするほどのまぐわいはない。
真実など口にするほうが愚かで、その瞬間に陳腐に成り下がるから。
代わりに体温で、何度も何度も乱暴で凶暴な熱さと痛みで打ち付けて、ナカで弾けて・・・たった一つの言葉を伝えて。
隙間無くあなたの藍色で染めて。朝が来れば、きっと、消えてしまうから―――・・・。
そして最期に、意識を飛ばして、頭の中の血管を破裂させて、目を見開かせたままこの世界から切断して。
もう いい加減 私を、逝かせて 幸せ だから 。
・・・・・ク、ン、・・ド・・・クン、・・・ドクン・・・、・・・ドクン、ドクン・・・
呼吸を再開したの隣の褥は冷たく、白い朔月が抜殻を物憂げに彩っていた。
入射光に背を向けて、ただ懇々と咽び泣く。
唇かみ締め声を殺して、「何故生きながらえた」と悔しくて、しかしどこかではわかっていたような運命の皮肉に
諦めの笑みを滲ませて。
生まれたままの姿で、はどうしようもなく泣き笑う。
ああ、終わった筈の断罪は 本当の意味で ここから始まるのだ。
続
******
*休止明けの一話でした。お待たせ致しました。
いやぁ、ブランクは怖いもので、一応鰤関連のものは再度踏破してから連載再開に取り組んだんですが、いかんせん語彙とか少なくて
なおかつ雰囲気やキャラ崩壊が激しくて申し訳ないです・・・!
特に優しい藍染様は本誌ではなかなかお目にかかれないのでこれはもう想像で執筆するしかない=キャラ崩壊は免れない!?
というなんとも悲しいサイクルから逃れられないのです。。。
しかし思いいれのあるシーンなので色々詰め込んだら大変な長さ&視点が入れ替わり立ち代りの目が回ってしまうような
とりとめのないお話になってしまいました・・・orz
*一応、浮竹隊長と藍染隊長でそれぞれ対象象徴や色を用いました。
浮竹隊長=海、満月、白鷺、有限(現世、死神界含)
藍染隊長=空、朔月、鴉、無限(反逆者、虚圏界含)
この二人に関しては最初から正反対の立ち位置で書かせていただいております。
ただ、「初雪草編」に入るとそれが・・・ある意味「正反対」になってきますので、そこらへんを楽しみにしていただけると嬉しい
です。
色んな象徴を、上手く用いてゆきたいものです。
他にも、夕焼けや、蝉や、鈴虫や、そして比較の対象にもなっている「月」が一体何を指すものなのか。
夢主様、浮竹、藍染がそれぞれ何をオマージュにしているのか・・・(ヒント?^^;一応・・・童話です)
などなど、少しでも読者の皆様に思考していただいて、愉しんでいただければ嬉しいです。
*冒頭詩(?)呼びかけ(?)について
本当の空の色を見るためには、暗帯(アレキサンダー暗帯)から空を見ればいいわけですが、暗帯はなかなか現れることはありません。
仕組みなどはとりあえず置いて簡潔に説明すると、よく晴れた日にでる月によって出来た虹(これを主虹という)の外側に主虹とは色の
反転した虹(副虹)が稀に出来ます。まず、太陽より光度のない月では月による副虹が出来ることすら稀有なのですが、それが万が一
できたとき、主虹と副虹との間から空を見ると、原理的に反射光はほぼ入ってこないので本来の空の色が見える。
それが暗帯と呼ばれる領域です。
このお話では、大空(=藍染の進む路)のうち、暗帯という本当に貴重な領域を入ってゆかねば、藍染の目指す「無限」には入れない
という意味合いを込めました。有限を完全に捨てて、藍染と共に歩むのは、どんなに努力をしても本当に奇跡のような確率でしかあり
えない。
なかなか説明したほうが意味不明になってきました。笑
*の独白
有限を捨てて無限を得るには、絶対的な力の前で、その世界のなかで、自分の確固たる意思というものを完全に見せて、そして行動
しなければならない。
夢主様()はそうなりかけてはいるのですが、あまりにも浮竹の世界への未練が大きいので無限を自覚していても得るには不十分で
そのために矛盾を破壊できない・・・有限を本当の意味で理解し、受け入れてはいるけれども捨て方がわからない。
その気持ちを込めました。
*ちなみにここらへんから初雪草編にむけては、よくジャズを聴きながら執筆をしています。
どろどーろから段々と切なく、静かな・・・哀しくも優しいお話にしてゆきたいので。ピアノジャズは月光などの描写に役立ってくれ
ています。ロマンはロマンでも、エロティックというよりかはセンチメンタリズムのほうが好きです個人的に。
*次回、ついに「朔副虹編」最終話です。
そしてようやくこの連載の本当の核心に触れてゆきますので、亀更新ではありますが、気長にお付き合いくださるととても嬉しいです。
では!
6:48 2010/02/10 琴
♪「A Hard Night's Day (Reprise)」Intuit 「Piano Jazz」収録