第六話「墜―後編―」



【流星之軌跡:第六話「堕─後編─」】





野鳥の啼く声がする。


そしてそれは次第に波紋となり、閑散とした大地に響く。蒼い月は煌々と光り、照らされた木々はどす黒く姿を表す。


そんな不気味としか呼べ無い闇夜の中をは走った。
足音を立てずに、木々のざわめきにその音を溶解させるかのように──。


一応のため霊圧を探るが、今はそれといったものは見当たらない。自分以外にこの道を歩んでいる者はいないと確信する。


その道とは、藍染惣右介自室への道。


木製の一本道のため、自分以外の人物と会えばすぐにわかる。
しかし霊圧もない。
故に──任務が安全に遂行できるとは同時に確信した。


そうして進んでいるうちに、一際素朴な部屋の入口に差し掛かった。



「………」



いくら隊長とはいえ、自室はそう広くはない。すぐに調べあげられるだろう。
まずはここから──はそのまま、震える指先で戸を開いた。



一応中を注意深く観察してみるが、同様に何者かがいる気配はなかった。
ひとまず安心して、またきちりと戸を閉めてから外部に漏れないくらいの小さな火を灯し、内部を探し始めた。


机に置かれている書類の中、机の中、箪笥の中、額縁の中、書の後ろ、床下──。
あらゆるところを虱潰しに捜して回るが、どうもそれらしきものは見つからない。


しかし、おかしい点が一つ──。


この部屋には、あまりにも藍染が外部と連絡をとった形跡が見られなかった。
そう、言ってみれば───『綺麗』過ぎた、のだ。


それは疑っているにとってはあまりにもわざとらしい気がした。
まだ、この部屋のどこかに、何かがあるはず──もしくは、場所そのものが。
はそう考え、文書類を探るのをやめて今度は隠し部屋を捜すことにした。



(だとしたら、一体どこに──)


考えあぐねて、は少し手を止めてみた。
隠し部屋があるとすれば、私ならどうする?
そう考えて、ゆっくり思考を噛み砕くように──一歩、踏み出した───。



と。



“ギシ……”



「……っ」



足下の床を見て見ると、そこの床板だけ異様に腐敗が進んでいた。
危ないなぁと思い、慌ててそこから足をどけて睨むように板をまじまじと見つめてみた。


すると、そこから風が吹いてきて──まさか、とは床を取り払う。と───。


「……!!」


そこにあったのは、地下へ続く階段だった。
床下まで調べた時には見つけられなかったのは、おそらく置いてあった箪笥のせいであろう。
それをずらして箪笥の中を確認した後で、はこの入口を発見したのだった。


「──」


風はが床を開けたことでなお一層強まって、彼女の漆黒の髪を揺らした。
その生暖かい風は、何故かまるで彼女を手招いているようで───。


「………っ」


ぐだぐだためらっている暇はない──はごくりと喉を鳴らし、
それに導かれるかのようにして狭い階段を下っていった。






「────……やっぱり」



辿り着いた最奥には小さな部屋が用意されており、今は暗くてよくは見えないがそこはじめじめとしていて、光は一切入らない──
まるで地獄の牢獄のような気がした。

そしてそこには机があり、その机の鍵が厳重にかけられた引きだしには外部と連絡をとった多量の文が綺麗に整頓されていた。
名前は書いていないが、筆跡を見る限り藍染のものと判断して良いだろう。
それよりかは、名前を書いていない事実が尚更を確信させた。


絶対に、この文書の束の中に何かがある───。
信じて、次から次へと文の内容を漁った。


(技術開発局十二番隊隊長浦原喜助逃亡及び四楓院夜一逃亡、要因は……)


さらさらと書かれている内容に目を通してゆく。


(死神の限界を突破する、すなわち死神と虚の融合体を作り出す物質の開発。
それは崩玉と名前がつけられており───う、嘘───…っ!)



は愕然とした。
文書に淡々と書かれているのが嘘のようだ。



死神と虚の融合───そんなの、許されることではない。


そしてその物質を───



(わ……我々は……その崩玉を義骸内に有する……朽木ルキアの奪還、及び玉抽出を……行う……)



禁忌の物質を、この世に再びもたらそうとしている───。


嘘、嘘と頭の中で繰り返しながらしかしそれでも手と目は止まらない。
読み終えた文はしっかりと懐にしまい、きちんと折り畳まれている次の文を手にとっては目を通す。


(……故に超高度での抽出を予定。双極解放について、朽木ルキアを死神の力を人間に譲渡した罪で極刑断罪。
後に回収に回る。その手配は私の斬魄刀による催眠での四十六室───)













「何をしてるんだい?」









「─────!!」





まさか。





いや、ありえない筈だ。





だって、雛森が言っていたではないか───今日は火急の仕事が入って───。



君。言いたまえ」



今日は隊首室で夜を、明かすと───。




はまるで何か冷たくて大きな何かに束縛されたかのように身動きが出来なかった。



息は上がるのに、息が出来ない。




早く逃げなければならないのに、足がすくみ、瞳すら振り返ることが、出来ない───。





「見てしまったんだね」






拍動が五月蠅い。



冷たい汗が吹き出す。



ガタガタと、指先が震え出す。



「何か言ったらどうなんだい?」
「な、なに……も、」



ようやくのことで、壊れた機械のように振り向けば、逆光に照らされた藍染が、立っていた。



その口許こそ笑っているとはいえ、瞳には暗黒の炎が揺らめいているような気がした。


喉が、乾く。


唾が、出て来ない。


いつもの、笑顔も出ない。



全ての筋肉が、神経が、硬直する。




「っくっくっく……そうか。何も見てない、か。くくっ……」



一瞬、藍染が楽しそうに腹を抱えたのを見て───





は思った。






逃げなければ、と。




「─────っ!」
「逃がさん」




“ダンッッ!!!”




「あ゛ッ……う…!」



咄嗟の逃亡に出てみたが、それは藍染の手によって止められた。
口に手を当てられ、そのままの勢いで硬い床に叩き付けられる。
受け止めたの背は鈍く悲鳴を上げ、激しい痛みを彼女に与えた。



「ゲホッ……!かハ……っ!!」



苦しい、息が出来ない。




「……君のことを、調べさせてもらったよ」



は大層楽しそうに瞳を細くさせる藍染を恐怖の瞳で見上げながら、必死に呼吸をする。
すると藍染は彼女の口に宛てていた手をずらして、今度は彼女の首に、それを強く絡ませた。


は苦しさのあまり、激しく咳こむ。



「何を恐れる?」
「コフッ…、げほッ!…ヒッ………ヒッ……!」



喉が引きつり、狭くなった気道から必死に呼吸をする、見苦しい音が部屋に響いた。



「何を恐れるんだ───くくっ」
「ヒッ……ヒッ───」



「僕は君の、父親だというのに」


────!!


酸欠でぼんやりとしていたの思考が、その言葉で開花した。



「な……な、に、を……」


そう掠れた声を押し出すと、藍染はなんとも楽しそうに口許を歪ませたのだった。



「こう呼べば、思い出すのかな?」
「───」
───と」
「───?」
……、思い出せ。お前は──だ」


そうは言われるが、の頭にはその名前に心当たりがなかった。
しかし──何が、何かが──懐かしい感覚を呼び起こしはじめていた。



「な、にを……っ!私は、だ……っ!」
「──ふ……」


藍染は残念だ、というように首をひと振りすると、を押さえ付けている手ではない方のそれで、
髪を掻き上げた──そして屈んで、の耳元でねっとりと囁く。


「それじゃあ仕方が無い。──思い出させてあげよう」
「……」
「大方、浮竹は教えてくれなかったのだろう?お前が、どうして孤児になったのかを──お前の、過去を──」
「……!!」



ドクン



ドクン



ドクン



『どうして教えて下さらないのですかっ!?十四郎様!』


の脳裏に過去の自分が映る──


それは、自分がどうしても知りたかった、事実───。



「じゅ、じゅ……し、ろ……?何を…言ってる……」
「諦めろ。お前のことは調べたと言っただろう」
「!」
「いいから黙って聞け」


グッ、と、藍染のの首を締める手に力がこもり、そのまま身動きが取れなくなってしまった。

そのまま──は彼の話しを聞かざるを得なくなった。



「私の研究は成功していたんだ。……お前が、こうして私の元に帰ってきたことによってそれが証明されたんだよ……」
「………」
「あぁ、悪いな。ちゃんと順を追って説明しよう───」
















現世時間、午後七時五十六分。


「父さんも…母さんも、皆皆──大嫌いッ!!」
!いい加減にしろ!!」
「皆いなくなっちゃえば良いのよ!──っ」
「ま、待ちなさい!っ!────」



その日は、土砂降りの雨だった。



比較的近くの私立高校に通う女子、はその日、進学の件で両親と喧嘩をした。
親としては、将来は専門学校に通うと言う自分の娘に、愛情故に不安を抱き注意を促しただけなのだが、
その愛情が彼女には伝わらなかった──自分なりに見つけてきた勉強方まで挙句注意された彼女は、いつもは
快活な性格が災いしたのか、急に頭に来てしまったらしい。


彼女なりのプライドにかけて───その日、彼女は家出をしたのだった。




と、いっても。




怒りに任せて出てきたために、所持品は持ち合わせていなかった。
そうして家出をしてから4時間──我慢強い彼女も、冷たい雨に打たれてとうとう参ってきてしまった。



(でも──あれは父さんが悪いのよ。あそこまで言う必要、無いじゃない……)



そう思いなおして、は両膝を抱き寄せる。
そしてそのまま、一夜を公園の茂みの中で明かすのだった。










その頃──。



五番隊隊長である藍染は秘密裏にとある研究に取り掛かっていた。



それは、浦原喜助が作り出した崩玉に対抗し得る物質の開発。
それの先駆けとして──斬魄刀と“人間”の融合体を作り出す、その研究に取り掛かっていた。



周知の如く、斬魄刀には解放という段階があり、それにより斬魄刀と術者の能力は飛躍的に上がる。
そして同時に、これは不確かなものではあるが、術者の才によって刀自体がまるで術者に呼応するかのように限界を
突破するという事象が存在する。

ということは、これと死神になる前の霊的濃度の有る、純粋の人間の魂魄とを掛け合わせれば───
限界を突破できる存在が、作り出せるのだ───。



それが、藍染の立てた仮定だった。


そして、斬魄刀が──その人間が持つことになろうその刀が──揃った、今。


藍染の研究がまさに、実行されたのだった。















──寒い……。


なんでこんな日に限って雨なんだろう。


は雨で幾分か汚れてしまった服を掻き抱き、寒さを凌ごうとする。
しかし、それでも寒いものはやはり寒かった。



家に帰ろうかな。



そんな考えが頭を掠めたが、いやいや、と頭を振って、その考えを払拭した。
あそこまで言う必要はなかったのだから、心配した親は見捨てないで捜しに来るはずだ。
幸いあまり遠くまで来ていないし、すぐに発見されるだろう──そう思って、寒さを凌ぐために木に身を寄せた。


暫くそうして蹲っていると、段々と怒り、泣きからか疲れてきて、次第と瞼が降りてきてしまう。


もうこのまま、寝てしまおうか……。


そう思って、があらかじめ見つけてきた新聞紙を身に纏おうとすると───。



『………』

「────!」



なんだろう。



近くに、すぐ近くに──“何か”がいるような気がする。


といっても、あまりは恐怖を感じなかった。それといえば、元々彼女自身昔から何度か“何か”
──すなわちこの世にいるはずがないもの、幽霊を見たことがあったからだ。


今回もまたか、という感じで、しかしよりによってこんな時に遭遇してしまうものか、と溜め息を吐きながら、
“何か”の気配が立ち込める背後を振り返った。


「ねぇ、また幽霊さんなんでしょ…?何か言い残したことがあるの…?
それだったら私、代弁してあげるから……姿を現して?」


そのまま問い掛けて、ガサガサと茂みの奥に進む。


しかし──いつもならすぐに見つけられる幽霊が、今日は何だか見つけられなかった。
ただ、それらしきものは気配で分かるのだが……。


「……困ったなぁ……」


困り果ててそうが呟くと、周囲の木々が風に吹かれてゴオオと唸りを上げた──同時に、休んでいた筈のカラス
が一斉に飛び立ち、ギャアギャアと何かを威嚇する声を上げる。


流石にこれにばかりはも身を縮ませた。
いつもとは違う、この不気味な気配に───。


「…こ、こわ……っ。…もう出よ──」



“バシッ”



「え……?」



しかしは林を後にしようと足を踏み出したが、そこに何か見えない障壁があるかのように
彼女は跳ね返されてしまった。



焦る彼女の背後でザワザワと、なお一層風が強まる。



「な、何コレ…っ!何で出れないの!?だ、誰か……!誰か───!!!」



最早家出やらプライドやらはどうでも良い。
は何もかもを忘れて、助けを求めて力の限り叫んだ───。


───と。


っ!ーっ!どこにいるんだっ!?返事をしなさいっ」


──あれは、父さんの……!!


は声のした方角まで走って、力の限り叫んだ───しかし、彼女は気付いてなかった。


彼女を取り巻くようにして、闇が濃くなっていたことを。


そして───





っ──────」
「と────………」





彼女自身に降り懸かる、これからの運命を。

















翌日、新聞にはこのような記事が一面を飾っていた。



『異例 女子高生、神隠し』



と─────。








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