第五十話「護るために」






何のために彼らは生まれた。



何のために彼らは殺された。



地を耕すこともなく、水を治めることもなく、



おとなしく息をすることすらも



全く、全く、赦されていない。



極寒の鉄板の上で、僅かな水分を含んだ肉は張り付き



燃え盛り、ぐずぐずと音を立ててゆく。



白い息、それはまだ生きている証。



身体からも同じ色が出始めたら、それはもう駄目ってことだ。



つまり、そう。  『犬死』  って、やつだ。









大丈夫、俺はそうならない。
彼らの肉で形成された雲から降りしきる雨で喉を潤して、彼らの無念を晴らそう。









そして、必ず、この娘だけは―――護ってみせる。

皆の命、犠牲にしても、なんとしても。

皆の命、引き換えに。












【流星之軌跡:第五十話「護るために」】



「なんで・・・着いてきちゃったかなぁ」


傘を持っていない手で頭をがしがしと掻いて、八峰はわざとらしくため息を吐くと、その横に雨に濡れまいと彼にひしと
しがみついていた千沙は草履で思い切り八峰の足を踏みつけた。


「ズル休み、隊長にばれちゃったじゃない!」

「いてっ! ・・・ははは。 あぁー、困ったなぁ」


間延びした声は注意深く聞かねば格段困っている様子はない。長年彼に付き添ってきた浮竹にはその小さな差異が読み
取れた。
この声―――・・・正確には困っているのは確かだろう。しかし、おおよそ千沙の言う簡単な罪悪に対して困っている
という様子ではない。
その証拠に、いつもは雄弁な彼の次の言葉がなかなか出てこない。わざとの演技にしてはあまりにも下手すぎて、これ
ばかりは咄嗟の嘘も用意できていないようだ。




―――ザアアァァ・・・



物言わぬ空間にも耐え切れなくて、ついに浮竹は口を開く。



「相馬は今日、体調不良という理由で隊務を欠席したな。 ・・・でも、千沙さんの世話をすることを何よりも気に
 かけているお前が、急に体調を崩したなんてこと、おかしいと思ったんだ」


「・・・・・・・・・・・・」


「何かあると思って後をつけてみればこれか。 おそらく体調不良といえば病弱な俺は二次感染を恐れて君たちに接触
 しないと、そう思ったんだろうが・・・こんなことなら素直に墓参りだといってくれればよかったのに。
 ・・・そんなに俺は信用が無い隊長か?」






浮竹の持つ白亜の番傘には容赦なく大粒の雨が身体をぶつけ、そして端まで来るとぼたぼたと落ちてはどす黒い土に滲んで
眠ってゆく。貪欲な土であってももうこれ以上、雨は飲み込めないとでもいいたげに液状になって水溜りとなり、にごる。
嘘の欠席理由をとがめることもなく浮竹はただ苦笑した。そして、やや目を臥せる。長い睫毛は浮竹の白く浮き立つ顔に
物悲しく影を落とした。



「そうですね。 上司に、隠し事はいけないな」



土砂降りの雨だというのに彼のさす番傘の黒が完全な円になるまでに上げられて。あっけらかんとした声音で彼はしかたない
というふうに話し始めた。



「・・・今日であの村で大規模な戦が起こった日から丁度・・・妻の命日から半分なんですよ。 前に一度だけ話しましたよね、隊長」



その声はいかにも普段の彼らしくて、思わず詮索の瞳を鋭くしてしまう。こんな大事な日に、こんなに繊細な日に、こんな瞳を
してしまう己の無粋が忌々しいが、しかしそれは結局彼のためになるのだからと心の中で呟き、叱咤する。


「・・・ああ。 確か、お前が花見で酔った拍子になぁ」


そうだ。ここには幼い千沙もいるのだった。それならばと少しばかり彼に合わせて、緊迫めいた空気から開放してやると、
そんなことは気にしていなかったのか、千沙はもう一度父の足を思い切り踏みつけた。


「なに酔った勢いで教えちゃってんの!? ば、馬鹿じゃないの父さん。 なんでそこで父さんの嘘を発揮しないの?
 唯一の得意技なのに! 馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!!」

「痛い痛い痛い! ・・・はっ、ははは。 いや、参ったなぁ」


たとえ花見といえど空気に呑まれて酒を飲むもんじゃないなぁ、と冗談めかしながら何度も軽くはねて痛みをやり過ごす。
水溜りにはねるびちゃびちゃという音を耳底に反芻させながら、浮竹の心はなおのこと締め付けられた。

その原因は浮竹に対して千沙がとった行動だ。


ああ、なんてこの家族は優しいのだろう。


千沙の今の言葉で理解できた。相馬八峰が嘘を吐くときは決まって、誰かのことを思ったときだ。今回は、浮竹にあえて
その妻の命日やら、村が滅ぼされた日のことを伏せて、彼に余計な心配をさせまいとしたのだ。命日が近づけば、優しい
浮竹は少しの休暇を与えようとする。
しかし組織というものは一人の人間が抜ける時はそれ相応の対応をしておかねば、潤滑に行動が出来ないもので―――
彼が抜けている間誰かが彼の代わりをしなければならないのだ。一日やそこらであればさほど問題にならないが、浮竹は
心に大きな傷を負った相馬家に対して過度な休暇を与えるとふんだのだ。何せ―――八峰にとってみれば、浮竹は彼を
『監視』しているのだから、なおさら。自分の心と、向き合う時間としてかなりの時間、休暇を与えるだろう。
しかし体調不良という理由であれば、ものの何日間休むだけですむうえ、余計な心労を彼にかけなくて済すむ。そしてそれ
を娘である千沙とも口裏あわせをして、どうやら長年やってきたようだ。


その優しい嘘にうすうす感づいてはいたが、だがもうそのいたちごっこはやめようと思う。
浮竹はいよいよ核心に迫ろうと、伏せていた目を上げて、決意のまなざしで八峰を見据える。





―――が。





「でも、古い話です」


「・・・、っ!」


「俺自身もうとっくのとうに風化してしまった―――『過去の話』です」



いよいよくるりと振り返った八峰の顔に嘘の色は全くない。僅かながらに漆黒の傘が彼の表情に影を作っている気がするが、
それをも打ち破るかのように笑顔は明るかった。まるで、灰色の雨に打たれても頭をたれることのない向日葵のように、鮮やか
に晴れ渡っていて。
浮竹の茶の眼は不意の晴天に見開かれ、その色に釘付けになる。
どこか諦めたような、しかしそれでいて全てを納得したかのような柔和な色。皮肉に口元が歪む様子も微塵も無い。
喉まででかかった言葉なんて出なかった。
この男はもう決別してしまったのだ。過去の惨劇と。


おそらく、きっと。
・・・多分―――。


浮竹は何も言えない。
引き止めなければいけないとも確信したはずなのに、このまぶしさに明るい未来を確信してしまう自分もいて。
正直、どうしていいかわからなかった。
このまぶしさの原因が、そのよりどころが一体どこなのか。焦燥は湧き上がるのに、心のどこかが警鐘をかき鳴らしているのに、
それなのにあの光によってまた、核心を聞き出すことをためらわせる。




相馬八峰を疑え。
彼は憎しみに囚われて、この護廷十三隊に潜入したんだぞ。

いいや、相馬八峰を信じろ。
そんなに心が弱い人物か。




どちらもわからなさ過ぎて、いつものようにただただそこに固まるしかなかった。



「はは、やめてください。 俺のなかでは風化したっていうのに・・・どうして―――・・・・・・」




八峰を見上げた浮竹の頬に、番傘の端からぽたりと滴が伝った。




「どうして、そんなに隊長が辛そうな顔してるんですか」



悲しく苦笑する八峰、眉間に皺を寄せたまま、静に焦る浮竹。
両者視線を交えたまま、雨の降らない無音の心中で、浮竹だけ声にならない声で大声を張り上げる。





お前は、何故今日ここにきた?本当に風化したというならば、理由を偽ってまで、まるで忍ぶようにして墓参りになんて
いかないはずだろう。
それでもお前が理由を偽ったのは、俺に監視されていて、そのことを知っているが故に敏感になりすぎて墓参りに行き
たがっていることを必要以上に隠したがった結果ではないのか。
万が一そうでなくて、本当に隊に迷惑をかけたくなくて嘘を吐いたのであれば・・・正直に理由を話してくれればいいのに。
そうしたら休暇の日数だって調整してやるのに・・・。
そんなに、頼りない隊長か。そんなに、お前に心配をかけさせてしまう隊長か。


相馬―――どちらにせよ・・・お前のなかにまだ『許せない心』が存在することだけは確かなんだな。


だからこそ、お前は嘘を多用するようになった。
多くの暖かい仲間を持ったからこそ、大切なものが増えたからこそ、それらを護るために嘘を身に着けたんだな。







「隊長にそんな顔してもらえるなんて、俺は幸せ者だな」







―――だがな、相馬。






「おっ、雨、止みましたよ! なんだ、通り雨だったんですねぇ」




その過剰な嘘は、お前の心さえ欺くことになりそうで、俺は・・・。




「帰りましょう。 ・・・浮竹隊長!」





――――――怖いんだ。











逆光に照らされた彼の微笑は相変わらず太陽のようだった。その焼き付けるような光は、自分の心さえも照らし尽くして
しまうかのような危うさを孕んでいる。
だが確信もなく、確固たる証拠もなく、何をすることもできない。
今すぐ引き止めなければ、彼は自分自身に焦がされてしまうなんてこと、わかりきっていたはずなのに。その類の危うさなど、
今迄の経験で痛いほど知っている。
それなのに、どうして。手は動かず、ただ彼の言葉に情けなく頷いて、墓を後にすることしかできなかった。











その屈託の無い笑顔こそが、彼の最後の助けを求める声だったのにもかかわらず。













***




翌日は晴天だった。昨日の帰り道で真っ赤な夕焼けが燦々としていたから大体は予想がついていたが、それでもとても
すがすがしい気分だ。鬱々とした湿気は仕方が無いけれども、それはそれでこの世界の夏独特の風物詩なので、嫌な顔を
しながらも皆、なにやら満足そうに笑って。
今日も始業時刻より少し早く、十三番隊は仕事を始める。


「はァッ!」

―――ガコンッ!

「まだまだ諸手が甘いぞ、志波!」


席官の志波海燕に肩慣らしに付き合って下さいといわれたのはつい先刻のこと。八峰には病のために休養していた浮竹の
溜まった書類整理の仕事が残っていたが、それもあとほんの少しだったので付き合ってやることにした。それに、庶務
といった事務作業よりかはこうして身体を動かしたほうが自分の性に合っているし、何よりも彼と剣を交えることが出来る
ことが嬉しかった。


「・・・っふ!」


開けたばかりの閑散としている朝の道場に、一際大きな音が響く。重い打撃を打ち込んだ海燕と、八峰の鍔迫り合いだ。
彼らだけの練習の際、浮竹には内緒で竹刀の代わりに木刀を用いていた。竹刀とは違い、重さも相手に与える衝撃も格段に
違う木刀は打ち合いには用いない。しかしそれではいかんせん実践の時に役立たないだろうという思惑と、そしてほんの
悪戯心で二人はこうして木刀同士で毎回稽古をしているのだ。
長年使ってきたその刀は、とうに表の加工が剥げてしまっていて木と木が良く噛み合う。窪んだ箇所に互いの木刀が噛み合い、
そのままぎりぎりと押し問答を繰り返す。視線は絶対に相手の視線を外すことなく、互いに射殺すかのようににらみ合う。
毎回、海燕にとってこの瞬間が少し苦手だった。そうして刀越しに見る八峰の瞳は相手が自分であるというのにも関わらず、
まるで凍ったかのように冷たい。しかしそれでもって、その奥には紅蓮の炎が渦巻いているかのような色を放っているのだ。
いつしか浮竹は自分に相談を持ちかけたことがある―――海燕の脳裏に、そのときの言葉が一瞬、よぎる。


『相馬八峰の――――――復讐の意思は未だに固いと思うか?』


隊長が心配するのも無理はない。自分だって、その影がまだ彼を覆っているような気がしてならないのだから。
茶の瞳の表面は確かに、優しい彼そのままの光が宿っているかのように思われる。だがしかし、その奥にはやはり冷たい炎が
今でもめらめらと燃え盛っているかのように思えてならないのだ。
そのあやふやな“危険性”を、日常生活に隠れていつもは見えないその色を、こうもまざまざと見てしまうことが、苦手なのだ。




―――この男は優しさの影で、憎しみをなお一層巧妙に、かつ莫大に日々増幅させているのではないか。
―――『空纏』の相馬八峰は、入隊したてのときよりも悪い状況に知らず知らずに踏み入っているのではないだろうか。
―――隊長の懸念は、真実ではないのだろうか。




「っあ、・・・!」


海燕の一瞬の隙をついて先に動き出したのは八峰だ。すばやくすり足で駆け出し、刃を交えたままで思考を一旦中止した海燕も
遅れまいと走り出す。だがそれこそが彼の目的で、一歩遅れた同調など簡単に崩しに掛かる。ようやく海燕が流れに追いついた
ところで、八峰は急に半歩退き、反動で体勢の維持を保てなくなった海燕の足を払う。そこに反射的に海燕は刀を振りかざすも
もう遅い。そちらは偽動で、足への防御しか念頭になかった海燕がしまったと思ったときには、最早刀の切っ先は喉元にあった。


「一本!」
「・・・・・・っ!」


思わず切っ先に目線が集中する。そしてハッとして、もう一度八峰の表情を目に映した時、もう既に彼の瞳の奥にあの炎は
灯っていなかった。むしろいつもと同じ、やや垂れ下がった目に柔和な色を滲ませて次に、にっかりと笑う。よく人徳は
瞳に現れるというが本当にその通りだと思うくらいに、そう錯覚してしまうほどに、今の彼ほどその言葉が似合う男は
居なかった。
その色を見てしまえばやはりあの懸念などどこかに吹き飛んでしまうのだ―――長い間彼に詰め寄ることの出来なかった
浮竹の理由も、恐らく同じものなのだろう。
とりあえず、そんな優しそうな顔をする者に過去の因縁を持ち出すのも無粋な気がして、海燕は戦闘態勢を解除して
ふ、と笑う。


「いやぁ〜、やっぱり・・・副隊長は副隊長だけあって強いですね」
「ははは・・・」


そんなに俺のことをほめてくれるのはお前だけだよ、と汗を死覇装の裾で拭いながら八峰は笑った。
ああ―――そうだ。


「まったく奴ら、もう相馬副隊長が現職に着任してから何年も経つっていうのにな」
「まあ、どこの馬の骨とも知れない輩が上に伸し上がってるのは、誰しも気分が良いもんじゃないんじゃないか?」
「それは・・・。 でも、正式な手続きを踏んで相馬副隊長は、副隊長になったんでしょう? 実力がないことを棚に上げて
 副隊長を罵倒することは・・・俺には理解できません」
「ははは・・・ありがとう」


この話題になるといつも海燕は口をへの字に曲げてしまう。そう、ここには短期間で一気に副隊長まで上り詰めた八峰を
快く思っていない連中も沢山いるのだ。特に八峰は統学院出身者ではない。特別に入隊を許可された者だ。何年間も英才
教育を受けてきてやっとのことでこの隊に入隊したものにしてみれば、やはり素直に受け入れることは出来ない。
八峰も彼らの気持ちがわからないわけではない。むしろ最初のころは彼らに申し訳なくて、何もいえなかったほど
である。しかし、そんな彼を救ってくれたのが隊長である浮竹であったり、そして―――新たに入隊してきた海燕で
あったりしたのだ。
海燕は今まで彼が統学院で学んできたことを全て独学で吸収し、暴走するまでの濃い霊圧を自在に操ろうと汗水を垂らす
八峰の姿を知っている。確かに異端ではあったが、そのぶんまぶしく映った。太陽のように、己の存在があまりにも小さ
すぎてちっぽけに思えるくらいに。強烈に、憧れた。
故にこんな状況になったとしても、海燕は何の嫉妬もなくただただ憧れの存在として、そしてなによりも八峰の友人
として―――といっても年齢はかけ離れてはいるが―――八峰に接してきてくれるのだ。


「そういえば志波、聞いたぞ」
「はい?」
「お前今度昇格するらしいじゃないか。 確か、第四席に」
「は・・・はい! よくご存知で・・・」
「おいおい、そんな口調止めてくれって。 まあ・・・とにかく、今度祝いに飲みにでも行くか!」
「あっ、ありがとうございます!」


全く、そんな恭しい態度をしてくれなくてもいいのに。根っからの海燕の生真面目さに破顔しながら、八峰は手にして
いた木刀を、元々置いてあった置き場に戻す。


「いやいや優秀で嬉しいよ。 ・・・・・・俺の―――・・・」


その様子を見ていた海燕も、他の人の迷惑にならぬよう、彼にならって置き場に自分の刀を戻そうと歩み寄る。


「俺の後任は志波で決まりだなぁ」


そんな八峰のいつもの『空纏』に、また思っても無いくせに、と笑って返そうとして、ふと海燕は彼の横顔を見やった。


「―――――――――」


―――不意に見た八峰の顔は何よりも満足げに微笑んでいて、やけに透明で。
暗い、自虐的な微笑を見せているなら浮竹の言っていた「復讐」への意思として判断でき、注視するに値するのだが、その
表情はどうもそうは思えなくて。しかし心のなかで危ういとどこかで警鐘が鳴り渡っていて。遅れて噴出す焦燥感に全身を
支配されそうになるが、だがだからといって何も出来なかった。危険だとはわかっていても、そうだとしても、一体何が
危険なのかがわからない。わけもわからない感情に対して、理解も出来ていない自分が八峰に何かを警告することなど
出来るはずがなかった。
そうしてそのまま動けずにいれば庶務を後回しにした隊士たちがぞろぞろと道場に入ってきて、瞬く間に八峰の姿を隠して
しまう。その中には自隊の隊長である浮竹の姿もあって、なおのこと深い思慮は等閑になってしまった。




「さぁ、稽古をはじめるぞー」




―――嫌な、予感がする。


間延びした浮竹の掛け声を耳にしながら、最早第六感的に海燕はそう感じていた。
しかしやはりその理由などわからなくて、もやもやとした感情を持て余したまま、それならばそれを振り払ってしまおうと
部下との稽古に打ち込むことにした。






そして―――時は、やってくる。





隊長じきじきの稽古が始まってから、一刻も経つか経たないかといった時―――あわただしい足音が道場めがけて飛んできた。
道場では現在、全体練習を一時中断して手本を披露していた最中だった。浮竹が真ん中に立ち、その周りを一般隊士が囲み、
そしてまた、一般の隊士を演習相手として斬術の指導を実施していた。


「この技は鬼道とは違って勝手がきかないから難しいところだが、このように壱の体勢から一気に右脚で踏み込み―――」

「うっ、浮竹隊長はいらっしゃいますか!?」


しいんと静まり返っている道場故に、その声が何回も響き渡った。一体何事かと思って、浮竹は走りこんできた者の表情を
見る。顔面は蒼白としており、強張っている。これは何か大きな事件が起きたに違いない。


「報告を」

「は、はっ! 今しがた、十三番隊管轄下の瀞霊廷内に於いて、大虚の大群が突如発生―――」


一般隊士と同様にして座っていた八峰と海燕。海燕ははっとして八峰の表情を伺うが、意に反して彼は顔を厳しくしている
だけで、心配していた事柄は表には出ていないようだ。
しかし。



「場所は集合居住区、長屋拾ノ仇近辺―――軍勢を率いているのは、十字傷を負ったヴァストローデ級で、他にも
 アジューカス級が何体もいます。 この軍勢は、もしかすると―――」

「っ!」



浮竹の表情が一気に硬くなる。
それはこれから相手取る敵の強さに対しても勿論であったが、加えて―――確かその地区は―――。
そして、その虚は聞いたことがある―――。
咄嗟に浮竹は報告にきた隊士に手を伸ばして制止に掛かるが、









「五番隊が数年前に捕り逃がした、東の辺境村を滅ぼした軍勢かもしれないとの報告です――――――」













遅かった――――――。













浮竹の背後で、何者かがすっと立った音がした。






「浮竹隊長。 ――――――俺に―――――― 俺に、行かせてください」








十三番隊副隊長、相馬八峰の瞳は澄みきって、一人焦る浮竹を射貫いていた。













************


*はい、50話でした。もう何気なく100話の半分にいっちゃいました。結構長いなぁこの連載!
*ちょっと夢主さんの存在が薄くなっていますが、もうちょっとで出てくるのでしばしご辛抱下さい。笑
 いやぁ、海燕がどうして副隊長になかなかならなかったのかとか、恐らく原作で伏線があるとは思うの
 ですが、一応それに一枚かませる感じで今回の話を書いておきました。
 海燕と八峰の友情というか、共感というか。それを都さん(原作)への伏線としても残しておきたかったし、
 上記の理由になるように、描いておきたかったことなんですね。プロットの段階では海燕さんは全く
 出てきていなかったので上手く挿入していけるか不安でしたが、やはり難しい。結局浮竹隊長の二番煎じ
 みたいになってしまいました。ただ、そうしたのにも無論理由はあって―――それが都さんへのフラグなんですね。
 まあ、でもそれを表現しきれないのはただ単に力不足です。笑

*相馬八峰の復讐の影を畏れる浮竹と、同じく腹心の海燕さん。
 ちょっと振り返ると、八峰は村一つを犠牲にしてまでも生き延びた貴重な魂なので、やはり娘さんもいる
 ということで死なせるなんてさせたくない!というのが浮竹隊長の思惑ですね。
 復讐の影なんてどこかに消え去っているかのような八峰の態度に、二人とも今まで何も言えずにここまで
 きてしまいました。
 
*さて、次回は一体どうなるのでしょうか。浮竹は八峰の申し出を拒否するのか、それとも受諾するのか。
 そして海燕は、八峰の娘、千沙は。
 次回、急展開になりそうな予感。


*ではでは!





20:10 2010/09/15 日春琴