第六話「墜―後編―」
--3--
一週間後────十二番隊の研究室から渡された少女のカルテにはこう記されていた。
『虚でもなく人間でもなく、死神でもないが、それら全てに最も近しい魂魄』
──────。
意味が、わからなかった。
どの存在でもない存在────それが、あの少女の正体だと。
これで彼女が目覚めた時────どうなる?
浮竹は、診断結果に頭が働かなかったが、頭の中の片隅の何処かで───そんなことをぼんやり考えた。
「間違えなく、実験体になるだろうねぇ……」
十二番隊隊舎前。
それぞれ同じカルテを手にしながら、浮竹とその親友である京楽は何をすることもなく、佇んでいた。
「仕方無いんじゃないの。ここにとっちゃあ、その少女ってのは良い研究材料なんだし、上もそれ、認めちゃうでしょ」
「…………」
現世に行っていた京楽にはわからない。
いやわかってたまるものか、と浮竹はどこか躍起になっていた。
しかし、認めたくないが──それが現実だろう。
だからこそ───浮竹はそれを止めたかったのだ。
何故かはわからないが。
何故かはわからないが───ただ、あの少女は放っておけなかった。
もしかするとそれは、彼女が一瞬見せた泣き顔が、酷く純粋で高潔なものとして映ったからかもしれない。
「…………」
「……ふー……やれやれ。……一度、面会でもしてみれば?
まだ寝てて意識は回復しないらしいけど、会わないでそのまま…よりはマシだろ?」
「春水………」
渋った表情で立ちすくむ他人思いの親友を見て、仕方が無いと思ったのかもしれない。
京楽は苦笑を一つもらすと、バシッと浮竹の背を押した。
「行って来いよ」
「………ああ────」
浮竹は親友に微笑まれて決意した。
カルテをぐしゃりと手で握り締め───隊舎内へと向かった。
「こちらにございます」
隊員に中を案内されて、ようやく少女の眠る医務室に通された。
当たり前だが、ようやく、という所から、少女の存在がどんなに異例なもので
かつ危険なものなのかを目の当たりにした──。
その話題の少女が、今、ついに目の前にいる。
(………可哀相に)
少女の服装は今やこちらの世界のものになっており、また身形も整えられてはいたが
代わりに彼女の身体には無数の管が繋がれていた。
あらゆる動脈近辺には細い管が、静脈には太い管──中には鋼鉄製のものもある──、首回りには拍動計、
そして頭にはまた管が無数に繋がれている脳波計───……
何故かはわからないが、彼女が現世から来た事は間違えなかった。
その少女が、何故────
あんなに怯えて、今こんな悲惨な状況下にいるのか───。
昔から病気を抱えていた浮竹には分かる。
このように医療器具に拘束されるのがどれほど不自由で辛いものか。
しかしそれだけならまだしも、彼女は実験対象としての器具もその体内に埋め込まれて無慈悲に採取されているのだ
───これを見て、少女の涙を知る浮竹が哀れに思わないわけがなかった。
「…………」
しかし、どうすることも出来ない。
ただ可哀相だからという個人的な感情だけで、尸魂界に脅威である少女を解放するわけにはいかないのだ───。
なら、どうしろというのだ?
答えのない問いを自問自答しながら、浮竹はかろうじて医療器具やら実験器具のない
少女の頬に手をあてた───と、その時。
「────……」
「!!」
少女が、目を開けた。
そして、そのままゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……こ……こは、何処……ですか?……」
「!こ、ここは──……い、医務室、医務室だ」
「い……む、しつ……」
浮竹は少女の問いに答えながら、十二番隊の誰も見ていないことをなるべく冷静に見極めた──
それというのも、十二番隊の誰かに彼女の意識の回復を悟られたらすぐに実験を行われるという危険があったからだ
──しかし、現世からの少女だとすれば、今のこの状況をどう説明して良いものか。
浮竹は困った。
しかし───
「わたし……誰?」
「え────」
「私……ダレ?名前……知らない……。医務室……わかる……けど、わからない───」
「──君……?もしかして───記憶が……」
「わからない…っ!わからないっ!わかるの───怖い、怖い───生きたいっ!死にたくないっ!!」
───ガシャアァッ!!!
少女は急に発作を起こしたかのように管だらけの腕で身近にあった器具を派手に散らかす。
浮竹はあわててそれを止めようとして──咄嗟に、彼女のその細い身体を抱き締めた。
「イヤだ……ッ!死ぬのは……怖い……ッ!!死……死…!───死ぬのは嫌ぁあぁっ!!助けてぇえぇ!!」
「落ち着けッ!落ち着くんだ!!」
「──どうしましたかっ!?」
騒ぎを聞き付けたのか──隊員の一人が駆け寄ってきた。浮竹は必死に彼女を落ち着かせようと
ひしと抱き締めたまま───その隊員を睨んでいた。
「浮竹様、離して下さい!」
「────っ」
「何をなさっているのですか!?早く───」
「くっ……!!」
最後の辺りは──力ずくで彼女を奪われた。
不甲斐ない。
目覚めた彼女はこのまま実験体として───喋る事すらままならない身体になってしまうというのに。
「───実験体にはするな!!」
最後に浮竹は叫んだ。
「元柳斎先生が判断を下すまで──彼女に指一本触れるな!そう涅に伝えろ!!いいな!?」
叫ぶのも虚しく、急に慌ただしくなり彼女の姿は奥の集中治療室に消えていった。
ただ最後に───浮竹の叫びだけが、静けさを取り戻した隊舎内に、響いていた───。
そうして───運命が、回り出したのだ。
※※※※
「浮竹には感謝してるよ」
残酷に、藍染は笑って言った。
「その少女は運良く記憶を失っていた───お陰で、浮竹達がその少女を匿い、
今まで育ててきてくれたのだからな」
ククク、と何度目になるかわからないくぐもった笑い声が聞こえる。
「私は生成物の拍動はきちんと管理していたつもりだったのだがね──
突然消えたから、私の手元に戻らぬ前にもう死んでしまったのかと思っていたんだよ。
しかしそれが───浮竹達がお前に心を悟られないように作った障壁牢の中に入れられて居たために
遮断されていただけだった……とは驚きだったが」
は───
全ての記憶が蘇り、呆然と、ただ漠然と────涙を、流していた。
藍染の手は今や彼女の首にかかっていない。
抵抗なんて、する気力も起きなかったのだ。
「賢いお前ならもう分かるだろう?その少女がお前なんだよ。その後浮竹は彼女に名前を与える──『』と。
ここに護廷十三隊のの斬魄刀利用計画、への洗脳が完成された───
これがお前が散々知りたがっていた過去──」
『君は流魂街に捨てられていた孤児だ。
私達は君の斬魄刀の透視能力を観察する為に、まだ幼い君を保護し──
この障壁の中で生活をしてもらうことにした』
「だから──お前が今まで頼って来たこの刀に能力はない。ただの浅打だ。
お前自身が斬魄刀の能力であり──術者なんだよ……もっとも、私が施してやった業なのだがね」
『君は何も心配しなくていい。
それに───寂しいのなら、私を親と思ってくれても構わない』
「安心しろ。私が親なのだから──何も、恐れる必要はない──」
嘘だ。
こんなの、嘘だ。
「今日は祝福の日だ、!存分に祝おうじゃないか───」
服が破れる音がする。
目の前で笑う男は、なんだか凄く楽しそうだった。
「何だ、……くくっ。大層大事にしてたみたいだな、浮竹は───」
帯を解かれて露になった肢体をまじまじと見つめて、藍染は嗤う。
>>>Next Page