第五十八話「解ける、狂う、廻りだす」



、改めて確認しておくが、絶対に他人に姿を見られてはいけないよ――――――。
 何故なら『目立つ』君の存在は直接、私に繋がるからだ。 流魂街だからといって私のことを知らない者がいないとは限らない。
 だからこそ、君は絶対に他人に姿を見られてはいけない。
 まあ、ここは完全催眠を全域にかけてある区域だから、一般魂魄が入ってこれることなど皆無なのだがね―――」


そんなこと、ここの研究棟に拾われたときから百も承知しているというのに、何故かここにきて惣右介は私にそう確認してきた。
まるで念を押すかのような神妙な面持ちで。まあ、確かに最近満破面の創成や実験などで外に出る機会と時間が増えてきたことに
起因するのかもしれない。だがそうはいっても、外といっても庭先程度だ。庭はかなり広く、しかも切り立った崖になっているうえ
にその下も無法地帯故に自由気ままに伸びきった草がまるで海のように広がっていて万が一人が入ってきたとしてもその身の丈より
高い海に飲まれるばかりで、こんな崖の上など見張らせるわけも無い。研究棟の正面には唯一地上へと降りることの出来る坂道が
あるが、そちら側にある扉は厳重に惣右介が管理している。恐らく脱走を恐れているものばかりと思っていたが、そんな気は微塵も
起こらなかったし、姿を見られたらいけないということも随分前から聞いていたことなので近づくことすらしなかったが。

それに・・・惣右介は前にも言っていたじゃあないか。ここの区域一帯には完全催眠をかけてあるが故に、周囲一切住民に研究棟が
認知される可能性など零であると。あの時の余裕は何処に行ったというのだ。

それとも―――・・・まさか。

「・・・・・・何か、あったのか?」

嫌な予感が脳裏を掠めてそう尋ねるが、惣右介は、

「其れを訊きたいのは、全く私のほうだが」

そう私を恨めしいかのように冷たく一瞥して、再び研究へと戻ってしまった。

間違いない。
あの様子から判断するに状況が変わったと考えるのが一番自然だ。しかし具体的なことがはっきりと判明するまで惣右介はそれを話そうとは
しないだろう。そういう慎重狡猾な男だ。
『訊きたいのは、全く私のほうだが―――』先刻の言葉が嫌に引っかかる。だがしかし、そうは言われても何を聞きたいのか分からなくては何も
出来ない。

私は思考を遮断し一つため息を付いて、午後の水遣りに行く準備をし始めた。





【流星之軌跡:第五十八話「解ける、狂う、廻りだす」】



荒廃の限りを尽くし土壌汚染も急速に増した、現在では厳重警戒区域になっている土地―――かつては日酉村という名をもった
その土地の、数ある周辺の村―――。今では日酉戦争と呼ばれている大規模戦闘が発生した際、何百人と出た戦争難民を受け
入れずに無視を決め込んだ村々が今でも存在して、そして存続している。

だが、言い方は悪いがそうはいっても、仕方がなかったのである。当時も今もそこまで変わらないが、東の辺境といっても北に
近いその一帯の土地は決して肥沃なほうではない。特に水などは確保するのが大変で何個もの集落や村が密集しているわりには
大きな河が一本しかない。その河を巡って毎年のように村同士での激しい争奪戦があったことなどざらなのだ。

故に日酉戦争が勃発した際―――どの周辺住民も、こう思った。


『ああ、邪魔者が減ってくれて、よかった。』


普段からいがみ合いをしている彼らが手を組むことなどない。むしろ食い扶持が減ってくれてよかったと、間引きの子を永遠に
帰ることのない丁稚奉公に送り出すかのような軽々しさで、助けを求める日酉村の者達の手を振り払った。
その結果、確かに息をしてる者達が息絶えてゆくことなどいとも簡単に想像出来たであろうに。いやむしろ想像出来たがゆえの
行動なのかもしれない。


そんな冷酷な対応をした彼らの村では、今――――――ある怪談話が流行っていた。












いやぁ、俺も信じてなかったんだがよ、実際この両目で見ちまったもんはしょうがねぇ。
・・・でけぇ戦争が隣村の・・・ええと、なんつったっけな。物忘れが最近酷くなってしょうがねぇなぁ。
んー、で、・・・あ、ああ、そうだ、日酉村!―――・・・・・・で、今は廃墟になっちまって立ち入り禁止になってるその日酉村からよ、
人が歩いてくるのを見ちまったんだ。

そうそう!まずあっちの方面から来る奴なんて早々いねぇだろ?臭いものには蓋を・・・ってやつだしさ。だから俺も変だなぁと思って
こっそり後つけてったんだよ。
したらよぉ、顔見た瞬間驚いて腰抜かしちまった。
俺の昔のダチが日酉村に住んでたんだがよ、あの戦争で虚に食われてとっくに死んじまったって聞いてたんだが・・・そいつと
瓜二つの顔してたんだよ!

―――見間違えかも知れないって?いやいや、最初俺もそう思ってたんだがよ、よくよくそいつの身体見てると、生まれた時にできたって
言ってた大きな傷が間違うことなく背中に入ってたんだよ!それで確信して、俺は嬉しくて話しかけようとしたんだ。
だがよ、その時、俺・・・おかしなところに気がついちまったんだ。

奴は確かに奴だったんだが・・・頭には大きな角を生やして、足はまるで獣のように毛深くて、四本足だったんだ。
まったくそれだけじゃああの忌々しいアレと瓜二つなんだがよ、だけど不可解なのは・・・そいつは孔の塞がった身体をしていたんだ。
確かに孔の痕はあるんだが、肉でぎっちり埋められてやがった。



―――そう!最近よく目撃される『死んだ奴が虚のような風貌で黄泉還ってる』ってやつだよ!



驚いて、怖くなっちまって、そのまま固まってたら同じような風体した奴らが何匹もいんだよ。そいつらは皆あの戦場跡から出て行ったり、
ダチみたいにどこかへ行こうとしてやがる。もう何も考えられなくなっちまって、こうして逃げ帰ったってわけよ。・・・なんとも情けねぇ
がな。
だが、今ゆっくりと考えて、思ったんだ。・・・きっと、・・・いや絶対あいつらはまだまだ恨んでるんだよ。俺達が日酉村を受け入れずに
見捨てたことを・・・!!恨んで、憎くて、血反吐出るくらいに恨めしくて、俺達に復讐しようとして、虚を内から喰らいつくして・・・
・・・ついには俺達を食い殺し尽くそうと徒党を組んで――――――










「くぅおおおおおらぁああ!!!」


「「「ギャーーーッ出タァァァアアーーーーーーーーッッ!!!」」」


「『出たー!』じゃねぇ!! 良く見ろ!!」


「はっ・・・! てっ、テメーは・・・!」


一堂に会していた村人は涙と冷や汗をうっすらと浮かべた目で、しっかりと入り口のほうを見た。雰囲気が出るようにと薄暗くしていた屋内に
逆光がまぶしくて、なかなか其の者の姿を確認することが出来ない。だが、ようやく目が慣れてきた者から其の者が何者かであるかを見て、
そして安堵する。しかしその一息も一瞬で、すぐさま皆一様になにやらぎっくりとして息を詰まらせ、ちっと舌打ちをした。


「へーへー、超朝っぱらからお勤めゴクローサマです、自治警邏隊隊員 右松 五郎左衛門(みぎまつ ごろうざえもん)サマ。
 今日も相変わらず右か左かはっきりしない曖昧で素敵なお名前なことで」

入り口に立っていた、右松五郎左衛門の厳つい、岩のような顔面が怒りに尚のこと歪んだ。

「なんだそのやる気の無い挨拶は! それに、しっ、失礼だぞ貴様!」

だがしかし憎らしい挨拶をしながらも、その集会場に集まっていた者達は一向に片付けをして解散する様子を見せない。その様子に苛立った
警邏隊の五郎左衛門はずかずかと中に入っていって、中心に置かれていたいかにも意味ありげな蝋燭を勢い良く吹き消した。


「あーっ! 折角の俺の怪談話が丁度盛り上がるところだったのに!」

「うるせぇ! 下らねぇことに時間使ってねぇでちっとは畑の世話したらどうだ!? 朝飯、食いっぱぐれるぞ!?」

「でもよぉ、五郎左衛門だって本当は気になってんだろ!?」

「・・・っ」

「なぁ、奴ら本当に俺らを狙ってるんだって! 今のうちに対策練っておかねぇといつこの村も滅ぼされるかわかんねぇんだって!」


そう言って泣きつくように足に縋り付いてくる村人を無視し、そのままぴったりと締め切っていた襖や雨戸を開け放つと、ようやく集会場には
まぶしい陽光が入り込んできた。埃臭かったのも一気に爽やかな空気に換気されてゆく。

「なぁ、無視すんなって! これは一大事になるんだって、絶対!」

ぐいっ、と渾身の力でもって足を引かれて、一瞬五郎左衛門は体勢を崩し、罵倒の言葉を飲み込む。それを好機とみたのか、しばらく静観して
いた皆が一斉に彼を非難しはじめる。

「そうだよ、自治体っていうなら私達の言葉に耳を傾けなよ!」

「そうだそうだ! 何かが起こってからじゃあ遅いんだ! それとも手前ェは責任取れるとでも言うのかよ!?」

「私達はあの立ち入り禁止区域に一番近い場所に家があるんだ。 怖くて怖くて夜も眠れやしないよ!」

「なぁどうにかしてくれよ、五郎左衛門!」

引く手数多、とはまさにこの状況のことか。どうせそのような状況になるのだったら、もっとましな案件がよかった。そう心の中で叫びながら
すっかり頭に血の上りきった五郎左衛門は、その巨躯を左右に振って押さえ込もうとしてくる村人達を振り払いながら、大声で言い放った。


「わっ、・・わかった、わかった。 わーーーった! わーーーったから!!」



「 「 「 えっ? 」 」 」



「へっ?」


好奇の目でじっと見つめられて、一瞬、たじろぐ。だがそれも刹那の出来事で、ごほんと咳をしてから彼は再び大声で宣言する。


「けっ、警邏隊の誇りにかけて、すぐにでもその『死人もどき』の正体を解明してきてやろう! と、・・・・・・言っておるのだ」


おおおーっ!っと周囲からは賞賛の声が上がる。


「怪しい場所は日酉村方面だろう? そっ、そんなもん、俺様にかかればものの一日よ!」

「さっ・・すが! 流石、警邏隊きっての英雄、右松五郎左衛門様だ! 英雄殿は右も左も関係無く突き進んで、民を導く才能が御在りだ!」

「おう! 任せとけい!」

・・・最後の一言はなにやらひっかがるところがあるが、気分がいいのでとにかく今は言及しないでおこう。

「さあ、この右松五郎左衛門様々がさっさと華麗にすばっとまるっと解決してやっから、お前達はさっさと村へ戻って普通に仕事しろ!
 いいな!?」


そう言いながら強制的に村人の背を押し、村へと通じる階段へと押しやってゆく。先程の五郎左衛門の言葉に満足したのであろう。
いよいよ、そろそろと皆村の中へと戻って行った。


静かになった集会場を一人見渡し、そして入り口の戸にしっかりと施錠して、ほっと一息つく。


「―――――――――・・・」


だがしかし、住民が噂したくなる気持ちもわかる――――――。五郎左衛門は、村人が帰っていった方向を思惑ありげに見、顔を顰めた。
とにかく彼らを解散させたが、彼らが目撃した『死んだ者が虚のような風貌で黄泉還っている』という現象は最近頻繁に耳に入ってくるのだ。
最近まではなかった現象が急速に起こっていることに警邏隊本部でも様々な憶測が飛び交っている。その現象の理由のなかでも、専ら信憑性が
高いものとして言われているのが、虚に食われた日酉村の亡者が戦争難民を受け入れなかったこの村に復讐を企てているということ。
―――仕方なかったのだ、こちらの村が生きてゆくには。犠牲が必要だったのだ。少しでも安定した暮らしを送る為には。
だがそうは思っていてもそれはこちら側の理由であって、見捨てられた者にとっては何の理由にもならない。そんな単純なこと、分りきっている。
分かってはいるが、きっとまだ皆は村人は、解ってはいないのだ。だからこそ態度がぶれる。

「・・・・・・・・・」

大見得を切ってしまったことだし、もう後には引けない。それに、そうやって納得してきた自分は正しい筈だ。そうだから、日酉の者達に対して
何の贖罪の念もないし、何の後ろめたい気持ちもない。それをしっかりと村人達に見せ付けてやろう。そして村の皆にも胸を張れ、堂々と。そう
身をもって諭してやろう。
ふん、と鼻から大きな息を吐き出して、五郎左衛門は今は封鎖されている日酉村へと続く道へと向き直った。


木と木にしっかりと結びつけた、何重にも巻かれた太い紐。大注連縄位に太いそれからは怨霊を封印する札が何枚もぶら下がっていて、それを睨む。
するとそこからは応えるように生暖かくも、また底冷えするような冷たさをもった風が吹付けてきて、ねっとりと四肢を包んだ。
ひゅううと耳元でする風の音は、まるで五郎左衛門を「おいで、おいで」と妖しく手招いているようだった。



「はっ、はは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ま、まさか・・・本当にそんなワケ・・・ないよ、な・・・・・・??」



途端、漆黒の鴉がまるで『何か』を威嚇するかのように叫び立ててギャアギャアと鳴く。一瞬怯むようにして足は竦むが、先程の大見得
切った光景を思い出して、頭(かぶり)を振った彼は、再度足を踏み出すのだった。






***




太陽がすっかり天頂を回りきった頃、藍染の研究棟二階。実験室も兼ねて改装し設えた寝室に、明暗比をはっきりとさせた葉陰が
瞼に揺れて、はようやく目を覚ました。


「う、んー・・・・・・ん、」


うっすらと目を明けても目の前にある寝台に藍染の姿はない。よしこれは好機だと思ってそそくさと二度寝を決め込もうともう一度
瞼を閉じるが、しかししばらくじっとしていても眠気はやってこなかった。案外良く寝ていたということだろうか。確かに、と
は思い起こしてみる―――確かに、満破面を創成し始めた直後は度重なる熱心な研究及び実験によって体は満身創痍とも呼べる状況
まで疲弊しきっていた。故に夜などは猛烈な睡魔に襲われて仕方なかった。なんとも行儀悪いことであるが、食事中に何度か意識を
失いかけたことさえあったほどだ。
一旦寝台にもぐりこめばたちまち意識は現実から飛び立ち再び、夢で力を分与した虚たちの心に何度か重なる。満破面に嬉しいこと
があった時は我が事のように喜びが身体を満たし、悲しいことがあった時もたまに重なって、その辛苦に心を引き裂かれるような
痛みを共有した。その度に敏感すぎる感度を持つ自身の心は万葉に染められてゆき、感情の荒波は新たな表情を生み出させた。

この現象はなかなかに疲れることらしくて、日に日に体力は無くなっていった。大体もともと、生まれた時から既に塔に幽閉されて
いたのだ。過酷な藍染の実験についてゆけるほどの体力というものが存在しているほうがおかしかった。
だがそれでももっているのは間違いなく、虚を救いたいという一心による。虚の心に重なることが出来るには分かる。彼らが
どれだけの心の渇望に苦しんで血涙を流しているのかということが。故に、少しくらい疲れたといってなんだというのだという念
が伸びようとする身体を叩き起こす。

だがここにきてそうやってこつこつと実らせてきたことが実を結び始めたということだろうか。最近はその心へ重なることが少し
ではあるが操作可能になってきたのだ。さして強くない思念であれば、満破面の心と重なることを避けることが出来るようになった。
―――しかし裏を返せば相変わらず強い思念とは無意識に重なるために、満破面が心のありかに回り逢った時などは強制的に重なる
のだが。まあ、これはにとっては操作可能であったとしても不可能であったとしても知りたいところではあるので格段困っては
いない。

いわば今まではの心は他人の心で強烈に支配されていたということだ。だがほんの少しだけ能力を操作可能になったために
自分自身の心が静寂を取り戻す時間を取り戻しつつあった。故に、夢で毎日のようにうなされたりすることは少なくなっていった。
今日もぐっすりと眠れたのはそれが故だと、改めては確信した。


「む、・・・・・・目が覚めてしまったな」


今迄のことを復習していたら脳は眠りに誘われるどころかむしろ段々と覚醒してきてしまった。身体を少し起こして藍染の簡易机―――
ちなみに主に研究用に用いるのは階下にある大きな机である―――の上に置かれているからくり時計を見ればもう昼も過ぎていて、
いよいよ観念してのろのろと寝台から抜け出た。

夏の昼は暑くてかなわない。唯一ひんやりとしているのは石で加工されている床周辺だが、それもが歩くことによってすぐに
上に乗っている暖気と混ざってしまう。窓の外では遠くでミンミンと蝉がけたたましく鳴いていてより一層暑さを掻き立てているように
すら聞こえてくる。掌をぱたぱたと振って扇いでみるが焼け石に水で、いつの間にかかいていた寝汗を嫌に意識してしまう。
それがべっとりと髪に貼りついていてなんとも気持ち悪い。こんな時に自分の豊かな長髪を一気に刈ってしまいたい衝動に駆られ
るが、もしそれを実行してしまったらおそらく両親は悲しむだろう。―――顔も見たことの無い結婚相手は、大層美しく長い黒髪を
好んでいるそうだから。


「・・・紐、紐――――――」


首筋と胸元に浮いた汗を近くにあった懐紙でふき取りながらは鏡の前に立つ。最近藍染がぶっきらぼうにも用意してくれた
―――しかしその理由は無論、身奇麗にしていないといざ迎えに来た王族に怪しまれる可能性があるからだという―――鏡台の
上にある草で結った髪紐を探す。
せめてこの髪をまとめて涼しくなりたい。
本当であれば軽く編んで、そこに笄を刺して固定していたのだが、生憎笄は初めて満破面を創成した時にあの虚に飲まれ、砕け
散ってしまったので代用品として庭の草で編んだ紐を使っているのだ。
程なくしてそれは見つかって、端を唇に挟む。耳の辺りに手櫛を梳いて、そして後頭部でまとめ、一回巻いて垂れていた草紐
を周囲に器用に掛けてゆく。そしてぎゅっと、力をこめて左右に引いて結ぶ。

だが―――。


「あっ、」


少し引く力が強かったのだろうか。ぶちんと嫌な音を立てて紐は切れてしまった。
残った部分でなんとか結べないだろうかと見てみるが、丁度半分くらいのところで切断されており、一本でとめるにはかなり頼り
なかった。

仕方ない、また庭に作りにでも行こうか。

そう思って庭へ出ようとゆるゆると階下へ足を伸ばした時、なにやら下がざわついていることに気がついた。そのまま少し耳を
澄ましていれば藍染の声が途切れ途切れに聞こえてくる・・・。

だがこの時、は気付きはしたけれども未だ眠かったことも相俟って―――特に何の問題も感じずに一度止めた足をまた進めて
しまった。
というのも無理は無い。
も―――そしてあの藍染ですらも―――全く予想していなかったことが現在、階下では起こっていたのだから―――・・・。



足袋も履かずの素足のまま。寝巻き用にと着ていた着流しは藍染の貸した彼自身のものであり、無論華奢なに大きさが合う筈も無い。
当然大きく胸辺りは開いたまま。布があまって邪魔だと片手で捲くった下半身を覆っている薄い合わせ目からは歩く度に透き通るような
白い足がむき出しに曝される。髪は中途半端に梳いた所為で乱れてたまま。その情景はなんとも倦怠感を漂わせた蠱惑的な有様であった。


「惣右介、真昼間から一体何をそんなに騒ぎ立てているのだ。 それより・・・なあ、笄の代わりにしていた草が切れてしまって―――」

「そう、すけ・・・? そう、す・・・。 ・・惣右介・・・?」

残った方の掌で口元を隠しながら欠伸をして閉じていたの目が、聴いたことの無い者の声で一気に見開かれた。
そして同時に、凍ったかのように固まる。


「ああ、その顔!! 間違ェ無ぇ! あんた、藍染惣右介だ! 日酉戦争を収めてくれた護廷十三隊の五番隊の席官さん!」


入り口には見慣れた藍染の後姿と、見慣れない岩のようないでたちの男。


『絶対に他人に姿を見られてはいけない――――――』


以前何回か藍染と約束した言葉が反芻してきて、反射的には大きな柱に隠れた。


「・・・して、その別嬪な女の人はどなたで? それに何故隠れているのです?」


『何故なら『目立つ』君の存在は直接、私に繋がるからだ。 流魂街だからといって私のことを知らない者がいないとは限らない。
 だからこそ、君は絶対に他人に姿を見られてはいけない―――』


一瞬、驚いたかのように振り返った藍染の表情には、明らかに激昂の色が浮かんでいた。


『まあ、ここは完全催眠を全域にかけてある区域だから、一般魂魄が入ってこれることなど皆無なのだがね―――』


どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう――――――。


この時、一人疑問符を馬鹿にように浮かべる岩男をだけを残して、二人の思考は急速に加速していた。

























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*第五十八話でした。いかがでしたでしょうか。

*ッピーーーーンチ!な感じですね。は身なりからもう高貴オーラというかそういう雰囲気が出てしまっている。というか、
 何故か「常人を」惹きつける力を持っているんですが(これはしっかりと後に回収する伏線です、実は。笑)それが出ちゃってるために
 『目立つ』んですね。だから彼女の存在が露呈すれば、勿論いつも一緒にいる藍染にも興味が及ぶわけです。それに、の存在だけが
 ばれてしまい、藍染の存在がばれなかったとしても、周辺の研究施設の説明は一体どうやってつければいいというのか。
 が藍染並みに上手い嘘を言えれば話はまた別ですが、そんな嘘つけるスキルはまだ持っていない。
 ということで絶対に他人に見つかるなという指令を受けてたんですね、は。(この約束を描写しなかったのは、実は最初にしている
 からなんですね。*cf*37話)

 ですが見つかってしまい、しかも、その一般魂魄(右松五郎左衛門)はすぐに藍染の正体を見破ってしまいます。流魂街で彼の顔を
 知っていてなおかつどんな人物か知っている人は写真技術など発展していないこの時代(かつ、この貧相な村)では本当に天文学的確率
 でしかありえないのですが―――見つかっちゃいました。
 それもそうです。五郎左衛門も日酉戦争に巻き込まれた隣村の村民ですからね。大戦を治めた藍染のことはよーく知ってるわけです。

 だけど、最後にもありましたように、ここの区域には完全催眠がかかっていて、廃墟にしか見えていないはずなんです。
 それなのにすんなり入ってきてしまった五郎左衛門。さて、いかに。

*右松五郎左衛門・・・なんともモブ臭漂う名前ですね。笑
 オリキャラはオリキャラなのですが、八峰みたいに物語にかなり深く関わってくるわけではないのでご安心を。
 イメージは・・・トミー●雅さんの顔に、朝●龍の身体です。←
 でも根はいい人、うん。馬鹿ですから。←

*さて、次回いかに展開してゆくのでしょうか?
 楽しみにしていて下さると嬉しいです。



5:30 2011/01/03 日春琴