第四話「不連続共鳴線」
今と 未来と 過去が混在する
妖しの刻
蒼月に照らされる
静寂の世界は
まるで
刹那を知っているかのようで
その漆黒の図形で
二人の真実を 照らし出す
疼きに開かれた 表情は
無垢な罪を
朱を吸い上げた 表情は
天帝の覇権を
大きな闇は
さまよう影を 手招いている
【流星之軌跡:第四話「不連続共鳴線」】
接触する瞬間だ。
そう、は考えていた。
昨日の藍染の心声から判断すると、『催眠状態にする』には『一応見せておかないと』いけないらしい。
とすると、なにかしら向こうからの行動があると踏んだのだ。
対象者の意識がしっかりとそれに向けられていなければならない、ということなのだから。
だから、『その瞬間』は何らかのアクションがあるはずだ。
「では、藍染隊長、さん。どうかご無事で…」
穿界門の前で、雛森は藍染とを見送りに出て居た。
流石に今回は相手が『大虚』ということ、そして何よりもがいることもあって、心配なのだろう。
彼女は藍染に対して特別な感情を持っている、そのことをはわざわざ心声を聞かなくとも気付いていた。
そんな、顔にも出てしまうような彼女の態度に、は少し申し訳ないような気がする。
しかし、何もは死神の心が読めるだけではない。
それは感情を持つ万物に対して有効であって、虚とて例外ではないのだ。
だからこそ、浮竹には『隊長格』と評価されているのだが……。
しかし、表向きにはあくまでも『足手纏い』な自分だ。彼女が心配するのも無理ないだろう。
そして、また自分が女ということもあるだろうとは思った。
いくら相手にそんな感情がなかったとしても、自分が好きな相手が一時でも独占されてしまうのは女として辛い。
だから、申し訳ない気持ちになったのだ。
(ごめんなさい、雛森副隊長。せめて私、この人に守られずに一人で戦ってきますから……)
「解錠────」
そんな両者の気持ちを飲み込むかのように、巨大な現世への門が開かれた。
「では、行ってくるよ」
二人はついに現世へと向かった。
※※※※※
ここが───現世……。
生まれも育ちも尸魂界であるにとって、現世は新鮮そのものだった。
空から地上に下り立つ間に、今は深夜なので良くは見えないが、それでも上空から思わずきょろきょろと見渡してしまうの様子に、
藍染は微笑みを浮かべた。
「そっか、君は現世は初めてだもんね」
「は、はい。なんというか──尸魂界と全然違う……」
「そうだね……」
ふと、藍染の顔に影が落ちた気がして、は隣りにいた彼を見た。
「でも───似ているよ」
「似ていますか…」
≪平和に満ちていて、安穏としていて、満足しきった──何と味気のない、下らぬ世界だ≫
「そうだね。確かに世の中に矛盾はあるけど、皆仲良しで、平和で……良い世界だ」
≪だからこそ、壊さなければ≫
「だからこそ、僕は守りたいんだよ。この世界を……」
やはり昨日のギャップは間違えなどではない。
この男は笑顔でこうもたやすく偽善を作り出すのだ。
は決心した。そして、確信する。
最早この男を疑ってかかるしかない──と。
「そうですね。私も、守りたいです」
そう決心してみれば、意外と彼とのやりとりはスムーズにいった。
表向きのは、彼に心酔しきった死神でいい。
ばれないように、何か彼のそのような証拠が見つかれば──。
いや、たとえ見つからなくとも良い。見つからなくとも、重國に良い土産話ができる。
いずれにせよ、彼に己の猜疑心が露見するのは危険だ。
だから彼女は偽ることにしたのだ。
「さて、ここら辺の筈なんだが…」
下り立った先は、大きな大地に建物が建っている場所──学校だった。
藍染は辺りを伺っている。
も同じく、辺りを見回した。
─────ドクン
─────ドクン
(な、何───?)
胸騒ぎがする。
が校舎を見たり、グラウンド、フェンス、サッカーゴールに目を移す度───何かおかしな胸騒ぎがした。
──────ドクン
──────ドクン
これは虚が近付いているから?
でも悪い胸騒ぎではない──だとしたら、何?
この、胸を締め付けられるような痛みは、何?
何………一体何なの───?
「君」
「………」
「……?君っ」
「はっ、はい!」
藍染の緊迫した声音では我に帰った。
振り返ってみれば、校舎の裏手に出来た大きな時空の裂け目から大虚がこちらを大きな瞳でぎょろりと睨んでいた。
そのむき出しの瞳に、思わずの背筋が凍る。
「珍しい気持ちも分かるが……それはひとまず後にしよう」
藍染がスラリ、と斬魄刀を抜いた。
「申し訳ありません、つい……」
『つい』、何なのだろう。
疑問には思えど今はコイツをどうにかしなければ。
も腰に差してあった斬魄刀を抜いた。
刀の名は知らない。
しかし、この今の能力は全てこの刀のお陰だと浮竹から訊いている。
は一瞬、藍染を軽く睨んで、再び刀を構え直しながら大虚を見据えた。
「限界までおびき寄せてから一気にかたをつけよう」
「お言葉ですがしかし、それではあまりにもリスクが高くありませんか?」
横目で藍染をちらりと伺うと、少し驚いた表情をしていた──しかし、少しくらい怪しまれても
にはかくたる『瞬間』が欲しかった。
それを得るためには注意を引いたくらいが丁度良いのだ。
特別密偵がバレる可能性はあるが、恐らくは大丈夫だろう。
この男は完全にを見下している。
「……いや、大丈夫だよ。いいかい」
「はい」
互いに前の大虚を見据えて構えながら会話を進める。
「眼前まで引きつけて、僕の斬魄刀を解放する」
「斬魄刀……をですか。流石に、長引くのは得策ではありませんものね」
「ああ。…それに、僕の斬魄刀の能力は、幻影を作り出して仲間討ちをさせることにある。しかし今回は一匹だからね」
「如何致しますか」
「そうだね、数体作り出そう…………幻影の虚を攻撃したことにより、大虚の回りの、僕の作り出した虚が大虚を威嚇する。
そうすれば少しでも隙が出来るだろう。そこに…斬り込む」
「私は如何致しましょうか」
「そうだね……」
≪……口は五月蠅いが、戦闘においては無能だろうな。だとしたら、≫
「僕が斬り込むから、安全な所で見ていなさい。……僕としても、女の子に手を汚させるのは気が進まないんでね」
瞬間、ふと目を細めては『了解致しました』と一言口にすると、藍染の左背後に回る。
「さ、て。初撃だけは避けておくれよ?………」
カチャリ。
藍染が刀の切っ先をゆったりと向けながら歩み出す。
二人の距離が縮まるにつれて裂け目に吸い込まれそうな程、強く暗い風が巻き上げてくる。
乾いた地に足を踏ん張っていないと間違えなくあの世行きだろう。
この状態なのに悠々と臨む彼はやはり冷静な死神なのだろうか。
いや、そうだろう。恐らく、良くても…………悪くても。
しかしの推測も、吹き荒れる風と憎悪によって段々とし辛くなってゆく。
やはり大(メノス)級になるとこんなにも強い霊圧を持っているものなのか───いつしかは藍染の推測よりも、
目の前の大虚に注意を奪われていた。
「───来る!」
キッ、と藍染が刀を立てて──大虚が繰り出した初撃が、藍染ではなく、を目指して一直線に向かってきた。
「君!!!」
「───っ」
刀を構え、立ち尽くす彼女に藍染は向き直り───口にした。
「解くよ、『鏡花水月』───」
『これだ!』
昨晩から考えていた『瞬間』。まさにこの時と判断し、は鬼道を唱えた。
───バァアアンッッッ!!
初撃はの張った霊子壁に当たり、後方に受け流された。そこに藍染の渾身の一撃が下され───
次の瞬間、大虚の脳天から縦一文字に裂け目が通り、叫び声を上げる間もなくそれは消え失せてしまった。
「君ッ!!無事かい!?」
刀を腰に納めた藍染が駆け寄って来て、大層心配そうに伺ってきた。
「は、はい……なんとか」
「術で防いだのか…よかった」
≪ち……催眠は失敗か≫
よかった───心の声を聞いてホッとする。やはりあの時が『瞬間』だったのだ。
何度もシミュレートした甲斐はあったと、はひとまず胸をなで下ろす。
「……それにしても、珍しい術だね。確かに系統としては鬼道らしいけど、反射というわけでもなさそうだ」
「……は、はぁ。いや、あれは咄嗟に───」
「咄嗟に自らの周りに霊子を張るなんて、凄いことじゃないか」
───少し高等な技を使いすぎたか───内心舌打ちをしながらも、まぁバレはしないだろうと、冷静を取り戻す。
「なるほど、霊子遮蔽か──自らの周りに誘霊子体を被膜状に張り巡らせ、結果霊子の偏りで霊力場をゼロにして、
力を後方へと受け流した──」
「は、はぁ……そんな大層なこと、私がしてたんですね…。自分でもびっくりです」
「いや、君はもしかしたら大きな才能を秘めているのかもしれない。……そんな高等な技、熟練した死神でも『咄嗟に』
出来る者は少ない」
≪本当に……何故この木偶が霊子を操るなんて技を使えるんだ…?………やけに戦闘に関しては頭の回転が早いな≫
ぞくり。
凄いと褒めたたえる藍染の茶の眼(まなこ)がまるで己の全てを暴くかのようにみえて、は背中に悪寒を感じる。
≪まさかとは思うが……≫
「でも、あれはほんの偶然で───あ、あはは……」
≪────コイツも『同族』か────?≫
──────!!!!
まさか、冗談じゃない────。
「ん、大丈夫かな。顔色が悪いよ?」
「あ、いえ……」
こんな、表向きはいかにも優しそうに見せかけて、内ではいつでも部下を見下しているような冷酷な死神と同じ筈がない。
そんなの、冗談じゃない。
「大丈夫です」
「本当?だいぶ青ざめてるようだけど……」
≪───いや、違うな。やはりコイツは出来損いの木偶にすぎない≫
ふ、と離れたのを確認して、ようやくは藍染を見据えた。
「とにかく、今日は早々と引き上げよう。君の身体が心配だ」
「ありがとうございま────……」
言葉が途切れた。
血に濡れる、優しい光を秘めた横顔から、全身───。
宵闇の月に照らされて作り上げられたその不自然なコントラスト───。
全てが、彼に似合いすぎていた。
「ん?どうかした?」
「あ、いえ───」
また手にあの嫌な汗を握る。
視点は一点に定まらず、ゆらゆらと揺れて血ぬられた地を徘徊した。
≪……何なんだ?この女───≫
「……まぁ、いい。……行こうか」
差し延べられた手を取るが、それは異様に冷たかった。
触れた、藍染に斬られた虚の血が、自らの手に焦げ付くような感覚がする。
嗤われている気がした。
「……参りましょう」
そして、そんな複雑な不安と予感を飲み込むかのようにして、また巨大な門が開く───。
「……………」
は何も喋らない。
何かが、目に見えぬ何かが────彼女を押さえ付けていた。
続
────────
次回、何かが起こるかもしれませんw
・・・というか、やっぱり藍染隊長の内心怖いよ・・・!