第五話「堕―前編―」
くるり ひらり
舞い落ちた 天使の羽
泣き叫んで 懇願して
毟り取られて 千切れて
血糊で変色した 真っ赤な、真っ赤な 羽
私はそれを恐れている
なのに 貴方は
残酷に 笑って
それを綺麗だと 言うの
血と涙にまみれて 痙攣し
涎を垂らしながら発狂する
アノ天使────
嗚呼 私はそれに なりたくないのに
─────墜ちる。
【流星之軌跡:第五話「堕─前編─」】
「……うん、間違えなしっ。お疲れ様」
「ありがとうございます」
五番隊隊舎───昨日現世から帰ってきたは、あの後すぐに休養をとった。
皆は大方大(メノス)の霊圧にあてられたのだろうと、散々心配してくれたが、本当の理由を言える訳もない彼女は、ありがとうございます
と微笑み返し、あとは部屋でおとなしくしていたのだった。
そして一人になって、ようやく静かに考えた結果は──早期に、潜入捜査するしかない──。
「今日のお仕事、これで終わりね。よくこんな時間まで頑張ったねー」
「いえ……。お仕事遅くてすみません」
それにはまず、藍染の予定を知っておかなければならない。そしてそれを把握しているのはすなわち、副隊長である雛森桃──彼女から糸
口を掴んでおかなければいけなかった。
だから、今日はわざと仕事をてこずることをして、残業をすることにしたのだ。
「そんな、こんだけ量あれば当然だってー」
「いえ、でももうこんな……」
その作戦は成功で、もう日はとっくに沈み、雛森と自分以外の死神は帰り、おまけに町の喧騒も聞こえなくなっている。
しかしまだ藍染の予定を聞き出せていない。は次なる作戦に移ることにした。
「……すみません、こんな時間まで」
「ううん、構わないよ」
「最後まで付き合わせてしまって……お腹も減りましたし……副隊長は大丈夫ですか?」
「えっ、あ」
そうが尋ねた瞬間、ぐう〜と、雛森の腹の虫が絶え切れないとでもいうかのように悲鳴をあげた。
元々心声を聞けるにとってその感情は、三時間ほど前から察知していたのだが、それを知る由もない雛森は赤面してしまった。
「ふふっ、我慢しないで下さい。……あ、そうだ!時間も時間だし、一緒にご飯でも食べに行きませんか?勿論私が奢りますので……」
いちいち部下を目の前にしても可愛い人だな、と心の中で微笑みながら、はいくらか弾んだ声音で雛森を誘う。
「そ、そんな!それは悪いよ」
「いえ、元々私が仕事をするのが遅いのが原因ですし……それに、副隊長に払わせるわけには……」
───こう言えば、あまり共をしない気がしていも、遠慮心から共をせざるを得なくなる───これも作戦だ。
しかしは本当に奢りたいと思う。それほど雛森はかたくなかつ謙虚に拒んだのだった。
良い人だな───私と違って……。
ふと、そう思って苦笑する。
ただ任務のために彼女に近付く自分に、こんなに素直な感情を示してくれる。
だからなんだか申し訳ないような、後ろめたいような、そんな気持ちになるのは、仕方がないことだろう。
「やっぱりそれは悪いよ。だから……」
「はい」
「きちんと自分のは自分で払うよ。……納得?」
上目遣いで不安げに見上げてくる彼女に、はにこりと微笑む。
「わかりました」
「それじゃあ、さっさと仕度しちゃおう!」
「はいっ」
鼻歌を口ずさみながら机まわりを整頓する彼女に、いつしかは彼女自身の笑みを零していた。
※※※※※※
飯所──こんなこともあろうかと、はそれまでも入念に調べあげていた。
それは場所によっては話しにくい所もあるだろう、という自身の配慮からもきているものだが、どうせ調べるならば、任務に有意義の
方が良い。
そのため、男の上司と来る時はあそこ、書類身分上その可能性は零に等しいが部下とはここ、そして女の上司と来る時はここ───と決め
ていたのだ。
そして、今回が選択した場所は、いかにも女性が好きそうな高級感溢れる所ではなく、清楚無垢な彼女に似合う、しかし女性客も気軽
に訪れることができそうな素朴な飯所だった。
そこがいたく気に入ったのか、入店してから雛森はのことを褒めに褒めたのだった。
「こんなところ知らなかったよー。新しくできたお店だったり?」
「そう…でもないんですけど、ここってちょっと奥まった所にあって隠れ家みたいな感じじゃないですか。私、そういう所とか見つけるの
とか、結構好きだったりするんですよ」
「へえー!でも本当、変に着飾ってなくて良いね。食べ物も凄く美味しかったし」
「あはは、そんなに喜んでいただけて嬉しいです。……でも、そんなことしてる暇あったら頑張って修行に励めって話しですよね、あはは…」
そう苦笑めいて身を引けば、優しい彼女が否定しないわけがない。
「そんなそんなっ!副隊長の私が言うのもあれだけど、息抜きは必要だって、ね?」
「──」
面白いほど自分の意図した方向に話しが進み、なんだか彼女をだましているようでやはり気は引けたが、これも全て十三隊のため、ひいては
尸魂界のためなのだ──はそう思いなおして意を決し、さり気なく言葉を乗せた。
「早く雛森副隊長や、藍染隊長のお役に立ちたいのに──」
「さん……」
しかし、あくまでも雛森を差し置いて結論を急ぐのは彼女から嫉妬を買うことになるかもしれないので、あえて遠方から、雛森を立てながら
話しを進める。
「藍染隊長の役に?」
「あ、いえ、勿論それは五番隊の役にという意味で、ですよ?」
「……嬉しいな」
「え?」
突然噛み締めるように安堵の呟きをもらした雛森の様子を伺うように観る。
「あ。ほら……さん、最初入隊式の時、藍染隊長のこと苦手みたいだったから……嫌われてたらどうしようって思ってたの」
「雛森副隊長……」
「って、こんなこと私が心配しても何にもならないんだけどね」
「いえ……」
はその発言と心声に少し驚いた。
彼女は本当に、嫉妬という感情無く「藍染惣右介」という人物を心配していたのだ──。
これでは世の男子に憧れ好かれても仕方ないな、と心底感心する。そして同時に──そこまで病的に藍染を溺愛していることがなんともい
たたまれなくも。
彼の内心では──彼女のことなんて微塵も思ってくれてはいないのに──。
「本当に……副隊長は藍染隊長がお好きなんですね」
あまりにも可哀相で、ぽつりとそう零してしまうと、雛森は瞬時にして顔をまるで茹蛸のように真っ赤にしてしまった。
「わ……わかっ、ちゃう、かな……」
「ふふっ、そうですね。もう本当、好きーっていう崇拝オーラが出てますもの」
「う〜〜〜っ。さんて、最初会った時から何か不思議な感じがしたんだけど、まさか他の人の考えてることがわかるんじゃないの〜っ」
あながち間違えではないが、そんなまさか、と微笑み切り返す。
「そんな能力あったら今頃副隊長達と肩並べてますって。いえ、そうじゃなくてですね……なんというか、副隊長の発言やら行動から……
好きって感じが伝わってくるんですよ。回りの人も、気付いている方も多いかと……」
その発言を聞いた雛森は自分が敷いていた座布団を持ち上げてほてった顔を隠した。
まるでそれ以上心の中を見抜かないでというように。
しかしここで下がってはいけない。
まだ肝心の、藍染の予定が聞き出せていない。
「今でも、藍染隊長のことを気にかけてらっしゃるのではないですか?」
そう問い掛けると、雛森は呻きながら「どうしてわかっちゃうのかなー」と溜め息をつきながら、そうだよ、と大層心配そうに瞳を伏せて
机を見て言った。
「だって……今日は藍染隊長、久々に残業しなくて済んだ日だったはずなのに……急に火急の仕事が入ったから……って」
「はぁ……それは大変ですね……」
「でも、それでもっ!藍染隊長は、『今日は徹夜で隊首室で仕事をしてるから、何かあった時は隊首室まで気軽に連絡をくれ』って…
…私のことを心配して下さって……!私──」
『今日は徹夜で隊首室にいる』────。
その情報を聞き、は急展開に心を震わせた。
雛森には悪いが、その後の話しはこれといって頭に入ってこなかった──それほど、好機がまわってきたのだ。
「確かに……そう言ったんですね?」
「えっ?あ、うん。何しろ何か現世での事件について調べ物があるとかで……凄い忙しそうだったんだけど、でも何だか生き生きと
してらっしゃったから、お止めするのはいけないかなって思って……」
「そう───ですか」
「うん。……どうかしたの?」
問う雛森の瞳に気付いて、は冷静さを取り戻す。好機は案外早くまわってきた──それだけのことだ、と。
それだけのことだ。あとはそれを自分は実行すれば良い──大丈夫だ、今日は藍染が部屋に戻らないとなった今、自分ならできる。
「いえ、何も。──お体が心配ですね」
「うん……」
「ふふ、そうだ副隊長、何かお夜食でも持っていったらいかがです?」
「あっ、それいいかもっ」
「ここはお夜食も用意してるんですよ」
「えぇ、凄ーいっ!本当、ここって何でもあるんだね……」
「ええ」
そのまま微笑みを浮かべながら、万が一の時のための保険を掛ける夜食を注文する。
「すみませーん、お夜食のお品書き下さい」
「はいよー」
「本当……さん、ありがとう……」
そんな思惑があるとは露知らぬ雛森は、深く深く頭を垂れておじきをする──。
「いえいえ、こちらこそ───」
そう言うの手には、汗が握られていた。
続
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後編(六話)に続きます。
いよいよ次回、の過去が一つ明らかになります。
また、同時に次回から痛いしダァク(笑)になるので(バイオレンス&エログロ)お気を御付け下さいまし……。
では