第三十四話「そして冥加者は天命に終止符を討つ -前編-」





「あぁ〜、いい湯だったぁー」

「やっぱこれだから朝から露天風呂ってのはやめらんねぇよなぁ」

「って小椿、女湯のほう覗き見なんてしてないでしょうね。 なーんか男湯の方からやらしぃ視線感じたんですけどぉ」

「なっ、テメーみたいなつるぺた見たってなんの得にもなりゃしねーんだよ、むしろ毒だ毒!つか猛毒! あぁ・・・清音が末恐ろしい
 こと口にするから急に湯冷めしてきちまった」

「なにをぅ!?」

「あぁん!?」

「ははは、二人とも本当に仲がいいんだなぁ」

「「どこがッ!!!」」


療養のためにと朝から久々に皆で朝風呂に出かけた帰り道、後ろで繰り広げられる若い二人のじゃれあいを耳にしながら浮竹はほほえまし
く思って、くすりと笑ってしまった。本人達は本気で喧嘩しあっているため、そんな自分の態度はまた火に油を注いでしまう行為なのだろ
うとは思いつつも、やはりなんだか見ていて可愛らしくなってしまって、口許が緩んでしまう。なにもこんなに朝っぱらから喧嘩なんて
しなくてもいいだろうに。わざとあからさまにため息をつくと石鹸の清廉な香りが鼻腔を掠めて、なんともいえない幸福感に浸る・・・
暗鬱としていた日々の生活に救いになって、浮竹の心はわずかばかりに慰められて。ようやく明けてきた白じむ深碧の空を見上げて、
再び大きく一つ深呼吸をする。
今というほんのひと時、全ての憂き事実から解放されて、胸がすっと軽くなったようだ。


「私とコイツのどこが、仲良さそうに見えるんですか。 あっ、もしかして小椿のせいで隊長の頭がおかしくなっちゃったんですか!?」

「なんでもかんでも俺のせいにするんじゃねーよ! この蛆虫脳味噌女! ち、違いますよね、隊長!」

「ははは、うん、違うと思うぞー。 いやぁ、喧嘩するほどなんやらって言うじゃないか」

「小椿と私の間に、そのことわざは通じません、断じて、決して、永遠に!!」

「お、なんだぁ清音。 隊長に反抗すんのかぁ?」

「ちっ、違ぁぁう! そういう意味じゃなぁい!!」

「ははは・・・・・・。 ・・ん・・・?」


背後の喧騒に適当に返事を返していると、ふと視界の端に何か赤いものが映った。


「あれは――――――」


はっ、として浮竹はその色を追いかける。












「もうっ、朝から大きな声ださないでよ! 折角隊長の療養のために来たのに、お体に響いたらどうす・・・」

「だからなんでもかんでも俺を悪者にしたてるんじゃねーって! 隊長ぉ、隊長からもこの被害妄想自己中蛆虫脳味噌女になんか言って
 やってくださいよ!」

「むっ、今の言葉はどう考えても名誉毀損ですぅーーー! 隊長もそう思われま――――――・・・あれっ?」

清音はさきほどまで前を歩いていた浮竹を見失い、思わず高揚していた気持ちは不完全に急冷された。不思議に思って辺りをきょろきょろ
と見回していると、ようやく異変に気付いた小椿も彼女と同じく周囲を探した。いくら無心に言い合いをしていたからといってさほど
時間も経っていないであろうから近くにいるのだろう。よく浮竹はなにか珍しいものがあると自分たちを置いておいてそちらにふらふら
と足を運んでいる時がある。今回もなにか見つけてどこかに行ってしまったのだろうと、二人はやれやれと笑いあって彼を探した。
すると、やはり程なくしてやや外れた廊下で見慣れた白羽織を発見し、清音は声をかけた。


「なーにしてるんですか、隊ちょ・・」


「 来 る な ッ ッ ! ! 」


「・・・ひっ、・・!」


豹変した隊長の姿に身動きがとれず途端、血独特の生臭い強い匂いに喉を引きつらせながら立ち尽くしているとやや遅れてやってきた
小椿が彼女の背後からひょいと覗き込み、即座に言葉を失う。


「今すぐ・・・すぐに四番隊卯ノ花隊長に『凪呈す』が瀕死と連絡を・・・」


比較的新しいものに張り替えられた廊下の木目は、それが木目だとわからないまで血に染まりきっていて―――付近の襖はところどころ
破けているものも、真っ赤に色を変えてふやけているものもあり、それが噴き出した勢いを物語っていた。更に行き場をなくして溢れた
朱は、ぽたぽたと庭を茶色に感染させてゆきながら大きな血の池を作っている。その凄惨な光景に思わず二人は固まってしまう。


「何をしている早くしろぉおッ!!」

「はっ、はい!!」


言われるがまま、理由も訳も何もかもわからず、とにかく清音は四番隊隊舎に向かって走り出した。角を曲がる際に勢いを御しきれずに
滑りながら、それでもあの様子からいって急がなければと、必死な音を立てて消えてゆく。
その場に残された小椿はただただ、まるで別人のように一変した浮竹の姿を眼に焼き付け、硬直した。











「あ、ぁ・・・ああ・・・ああぁぁッ・・・! どうして・・・! なぜっ・・・こんなことに・・・」









くしゃくしゃに、きつく、強く・・・血で重くなった死覇装を掻き抱く。自分の顔が、服が、足袋が、髪が、手が、腕が、いくら
その鈍くなった赤に穢れようが厭わないとでも言うように、狂ったように声にならない叫び声を上げながら。壊れたかのように、
何度も何度も血塗れになった手で、頬を撫ぜて白い柔肌を汚す。
あれほど博識で冷静で温厚な隊長が錯乱している様に――――――いくら彼にでも、どうしようも打つ手が無いことを悟った。








「あ、あぁああ・・・ッ、ッ・・・! 目を・・・開けてっ・・・・・・どうかっ、目をあけてくれ・・・!


 ッ!! ・・ッ――――――・・・ッあぁあああぁぁァあァあアア!!!!」











と呼ばれた見知らぬ少女の表情は、恐ろしいほどに真っ青な色で、とても、幸せそうだった。









【流星之軌跡:第三十四話「そして冥加者は天命に終止符を討つ -前編-」】







ここはいつだって静寂が満たしている。この建物の中も、そして壁も、全て白い色で満たされて。特殊な霊圧のみを遮断する
殺気石で塗り固められたこの居城は今、何事も知らないかのように昼間の日差しに照らされてきらきらと輝いている。

ばたん、と扉の開く大きな音が閑散としきった廊下に木霊した。どこまでも反射して消えてゆく音は今の浮竹を嫌に象徴しているかの
ようで卯ノ花は思わず眉を顰めてしまう。親同然の彼のことだから、きっと一晩中一睡もしなかったのだろう。憔悴しきった目で簡易
椅子にうなだれていて。しかし卯ノ花の姿を目にするなり、まるで襲い掛かってくるかのような勢いで腕を捕まれてしまう。
がたん、と椅子の倒れる大きな音がまた、木霊した。
そのまま、縋られるまま―――重い口を開く。


「なんとか、一命はとりとめました。 ですが――――――」

「っ」

「うっ、浮竹隊長!」

出来ればまだ面会はさせたくなかった―――制止する自分をいとも簡単に押しのけて、彼は何の躊躇いも無く部屋に突入してしまう。
まずい、と思って彼の後を追って自分も部屋に入ると―――何をすることもなく、ただ愕然と・・・全身から力という力が抜けてし
まうかのような男の姿が、柔らかい光に照らされていて、なんとも不自然な彩を産み出していた。


「浮竹隊長・・・お辛いでしょうが、ひとつだけ、あなたに忠告しておきます」


彼の大きな背中は何も言わない。ただただ、目の前の現実をまるで受け入れたくないとでも拒絶するかのように固まっているだけだ。
その様子に心がずきんと痛むのがわかる。だが、言わねばならないのだ。彼女を手術した身として。彼女の身を案じる一人の人として。
唇を軽く噛んで、それから卯ノ花は強い口調で続けた。


「彼女は―――さんは、絶対安静です。 まだ意識など戻る状態ではなく、ようやく先ほど傷口が塞げた状態なので・・・彼女に
 は絶対に触れないで下さい。
 ・・・もっとも―――触れることは出来ないでしょうが」


聞こえているのか、聞こえていないのか。何の返答も無しに、しかし何の行動もすることはなく・・・まるで人形のように棒立ちに
なって目の前の『箱』を見つめている。傷の早期回復のためとはいえ、無機質な箱に入れられている小さな少女を見て、実際そうした
当事者であるにも関わらず、卯ノ花の心もぎゅっと切なくなってしまう。
沢山の管がその箱にはつながれていて、それは中にいる少女のいたる箇所に刺さっている。華奢な少女の骨格を、全身に巻かれた包帯
が尚一層際立たせているかのようで。かろうじて見えている顔を見れば、何の表情を浮かべることなくただ昏々と眠りこくっていて。
彼女の拍動を知らせる電子音がなければ、まるで息をしていることすら不確かである。
さながらその救急救命装置は巨大で透明な棺のようだった。


「・・・落ち着いて、そのまま聞いて下さいね」


こんなときになんて無様なのだろう。まるで何か大きな怪物を目の当たりにしているかのように足は硬直して、ただただ不甲斐なさと
後悔に手のひらは堅い拳を握り締めるしかなくて。
――――――なにが護廷十三隊だ。なにが十三番隊の隊長だ。

なにが、なにが、なにが。

あんなに大切にしていた人を、たったひとりも、護れないくせに。


「彼女の傷口を見る限り、それは間違いなく刀で刺されたものでした。 心臓の真ん中を貫かれていたので出血が著しく、あと少し発見が
 遅れていれば、私の力でも対処しきれたかどうか・・・」


決して中の人間を映すことの無いよう、高い位置にある窓から小鳥の囀る音色が部屋に入ってきた。霊圧をほとんど感じることのない
その白亜の郭に、ぱたぱたと軽い音を響かせてそのまま小鳥は箱の上にぴたりと止まった。
そうだ、遠い遠い昔・・・彼女が死神になりたいと言ったときも小鳥がやけにやかましく彼女に味方をしていたっけ。


「そして肝心の・・・さんを瀕死に至らしめた犯人ですが・・・。 残念ながら残留霊圧からは何の痕跡もつかめませんでした。
 誰か、死神に刺されたのであれば刀の霊圧が残っているはずですが、それはどういうわけかすっかり消されていたのです」

ここはいつだって静寂が満たしている。この建物の中も、そして壁も、全て白い色で満たされて。特殊な霊圧のみを遮断する
殺気石で塗り固められたこの居城は今、何事も知らないかのように昼間の日差しに照らされてきらきらと輝いていて。
こんなに狭く単調な世界だけれど、ここには沢山の優しい思い出が花を咲かせている。この小鳥にしたって、この部屋にしたって、この
机にしたって、この椅子にしたって、この布団にしたって、この本棚にしたって、この書にしたって、この海の絵画にしたって。
この風も、この日の光も、この音も、この色も、この薫りも、全部、全部。
決して褪せることの無い鮮やかな思い出を咲かせている。
『君を悲しませない』という己の正義だって、君のその愛らしい寝顔だって、追憶の刻から何一つ変わってなどいないのに。


なのに――――――。


どうして君は、こんなにも遠くへ行ってしまったんだい?



「・・・今思えば、最近のさんには不審な点が何点かありました」


ああこういう時、何かの劇であれば悲しみに涙するのだろうが、全てが、なにもかもが、変わらなすぎて涙なんて出ないのだ。


「何かを恐れるかのようにきょろきょろとする様子、増えてゆく・・・明らかに『何者かに付けられた』傷。 まず五番隊での
 彼女の役割を考えれば出来ることは無いものだからです」


しかし、だからといって犯人など見当も付けられるわけなくて、何もいえなくて、何も出来なくて、二人はただただその場に立ち尽くす。
するとその沈黙に耐え切れなくなった卯ノ花は、言い忘れていましたが、と最後に何かを思い出したかのように浮竹に向き直った。


「私はあなたに感謝せねばなりません。 さんは、私の隊の隊員の看病をしてくれ・・・そして再び、その彼の生きる希望に成って
 下さいました。 残念ながらその彼もまた・・・何者かに襲撃されて今は天に還りましたが・・・それでも、さんの献身的な
 看病は、彼と、そして私たち四番隊に大きな安らぎを与えてくださいました」


ああ、これも・・・変わらない。何一つ、あの時からという人間は変わってなんかいない。
何か困ったことがあれば自ら進んで助けに入っていった。それが自分が覚えこませた護廷十三隊への恩義だとしても・・・いいや、そう
ではない。そう、信じたい。
そうだ―――その癖は、彼女の優しい真心からのものだ。この子は優しい。この子は愚かなまでに純粋なのだ。
なのに、何故。その彼女が何故・・・こんな哀れな姿で・・・まるで死人のように眠っていなければならない。
彼女が一体、一体何をしたというのだ?


「ありがとうございました。 中央四十六室特別部署冥加者所属、浮竹十四郎殿。 そしてなにより―――凪呈スル、殿」


そう言われて今更ながら思い知った。


自らの使命と―――の使命。


忘れかけていた、忘れようとした、その重く無機質な使命を。


そう本来なら、始めから覚悟しておかなければならなかったのだ――――――こうなる日を。


優しく暖かな毎日に、心の片隅にしまいこんでおいたその使命を。


だから、悲しむな。


こうなることを・・・心のどこかでは、覚悟していたはずだろう・・・。彼女の思いやりの言葉に、ようやく浮竹ははじめて言葉を返す
のだった。


「でも――――――・・・それでも、俺は。
 
 これを・・・名誉の死と、呼びたくは・・・・・・」



つくづく甘いのですねと、卯ノ花は最後にどうしようもなくて代わりに皮肉って、白鷺郭を後にするのだった。
































それから、一体どれくらいの時間が経ったのだろう。
あんなに白かった光は段々と茜が差し、涼風とともに夜の帳が顔を覗かせはじめた。
浮竹はあれからというものの、何も出来ずにただ後悔と自責の念に身を切り刻まれていた。


ぎい・・・


ふと、夕凪の風が葉をこすらせる音色に扉の開く音が混じる。一晩にして完全にやつれた顔で光さす方向に目を向ければ、そこには誰か
が立っていて―――浮竹は急激な光彩の変化に目を細めた。
段々と慣れてきて、よく見ればその人物は―――。


「春水」

「や・元気・・・な、わけないか」

「・・・! な、何故君がここに・・・!」


この風景には新規の人物が加わって、慌てて浮竹は『箱』―――の前に立ちはだかり、必死に後ろにあるものを隠そうとした。そして
続けざまに鬼のような形相で睨む。まるでこれ以上こちらの世界に踏み込むなかれとでも言うように。
が、しかしひょい、と京楽に止められる。
一体どういうことだ。彼女の特別密偵の義務がある限り、彼女と我々冥加者との関係が他者に明らかになってはいけないのに。疑いの
眼差しで薄桃色の男を見やる。
ふ、と柔和な色に何故か急いてしまって、浮竹は内心苛々してしまう。睡眠もろくにとっていないぼんやりとした頭で、ただただ考え付く
ことは後ろで息をする少女を護ることだけで。それは幾重もの懺悔の贖いか、それすらもわからない。ただ、彼女をもう二度と傷付けたく
ないことだけ、ただそれだけを心の正義として燃やして。なけなしの、ぼろぼろにまで廃れた褪せた正義を掲げて。


「まぁ、落ち着きなさいって。 あーあー、色男が台無しだよ。 こんなにクマ作っちゃって」

「春・・・すい・・・・・・?」


目を見開いて友に問えば、不自然に目をはずされて―――ああ、知っている。彼のこの癖は、なにか重大なことを隠している時のものだ。
そこまで考えて、浮竹はあるひとつの結論に至った。


「そうか・・・。 は任を、外されたんだな」


存在の露呈こそが任務の禁忌だとするならば、その禁が破られたということはそういうことだろうと思った。長い間、自分を拾い育てて
くださった護廷十三隊の為、重國様の、十四郎様の、世界の為と血の滲むような努力をしてようやく戴いた任という記憶を持つ彼女を
思えばなんとも心が痛むが、それはそれでよかったのかもしれないとぼんやり思った。端から中央四十六室は彼女の特別な千里眼能力
を、冥加者である浮竹から恩義をすりこませ利用するためだけに彼女を育ててきた。
その役目から解放されるというのだ。もう、こんなに辛い思いをすることはないのだ。そう思えば―――いくら彼女が目覚めたときに
恨み言を言われても耐えてゆけるような気がして、心がわずかばかりに晴れた。
案の定、否定の言葉は聞こえてこない。京楽はただ優しい瞳で浮竹を見つめるばかりだ。知っている、彼のこの態度は何よりもの肯定。
思案は確信に変わって―――ようやく口許に笑顔が宿った。
その時だった。


「浮竹隊長―――いえ・・・。 冥加者、浮竹十四郎殿。 これを・・・・・・」


今まで京楽の背後に控えていた―――初めてこの彼女の郭に足を踏み入れた者がすっと前に出て、いくばくかの安心の色に緩んだ浮竹の
前に立ちはだかる。そして、今までその者の手のひらに置かれていた紫色の布を差し出した。


「・・・? なんだこれは」


その者は何も答えない。ただただ、無言で何かを掲げるだけだ。紫色の風呂敷の下には何か細く堅いものでも置かれているのだろうか、
滑らかな曲線に柔和な影を豊かにたゆたわせている。心の雲がわずかばかりに晴れてきた浮竹はようやく他人の表情に気が回るように
なって、だがやはり久方ぶりなのでぎこちなくその者の口許を見ると――――――今にでもそのぷっくりとした唇が張り裂けて血が
にじんでしまうのではないかと思ってしまうくらいに、ぎゅっと、強く噛まれていて。
ただならぬ何か―――悪寒を感じて。それに伸びていた手は途中でぴたりと止まった。どくんどくんと、胸の鼓動が警鐘を上げだす。
しかしなにも出来ずにそのままでいると、その紫の化け物を掲げている者は、ついに声を押し殺しながら啜り泣きだしてしまった。
次第に嗚咽に大きく肩が揺れて、布がずれて中身が明らかになって。
その見慣れた形に、息が出来ない。


「ま――――――松本副隊長。 これは、どういう、」


引きつった笑いを浮かべてただ固まる。目の前に舞い上がった紫が曝け出されて、景色を覆う。そしてそのまま、静かに泣き咽ぶその者
―――松本の前を横切り、はらりと白の地面に眠った。



「冥加者浮竹十四郎に最後の責務を課す。
 
 走尸行肉之徒、を暗に処すべし――――――」



剥き身の短剣は緋色の光を反射して、ゆらゆらと浮竹を哂っていた。


















****************

*34話でした。いかがでしたでしょうか。

*中央四十六室からの相変わらずの冷酷な命令ですが、原作とこの連載の番外編「冥加者」をよく覚えてらっしゃる方は
 この命令にちょっと違和感を感じると思います。しかし、この連載は番外編を読まなくても分かるような配慮はしていますので
 次回くらいでその「おかしさ」についてはどなたかが指摘してくれると思います。

*なんだか最初はここまで暗くなる予定ではありませんでした。むしろさらっと終わらせてさっさと初雪草編にいく予定でした。
 しかしなんなんでしょう。そんなに夢主様をいじめたいのでしょうか、私(知るか)いえいえ、これは後の「幸福」のための
 辛さなのです・・・多分。
 ああ、このお話を書いていて浮竹隊長ルートも一緒に更新したくなりました。でも、注意書きにも書いたように、物語のネタバレの
 都合上それは不可能なんですよ・・・ね・・・。しくしく。
 そのうえ、浮竹隊長ルートに関しては大雑把も大雑把にしか決まっていないし、今は哀しいお話しか考えられないので・・・。
 ううん、今は藍染隊長ルートだけに集中する時期ですよ。う、うん。
 ・・・だからといって藍染隊長ルートが直ぐにでも明るくなるかというと・・・。う、ううん。笑

*最後の「走尸行肉之徒」というのは「(生きているがまるで死体のように)つかいものにならない、役立たずの者」という意味
 です。

 ・・・ここでちょっと浮竹の役割「冥加者」と、今までの夢主様の設定についてまとめておきます。
 (詳細は本編、そして中央四十六室特別部署「冥加者」については番外編「冥加者」をご参照くださると嬉しいです)

 偶然、不遇の少女、を拾い、四十六室の命令で実験体として意識すらなくなってしまいそうになるくらいの冷遇を受けていた
 彼女を、無理やり匿った浮竹。一時は公式命令を受けていた涅率いる十二番隊の追撃にぼろぼろになりましたが、浮竹はなんとかその
 冷遇具合を見咎めていた山爺の御願いで四十六室から公式にを保護する命令を受けます。
 
 ただしその条件は「に徹底的に恩義を刷り込ませ、の持つ『完全透視能力(千里眼能力)』を必ず、近いうちの将来に
 護廷十三隊の役に立てること」というものでした。また、が更木にいた時代、冷遇をされていた辛い時代の記憶をなくしている
 ことをいいことに、何も知らないに「お前は記憶喪失のまま放置されていた戦争孤児だ」と刷り込ませ、利用しようという命令を
 浮竹に出します。それというのも、の存在自体が特殊だった(斬魄刀の名も知らないのに解放状態にあるということは理論上
 ありえないので特殊。しかし本当は、尸魂界へ来た時からのは藍染の斬魄刀融合実験の生成物として存在が許されているので、
 『斬魄刀の名を知らないのに解放した』ではなく、自体の能力だったわけですが・・・)故に、亜種実験体にしてそのまま死した
 時に、何が起こるかわからないと、四十六室が危惧しただけなのですが。
 
 まぁ、四十六室にとってみれば特殊な存在であるの存在はいるだけで迷惑なものだったのです。でも消すことはこの世界にどんな
 副作用を及ぼすかは計り知れない。
 しかし、それをなんとか利用できないかと、当時の四十六室は考えたわけです。

 そして四十六室は必死に彼女を擁護する浮竹に直々に、『教育』をする保護者「冥加者」を任命するのでした。

 その汚い理由を隠し、いかにも善人ぶる役目を与えられた浮竹は、その存在を保護するというだけでも幸いだったわけですが、やはり
 その本当の理由と建前の間で葛藤を何度もしてきました。特に浮竹は彼の性格上、すんごく悩みます。
 でも「実験体」にならなくてまだ、済んだのだ。と言い聞かせて、悲惨な記憶しか持たないを優しく教育し、素直な子に育てます。
 
 そうして生まれたのが「」。この名は浮竹が名づけてくれました。には、その理由を明かすことは決してなく(たとえ自身
 が知りたがっても)世界のあらゆる美しいことばかりを教えてきました。
 特に、には覇朔という、の透視能力を妨害する道具を持っていない者の心は完全に分かってしまうので、人間の持つ汚い感情
 というのにショックを受けやすいので、極端に敏感になっていました。

 しかしはそんな心を少なからず知って、自らそんな歪みや汚い世界を少しでも変えようと、「死神」になることを「自ら」志願
 します。これは願わずも、浮竹の思惑通りになりました。綺麗な世界を教えようとしていたのに、教育は順調だったはずなのに、
 なのに汚れた世界に自ら突っ込ませてしまう自分に、また浮竹は苦悩しました。そんなことのために、利用するためだけに
 教育をしてきたわけではないのに―――自らの「愛情教育」にやるせなさを感じながらも、彼女の折角の申し出を断れるはずもない。
 ならばせめて彼女に精一杯の斬拳走鬼を教え込んで、危険を減らしてやろう――そう願い、自ら教鞭を振るいました。
 また、山爺や友人の京楽にも頼み込んで英才教育をしてもらいます。

 そしてなんとか厳しい訓練の果ての試験に合格し、万全の体制で「特別密偵」という役目を与えられたは「ようやく保護される
 だけじゃなくて、お役にたてる」と嬉々として潜入を開始したのです。(ここから1話へ繋がる)


 その後のことは本編に記してあるので端折りますが、藍染によって今までの事実を全て聴かされ、彼女の倫理観は悉く粉砕されます。
 「本当に浮竹は自分のことを利用目的だけで育ててきた?あんなに優しいそぶりをして?」と疑念がわきあがり、しかしそれを
 確かめるすべはなく、でも信じたい、と苦悩します。生きたいという生存本能が働き、色々なものを騙し、色々な人を手にかけます
 が、それでも浮竹への愛情は消えることはなかった。

 それが彼女のなかで無限を完全には取らせず、有限を護ることを選択させた(33話「朔副虹」)
 また、浮竹も任務に出かけ、一時期痩せて一旦帰還した時を憂い、いつでも心底彼女を心配していました。


 そして今回、変わり果てた彼女の姿を見て錯乱します。
 特別密偵という役柄上、こういう運命をどこかで覚悟していたつもりでしたが、実際は出来ておらず、悲観にくれます。
 そのなかで特別密偵という任を外された。これでもう彼女が辛い思いをすることはないと安心しましたが、京楽から言い渡された
 命令は「ろくに密偵の任務も果たせず、負傷し帰還した役立たずなを浮竹の責任において暗殺せよ」というものでした。


 さて、次回浮竹はどのような態度をとるのでしょうか。


 お楽しみに。






6:46 2010/02/28 日春 琴