第十一話「刹那」
人は言葉を口にする
時には笑顔で
時には怒って
時には泣いて
人は未来を創造する
時には笑って
時には怒って
時には泣いて
だが気付く者は あまりに希少だ
乖離する幻想に憧れて
目先の実物に触れない
存在そのものが 既に
褒むべきものであるというのに
そうして築き上げる未来は
どうなるかを 人は知らない
知ろうともせず 未熟な刃を
価値のない 陽炎に掲げるのだ
嗚呼
全くもって 我々は愚かである
【流星之軌跡:第十一話「刹那」】
四番隊速水雄矢、意識不明の重体────
その知らせを聞いて、は急いで四番隊隊舎にかけつけた。
すると、思った通り、ばたばたと隊員が右往左往していた。
恐らく急患が絶えないのだろう。
「治療薬が足りない!仕方ないから油で傷口を塞いでおけ!」
「応援はまだなのか!?治癒部隊は一体なにをしているんだ!!」
「駄目だ、諦めるな!気を強く持て、今必ず応援が───…」
四番隊はまるで、阿鼻叫喚の地獄絵図のようだった。
そこら中から薬品を求める声や、罵声、そして痛みに叫ぶ呻き声が上がり、辺りには血特有の鼻を突く匂いが漂っていた。
しかし大半は治療が間に合わなかったのだろう、痛みにうわ言を呟きながら事切れてしまっていた。
それよりましな者もいたが、それも酷い有様だ。
唇から泡を吹いて、苦痛からか失禁をしている。
そして──突如、彼らのうつろな瞳を見ては寒気を覚えた。
やがて死に逝く命なのに、それでもまだ何かを掴もうとして───瀕死の隊員は瞳を見開いているのだ。
無様なまでに、光にすがりつくかのように。
それに自分を重ね、は瞳を逸らす。
そして同時に、部屋を出て来る時の藍染とのやりとりを思い出した。
『…。何処へ行くんだ?』
『四番隊へ。……行かなければ』
『・・・放って置けば、隊員は死んで謄本は手に入らなくなるかも知れないからか?』
『いいえ。彼が生きようと死のうと話は同じ……いずれ謄本は手に入ります。
ただ──それを見届けるのが私の勤めだと』
『・・・・・・やれやれ、仕事熱心なことだ』
『・・・有り難うございます。‥では……』
しかし───ここに来てみたものの、自分は一体何をしようというのだ。
見届ける、といってもこの状況───死人と怪我人で溢れる場所に、
何か巨大な恐怖と吐き気を覚えて耐えられないではないか。
「────っ」
……気持ち悪い。
五番隊に帰ろう。
「あら、さん……?」
「!!」
が後ろを振り返ってみると、そこには救援にあたっていた卯ノ花がいた。
は一瞬気付かないふりをして逃げようとしたが、卯ノ花がそれを止める。
「待って下さい!」
「………っ」
「速水君ですね?…皆さん、ここは任せましたよ。さん、こちらへ」
そう言われたからには、もう行くところまで行くしかない。
観念したかのようには卯ノ花に振り返る。
すると、彼女はそのまま廊下へと向かった。も無言でそれに従う。
────ギッ、ギッ…
無言で進むうちに、呻き声が背後で上がるのについに耐え切れなくなっては、
ふと卯ノ花に問うた。
「あ、あの……あの方達は大丈夫なんですか……?」
すると、後ろ背に彼女の声が返ってきた。
しかしそれは堅いもので。
「今治療を受けられない方達はいずれ死にましょう。・・・・旅禍の件もあり、どうしても治療班が足りないのです」
「…………」
「貴方なら、わかってくれますね」
きびきびと歩く彼女から、彼女の悔しさを知って。
は無言のまま視線を落とす。
彼女だって、助けることが出来る命など見捨てたくなどないのだ。
しかし、見捨てなければ、損失は拡大する。
どちらが大切なものなのか、重すぎる天秤に掛けて選び取ったその選択を、責めることなどどうして出来ようか。
そう、これも───仕方ないのだ。
生きる為には、何か大きなものを犠牲にしなければならないのだから。
「非情だ、と嗤いますか」
「いいえ……」
「ふふ、有り難う」
自分が生きる為にかつての仲間を欺き続けるという選択を選んだというならば、卯ノ花もまた彼女なりの選択をした。
その事実に苦笑する彼女も、自分と何等変わりないのだ。
「……ここですね」
そんなことを思っていたの目の前でふと、卯ノ花の足が止まり、もあわてて足を止めた。
そして、ゆっくりと戸を開く。
中に入るとそこは、昼間の陽気が部屋を包んでいて、
まるで瀕死の死神が安置されているとは思えない。
「身元が確認出来る彼はまだ良い方なのです。彼と同様の他の三名の方達は……
私共も手を尽くしましたが、今朝に二人、そして先ほど一人……息をお引き取りになりました……」
そんな中に、彼はあった。
卯ノ花は眠る速水に、手を触れて慈しむかのように撫でて、淡々とそう告げる。
「………台帳の件は、彼のこれからに懸かっていると言っても過言ではないでしょう。
別の方に調べさせても構いませんが……あの膨大な資料を彼以外の者が全て把握しているとは思えません」
「…………」
ということは、兼ねてからの計画を遂行するには彼にどうしても生きてもらわねばならないということか───。
は考え、立ち尽くす。
「残念ですが、これ以上手の施しようがないのです。
あとは、自然治癒と彼の生命力を信じて意識回復を待つしか……」
考えて、目の前で眠る速水を冷酷な瞳で見下ろす。
別に彼が死しても、自分としては少し予定外だったが、なんとか最低限の情報は取得出来る。
しかし、最良の策としては───やはり、彼に謄本を渡してもらわなければならない。
だが、一体どうやって意識を回復させる?
恐らくそれに、藍染の命令の遂行期限というものも、朽木ルキア処刑の日取りが近付いていること
から迫ってきているのだろう。
果たして悠長に待つ事が許されるだろうか。
それとも───のんびりと回復を待たずに、さっさと殺して情報を出来る限り集めてもらうか。
・・・・・・・どうする?
「卯ノ花隊長!こちらでしたか」
「勇音。どうしましたか?」
「また新たな急患が隊舎の入口に……!」
「…………」
卯ノ花はを遠慮がちに見やる。
恐らく火急の用なのだろう。
「‥私のことは構いません。どうか、門にお急ぎ下さいっ」
「さん……」
そう言うと、彼女は一瞬迷っていたようだが、顔をきりりと引き締めると、
そのまま足早に勇音の後を追う様にして出ていった。
────パタン……
─────さて。どうしようか。
今、彼に繋がれている生命維持装置を外せば簡単に息の根を止められる。
しかも彼を殺す動機がない自分が怪しまれる可能性は皆無に等しい。
ほぼ間違えなく、容体が急変したとでも言えば信じてもらえるだろう。
しかしそれでは藍染に大口を叩いた事が仇になる。
出来れば、意識回復を待ちたい。だが───期限が、迫っているのだ。
────ピッ、ピッ、ピッ……
はそのまま、冷たい指先で維持装置に手を掛ける。
しかし彼女の顔は何よりも冷静だった。
せめて、電源を切る時は無心にしていないと、その時自分自身で自分を「消して」しまうことになりそうだったからだ。
だから、理性が彼女を恐ろしい程に凍らせた。
まるで何か、事務的な物を処理するかのように指が電源に触れる。
そしてそのまま───電源を落とした。
「…………」
私は、皆の為にも生きなければいけないの。
それに、私は、死にたくない。
ここまで耐えてきた、その意味も私の意味も、無くなってしまうから。
だから、悪いのだけれど、貴方が犠牲になって下さい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
さようなら─────。
「…っ!!ガハッ……!!」
「!?」
しかし─────
維持装置を外した数秒後、奇跡的に速水の瞳が開いた。
そして激しく咳き込み、びくんびくんと痙攣を起こしながら息を取り込み始める。
「ア゛ッ、グゥ…・・アア゛ァッ!ク、……るしィッ‥‥!!た、ス…‥ッ───」
目の前で苦しみ悶える速水を見て、は一瞬ためらう。
このまま外しておけば間違えなく彼は死ぬ。
しかし─────生かせば。
生かせば──────…‥
──────ピピッ、ピピッ、ピッピッピッ…‥
そう思った時、の手は無意識的に維持装置の電源を入れていた。
『人には抗えないものがある。それは────…‥』
そう。本能が───彼を生かす事を選択したのだ。
「ハァアッ、ハァッ…ハァッ…!ゴホッ…‥!!」
「速水さんっ!速水さんっ!!大丈夫ですかっ!?」
そのまま、あたかも今彼の容体に気付き真剣に心配するかのように、咳き込む彼の背をさする。
そんなに、苦しんでいる速水は急に、しがみついて来た。
「涼子っ───!!」
「はっ…速水さん…‥ッ!?やめ───…痛いっ、痛いです…ッ」
そのまま速水はの瞳を大きく見開いた目で見つめ、彼女の腕に深く爪を立てて来た。
はそれを振りほどこうとするが、所詮は女。
男の力に抗えるはずもなく、なす術なく痛みに顔を歪ませた。
「やめてっ…‥やめて下さいっ!!速水さん───!!」
────バシンッ!!
このままでは何をされるかわかったものではない。
危険を察知したは掴まれていない方の手で、彼の頬を強く叩いた。
痛みに手が外れた、そのままの勢いで、叩かれた速水の体は元の寝台に叩き付けられる。
「かはッ…!!」
「はぁっ、はぁっ………は、速水さん……っ」
は今度は恐る恐る、咳き込む速水を揺さぶった。
すると───ようやく、彼の瞳の色に光が戻ったようだ。
なおも息苦しそうにしているが、今度は正面(まとも)な会話をしてきたのだ。
「はぁ……は…‥…さん…‥?どうして…‥」
「……………」
は痛む腕を擦って、高鳴る心臓を鎮静させる。
そして大きく息を一つきると、今までの経緯を話始めた。
夜半に四番隊が襲われたこと。
速水もそこにいて重傷を負ったこと。
今謄本の件を尋ねて、卯ノ花に連れられてここに来たこと。
そして、卯ノ花が火急の用で席を外した時に、自分の目の前で速水が『急に』目を覚ましたこと────。
彼はそれら全て、まだ落ち着かない息を整えながら沈痛な面持ちで聞いていた。
一方はそんな彼を見て、一つの希望を見出だしていた。
やはり、殺さなくて良かった───これで早く彼が元気になれば、謄本は安全かつ完全な状態で手に入る───。
あとは彼がある程度回復するのを待つだけ。
しかも意識が回復した今、熱心に看病をすればその度合いは早まるだろう。
そういう希望を見出だしたのだ。
「そう……。君は、僕を見舞いに来てくれていたんだね」
ありがとう、と微笑む速水に、上辺の笑顔でいいえと答える。
そう、むしろありがとうはこちらのほうなのだから。
と、続けてふと、速水は口を開いた。
「………一瞬、彼女が…いたような気がしたんだ。
だから…まさかと思って、君に傷を負わせてしまった……すまない」
「…彼女?………何のことです?」
そういえば、この前四番隊を訪問した時も彼は卯ノ花の冗談に、異様ともよべる反応を示した。
今度こそは訊ける機会に当たった。
はそのまま、速水の言葉を待つ。
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