第六話「墜―後編―」

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「今日の任務はちと変わっていての。こんなのは下級死神にでも任せておけば良いのじゃが……」
「いえ、それは本当だとしたら異例の事件です。向かいましょう」
「うむ───」



護廷十三隊、一番隊隊首室──あまりの非常事態がない限り、この部屋には呼ばれないのが
今日は何故だか、収集がかかった。
隊首室に個人的に呼ばれたということは、それなりの事情があるとは予測していたが
──まさか、そんなことのために呼ばれるとは。


護廷十三隊、十三番隊隊長浮竹十四郎は、改めて指令を飲み込んでそう思った。



その指令とは──北流魂街80地区『更木』にて突如発生した、謎の魂魄を調査する、というものだった。


しかし、先程の元柳斎の言葉の通りそんなものは本来なら下級死神に任せる仕事だった筈だが──
余程おかしい拍動だったのだろう──わざわざ自分の愛弟子の片割れである浮竹を呼んだのだった。



「では、参りましょう、先生」
「うむ」




京楽が現世出征で居ない今、この指令を自分がしっかりこなさなければ───浮竹は決意も新たに、任務に赴いた。





※※※※



「ん……う、……?ここは……どこ?」



はゆっくりと体を起こした。
自分が倒れていた所は、まさに自分の記憶が途切れる前までにいたような所、つまり林の茂みの中で
あぁここはあの公園なのか、あれは夢だったのかと、は安堵の溜め息を洩らした。


そういえば昨日家を出てから何も口にしていない。
その上寒くてろくに寝ていなかったのだから、悪い夢を見たとしても不思議ではないだろう。


とりあえずよかった、と立ち上がる。


もうあんな怖い思いは嫌だ。
寸でのところで気付いたが、思ってみれば両親の呵責も道理にかなっている。


帰ったら、どんなに怒られても、叱られても良い。


素直に謝ろう。


そう改心して、は軽やかに林の外へ足を踏み出した。










しかし、彼女の目に映ったのは残酷な現実───。




“ぴちゃ……ぐちゃ……ずるる……”



「ひっ……!!」




悪い夢を見てるんだ。



きっと、きっと。




だって、だって────何で人が人を、食べているの??




“びちゃ…くちゃくちゃくちゃ……ぐちゃっ!”




彼女が目にしたのは、人……とも呼べなくも無い、人型をした物体が──
血に塗れながら同じ仲間を食らう様子だった。


獣のように爪のない指先で肉を裂けばそれを乱雑に口に詰め込み、尖った木の先で髄を
突いてはそこから髄液や、更にこじあけて脳を啜り上げる───、
そんな、まるで地獄絵図のような光景───。



声が、言葉が───出ない。



「ぁ、あ………っ」



これは夢だ。



きっと、夢だ。



悪い、悪い、悪い───夢────。



“バキッ”


「ひっ」



ふらふらとよろめいて、は乾いた何かを踏んでしまった。
あわててそこから足を離すと──そこには、人間のものと思われる骸骨が横たわっていた。


「い、や」



凄惨な光景に、思わずそう洩らしてしまうと───人を食らっていた人間は、彼女の存在に気付いたのか、
こちらをぎょろりと見つめてきた。


「い、いや……」


更に逃げるように後ずさるも、人食い人との距離は虚しく縮まる。



────逃げなければ。



「っ」



バッ、と振り切り、はその場から逃げ出した。
幸いあの人間は足が遅く、彼女の後を追ってくることはなかったが───しかし、今度はそこら中で
髄を食らう人間を目の当たりにしてしまう。


そして派手に音を立てる彼女を見ては───追ってきた。


もの凄い眼光で、もの凄い勢いで、まるで──獲物を発見したというかのように。















「はっ、はっ、はっ、はっ」




こうして逃げて、一体どれくらい経ったのだろう。
今まで足が折れそうな思いも、肺がはち切れそうな思いも、嘔吐をしたことだって何度もあった───。



だが、走らなければならないのだ。



走らなければ喰われてしまう。



走らなければ、死ぬのだ。










「───あっ!」




しかし、木の根に躓き、は派手に転んでしまう。痛みはあったがそれ以上に、本能が逃げろと促した。
地面に手をつき、足に力をこめて周囲を───周囲を、見回した。










「───う、そ」











しかし彼女は信じられない光景を目の当たりにする。
───いつの間に待ち伏せされたのだろうか、彼女の視界の四方八方から
人食い人が這い上がってきていたのだ。
彼らは全員刀を持っており、その妖しい眼光をに向けてにたぁ、と笑っている。




「い、やだ」





足を踏み出そうとしてみると、何かが足を───そう、人食い人が、の足をしっかりと握っていたのだった───。







「いや……」








嫌だ。






嫌だ。





死にたくない。





死にたくない。






生きたい─────。





しかし無残にも、彼女はまたたくまに掴まり、地に伏せられ───



彼女のいた場所には人食い人の、群れが出来た。
















“キン────”



「いやぁああぁああぁあああぁあ───────っっっ!!!!」







しかしもう駄目かと思ったその時───白刃が、時空に輝いた。
光刃が、またたくまに彼らを斬り結び、斬り伏せ───その場は一瞬にして紅に染められた。











そう───は、刀を手に入れたのだ。






「……ハッ…ハッ、ハッ……!ハッ───」







この刀さえあれば────生きてゆける。はそう確信した。





それというのも何故かはわからないが、今の自分には相手の心、
考えていることが手に取るようにわかるのだ。
相手の攻撃を先読みし、そこにこの刃を叩き込む─────生きてゆける。




神など信じぬであったが、この時ばかりは感謝した。
そして、血のシャワーを浴びながら胸に希望を見出だす。





「…たし……生きる……わ……たし……生き、る……」




───生きたいのなら、人を殺さなければならない。
綺麗事ではない。
死にたくないのなら、生きる為に人を殺さなければならないのだ──



そううわ言のように繰り返し繰り返し呟くと、血に塗れた身体を闇に踊らせて、はまた逃亡するのだった。







※※※※※


北流魂街80地区「更木」───流魂街の最果てであり、また最も頽廃が進んでいるその場所とも言えぬ場所を、
任務遂行をするために元柳斎と浮竹二人は走っていた。
もう大分中心に来たのではないだろうか。血特有の、突き刺すような鉄臭さが鼻に染み付いて離れなくなって来た。


───ドクン……



「───!」



そんなことをぼんやり考えていると──妙な拍動が浮竹の心臓を震わせた。



「──先生……!」
「うむ」



目の前を走っていた師に注意を促すと、彼もまたその異様な拍動に気がついていたのだろう、
格段驚きもせずに只厳かに頷いた。


───ドクン……ドクン……


その場で一旦足を止め、そのままその拍動を探る。



「───」



すると、元柳斎は近くにあった林の中へ足を進めていった。
浮竹もその後に続く。



──ドクン、ドクン、ドクン


『近い』
段々と妙な拍動は勢いと鮮明さを増し、自分達に近寄ってくる。


ふと目の前を見てみると、林が騒がしい動きをみせていた。



───間違えない。
この先に、『居る』───。


一瞬、元柳斎と浮竹は目を合わせて───林の中へと足を踏み出した。
















────ザンッ!






浮竹は、その光景に目を奪われた。





「ハー…ッ、ハー……ッ」




死の紅の桜が辺りに散り、その桜を撒き散らして居るきつい黒髪の少女の姿───
彼女のその格好は───現世の服装だったのだ。


しかし不可解なのは、彼女がその小さな紅の手に、ギザギザに刃こぼれしている
斬魄刀を手にしていること───。


そして、微かに感じる霊圧───。



全てが、全てが、



おかしかった。




「──主、何者じゃ?」



目を奪われていた自分のすぐ隣りで、いつの間にか斬魄刀を抜いた師が彼女に問答をはじめていた。
それを見て、ようやく浮竹も我に帰り斬魄刀を抜く。



「ハァー…ッ、ハッ……ハ───」
「何か言ったらどうじゃ。それとも野生化して言葉を失いよったか」




魂魄が野生化して人間の言語を失う──ここまで治安の悪い更木にはよくある話だ。
何もかもがわからないことだらけだったが、とりあえずそれなのだろうとは検討がつく。


実際、先程から少女は呻き声しかあげていない。



「ハッ、ハァッ……!はぁっ、あぁ……!」
「───!」



そうして対峙していると、急に少女が頭を抱えて苦しみだした。



そして────



重々危険は承知していた筈なのに、浮竹は無意識のうちにその少女に───駆け寄ったのだった。



「…ッタシ……死に…たくない……ッ、はぁっ…、はっ、助け……て─────」




ガクリ




少女は最後の最後に力を振り絞るかのように、涙ながらにそう呟くと、浮竹の腕の中で意識を失った。



「───至急、十二番隊と四番隊に連絡を入れよう。この少女の処遇は……それからじゃ」



背後でそう呟く元柳斎の言葉を確かに耳で受け止めながら、浮竹は何か
いたたまれぬ気持ちで意識を失った少女を見つめていた────。



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