第八話「常世華氷」

アナタ ワタシノ 花 潰ス


アナタ ワタシノ 祈り 潰ス


ワタシノ ハートカラ 愛ヲ 取リ除イテ


ダッテ ワカラナイ


ドウシテ コレ以上 愛セル?







ワタシ 殺サナイデ








【流星之軌跡:第八話「常世華氷」】




─────こうして閉じ込められて、一体どれくらい経ったのだろう────。


暗闇のなかでは快感に耐えながらそんなことを思った。


実際はあまり時間は経っていないのだろうが、こうも真暗な場所で単調な作業を
繰り返しているとまるで一分が1時間のような気がした。


そしてその時間感覚がずれてくると同時に、絶望が生まれてくる。
最初の時こそ時間を手首の痛みに変えて数えてはいたが、
この闇ではそれもだんだんとかなわなくなっていた。


そう考えれば、『この振動機のおかげで何も考えられずに済む』と藍染に感謝すらして
しまう自分がいて、まだ僅かの理性が残っているは身を震わす。


「──ア、やぁ……っふぁ…っン…!」


しかし───ドクンと振動機が動く度、藍染の指が、雄が、思い浮かんでくることもまた確かだった。


よく藍染は請う自分を楽しそうに見下しては『淫乱だ』と言ったが、
それもそうだなと自嘲してしまう。


「───あぁ……っ」



だから、達せないもどかしさに耐えて、彼を待ち望んでいる醜い自分がいる限り───彼女は自分自身を消していった。

それは現実逃避とも、浮竹への自責の念もあろう。




とにかく、生きる為には仕方なかった。
生きる為には、何か大きな物を犠牲にするのは世の理にも謳われている。

たとえそれが自分自身だとしても。




仕方なかった。




仕方────なかった、のだ。





「はぁ………はぁ、はぅうっ……」


『私はお前の親なんだよ』


幻覚の指から、熱と共に藍染の言葉が聞こえる気がする。


「やぁ……ッ!」


『嫌がるな、───考えてもみろ』


「…ぁ、アっ!んぅ…っ」


『浮竹はお前を利用目的で洗脳した。……本当のお前を知るのは私だけなのだよ』


「ぁっ、ああぁっ……!」



がくり、と何度目になるかわからない絶頂間際に辿着く。
しかし解放されない熱はそのまま身体全体を駆け巡り、
脳を犯しては彼女をまた一つ殺すのだ。


「……藍…染……」


ひとつ



『本当のお前を知るのは私だけなのだ』


ふたつ


『本当のお前を知るのは私だけなのだ』


みっつ


『本当のお前を知るのは私だけなのだ』


よっつ


『──────────』


いつつ──────





─────────。






ひらりと何処からかやってきた蝶が足下の灯籠に焼かれて、
ジュ…という音と抵抗の羽音を上げた、ついにその時───




───彼女の頭のなかで何かが、音を立てて弾けた。






死ヌノハ 痛イ



死ヌノハ 怖イ



死ダケハ誰ニモ 平等ダカラ



死ヌノハ 嫌ダ



……私 死ニタクナイ



私ヲ 殺サナイデ……



『───生きたいのなら、人を殺さなければならない。
 綺麗事ではない。
 死にたくないのなら、生きる為に人を殺さなければならないのだ──』




の記憶がを殺し、の記憶は自分を殺した。
そうしてその危うい極地に至った彼女は、いつしか藍染を求めるようになってしまう。
───藍染が、に予言した通りに。



理性が彼を愛したわけではない。

ましてや欲したわけでもない。



唯────彼女の本能が、藍染惣右介という男を切願したのだ。



自分を受諾してくれる環境が、暖かいその場所が───昔から孤独と殺戮に
打ちのめされ続けてきたは、何よりも欲しかったのだから───。












───ギィィ……



突然、無限遠の闇の中に扉が開く音が谺した。




「すまないね、予定より長くなった。────おや」



藍染はの瞳を見て──くすり、と笑う。





≪だから言っただろう?人には抗えない物がある、と≫



。……ふふ」
「………」



そのまま藍染は牢に入り、の中の振動機を無造作に引き抜く。
そして、何かを探るかのようにの瞳を覗きこんだ後────がちゃりと手錠を、外した。



「────おいで。今日はちゃんと床で……優しく抱いてあげよう」



そのまま藍染にひしと抱き付くは、まるで淋しさから生まれた恐怖に震える
迷子の幼子が、親を二度と離すまいと抱き付く様子に酷く似ていた。




≪─────墜ちたな≫




胸に彼の唇が触れた時、藍染の笑いが聞こえた気がした。






※※※※※※




諜報というものは、その役割を果たす者が有能な者であればあるほど有意義なものである。
しかし、従来諜報というものは、敵を探るのに時間と労力、
そして何よりも諜報員の死とこちらの内情の露見の危険がつきものだった。


しかし、彼女はその限界を超える存在である。
皮肉にも、敵である者達によって、彼女は彼女の能力を遺憾無く発揮することができるようになったからだ。


「今日から四番隊へ行って、最近の補給間隔を調査してきて欲しい」


そして、今日初めて彼女はその任務を在るべき場所から実行する。




───護廷十三隊という敵地に向けて、藍染惣右介という在るべき場所から。




は以前、四番隊に所属していたこともある上に、あの隊の隊長殿はお優しい。
 ……さぞかし、お前を労るだろうよ。疑うことなんてしないさ」
「…………」
「それと、きちんと私の隊にも戻るように。流石にいつまでも
 『大虚の霊圧にあてられて具合が悪い』という理由だけで、何日も席を開けるのは怪しまれるだろうからな」



有能なお前ならたやすい任務だろう?


そう藍染は付け加えて、自らの前に跪くに告げた。
それを聞くと、は無言のまますくっと立ち、部屋を後にしようと足を踏み出す。
その彼女の後ろ背に、藍染の冷酷な忠告の言葉が投げ付けられた。


「いいかい、───」
「………」
「変な気を起こしてでもみろ?お前の大切な人物から順に消えてゆくと思え」




安楽の地を他人に求めるという行為は存在が存在で有る限り至極自然な行為である。



しかし彼女は特別それが強かった。



安楽の地を知らなかった彼女だったからこそ、
そしてその味を知ってしまった今の彼女だからこそ、湾曲した孤独は浮き彫りになるのだ。



そうして安楽の地にすがりついて生きてきたにとってみれば、藍染が口にした罰は、何よりも残酷な罰だった。
これをされた時には、恐らく彼女は自分で死ぬことすら出来ない、完璧な傀儡(かいらい)となるだろう。



そう、だからこそ藍染は笑い、そして刷り込む。
それはまるで神聖な儀式のように。


必然の運命のように。


「では、隊舎で会おう。───『君』?」
「………」


まだ夜は完全に明けない夜半。


戸を閉めたの顔は、曙の太陽の逆光影が、何よりも深く冷たく、
そして何よりも硬く────彼女の顔を形作っていた。













アナタ ワタシノ 手 叩く


ワタシ アナタノ 脛 舐メル


ワタシノ 頭カラ 血ヲ 抜イテ


ダッテ ワカラナイ


ドウヤッテ コレ以上 愛セル?



ワタシ 殺サナイデ






ワタシ 殺サナイデ


引キ金 引カセナイデ


ナンデ コンナニ好キ?


教エテ


ナンデ コンナニ好キ?








ワタシ 殺サナイデ────














───────
えー、あんまりしたくなかったのですが(笑)
次回以降、オリキャラを一人出します。

本当は原作上の人を出したかったというのが本音ですが、まぁ、あれ、………云々ですからね(笑)←ネタバレ寸前





また、歌詞引用させていただきました。
この曲、狂い加減がまさにちゃんです、大好きです、合います(笑)
歌うのもカウントダウン、Way Out、わがままな手の次くらいにストレス解消になって好きです。



ちなみに題名の説明を。


『常世』→あの世。反対語は浮世。
『華氷』→氷柱に入った花。

まんまですが(笑)現在ののことです。
他候補としては
『黄泉津華氷』(よもつかひょう)とか『比良坂之華氷』(ひらさかのかひょう)とか。
古事記大好きだー!

・・・とにかく次元離れした、冷たい、自分を無くした輝かしい命を表したいと思いました。はい。






歌詞引用:
流星之軌跡八話『常世華氷』 image song


♪Cocco『Why do I love you?』(EnglishVER.)
(アルバム『サングローズ』収録)