第七話「臨界∞消失奏」


おかしな夢を見たの


それは


女が消えて
男が嗤っている夢




消失
無限
ソシテ奏デ


奏デ
無限
ソシテ消失

消失
奏デ
ソシテ



夢幻





でも二人には 愛があったの

おかしいでしょう?




あぁ、でも ユメってなぁに?


暗闇に見る幻想が
夢だとするなら……



気付いて笑うの



あぁ、私は私を殺したんだ、って



ううん 何でもないの


ただ ただ


おかしな夢を見たの





【流星之軌跡:第七話「臨界∞消失奏」】



───私は一体、どうしたかったのだろう。



今まで短絡的に浮竹十四郎という人物を信じてきて。




それは、一度どころではなく何回も浮竹を疑った事はあったが……
しかし、あの日───十二番隊からの脱出から、あそこまでして
助けてくれた浮竹に情を感じて、自分は信じて良いと思ったのだ。



『彼女は俺らが───いや、俺が、守ってみせる──だから、誰も……誰も邪魔をするなっ!』



──ギッ……ギッ……



両腕を高い位置にある壁の手摺に縛り付けられているままで、
だらりと身体の力を抜けば手首が擦り切れて、血が滲む。
しかし、この状況で正気を保つにはこうして強制的に自我を目覚めさせていないといけない。


だからはわざと力を抜く。


そうしないと───この暗闇の地下牢に狂わされてしまいそうだから。





───このまま、私は死ぬんだろうか……。




そんな考えが頭を掠める。
それも良いかな、と考えてみる一瞬はあれど、手首の痛みが
まだ諦めさせてはくれない。



十四郎様に、本当に私の能力目当てだけで、今まで大事に育ててきてくれたのか───
それは、偽善だったのか、と。確かめるまでは死ねない。




いいや───そんなはずはない。



いつも十四郎様は私を気にかけて下さった。
あれは嘘偽りではない、本当の……真心からの情だったと、信じて疑わないのだ。



そうだ───あの男の悪言に惑わされてはいけない。



「くっ……!!こんなもの……っ」



は何度目になるかわからない抵抗を繰り返した。
手首を拘束している鋼鉄製の輪をガンガンと壁に押し当てて少量ずつの破壊を望む。
そうだ。いっそ、手首でも切り落としてしまえればすぐに抜け出せるだろう。


「────っ」


しかしは地下牢の入口を見てその考えを改めた。
藍染は、入口付近に霊圧を込めたトラップを仕掛けてあったのだ。
あれに足を踏み入れれば間違えなく藍染がこちらに向かうだろう。



───……



手錠を当てつけながら、はその間ふと自分のなかで上がった疑問を考える。


───何故、藍染は私を殺さなかったのだろう……そして、私に猿轡をしないで行ったのだろう───


恐らく『本当の無能』であればすぐにこの世から存在を抹消されただろう。
しかし、自分の心境を読める、いわば障害でしかないを藍染は生かした。
そして──それがもし、理由はわからないがとにかく『を生かしたかった』と
仮定するなら、自害をしないように猿轡をしなかったのだろう。


「───は…っ」


答えに検討がつき、は笑った。



───浮竹に依存していたは、浮竹に真意を問うまでは恩義の件もあり、死ねない───


大方、そうふんだのだろう。
しかし───それは間違えなく自分の心理で。
くやしいが、彼女は屈辱に耐えるしかなかった。


そうすると───さっきの仮定が正しいと考えると、最初の疑問も予想出来る。


藍染は、自分を何らかの形で利用しようとしている───それは、自分の能力に他ならないだろう。



手懐けて、利用する。


あそこまで自分を憎んでいた私を、手懐けて利用する自信が───彼にはあるのだ。


だとしたら何と勝手で、大層な自信だろう。


絶対に、言いなりになってたまるものか。


はぎゅ、と唇をかんだ。


───と。



“ギィィー……”



「……奇遇ですね。丁度貴方のことを考えていた所だ」
「そうかい。尤も、親愛を持ってだと良いんだけれど」


仕事を終えたのだろう藍染が、階段を下ってきた。
といっても、光源は暗闇のなかにほんの少しの灯籠が自分を囲むようにしてあるだけで、
位置は良く確認出来ない。
しかし、足音が近寄って来ることで位置予測は出来た。


「そんなこと私が思うとでも?」
「そうだね。皆無だから言ってみたんだよ」
「…………」


ふと、少し離れた所で新たな灯が点った。
眩しいそれを目を細めて見やると、何やら藍染は机で資料を漁っているようだった。
その机とは、昨日が崩玉に関する文を見つけた机だ。

とすれば、また何か藍染の計画が進んだのだろう。



「…おいおい、そんな怖い目で見ないでくれよ。僕達は仲間じゃないか」
「誰が仲間なものか」


キッ、と毅然とした態度で藍染を睨む。


「親子、だろう?」
「親だったら娘をこんな風に拘束したりしないわ」


手錠の金属音を立てて主張すれば、藍染はそんなことか、とくすりと笑った。
その視線は相変わらず机の資料に向けられている。


「どうやら君は固定概念に囚われやすい性格らしい」
「………」
「浮竹の件といい、今回の件といい。
 ……いいかい、愛情の形なんて人それぞれなんだよ。
 僕にしてみれば浮竹の場合はもっと酷いことを君にしていると思うんだが」
「………」
「君は浮竹に縛られていると感じたことはないか?」
「───」


そう藍染に問われては思い当たった。
それは、自分がどうしても自分の過去を知りたがった時のこと
───浮竹に全て情報操作されている気がして、それを束縛と感じた
自分は彼から逃げたことがあったのだ。



「……っ」
「睨む、ということは図星らしい。君は分かりやすくて実に扱いやすいよ」


一瞬確かめるかのようにを振り返ったかと思えば、
彼女の悔しさに満ちた表情を見てまた満足げに机に向き直った。


「浮竹は精神的に君を縛った。精神的に縛ることは、時として肉体的に縛ることより酷な事なのだよ。
そうしてその束縛を解かれた時──君はどうなった?昨日、君はどうなったかな?」


まるで何か、休日の予定を立てる時かのように楽しそうに意気揚々と
話す藍染を、悔しいがは睨むしかなかった。
そうしていなければ──また、自我を失ってしまうだろうから。


「自我を失って、精神崩壊を起こした。僕の心理を読める君ならありえない事象だろう。
 ……まぁ、今の君を見る限り一時的なものだったらしいから、そこは流石と褒めるべきか」
「………」


そして、藍染は続ける。


「浮竹は精神的にを縛った───それが、浮竹なりの愛情だったんだよ。
 だとしたら、何と酷い愛情だと思わないか?」


───耳を、塞ぎたい。


は、頭を振ってなんとか自我を保とうとする。


「それよりか、肉体的に拘束する僕の方がよっぽど清らかで優しい愛情を注いでいると思うんだが……どうかな」


上で縛られている為、幸いにも腕で耳を塞ぐ事が出来た。
しかし、この狭い部屋だ──反響する低い男の振動数は、彼女の腕などたやすく
突き破って来た。だが、くぐもっては耳に届くが、あとは自分が意識しないようにすれば大丈夫だろう。


「……聞いてるかい、……って、あぁ、仕方ないな」


くるりと、藍染がこちらを向いた。
は目を合わせないように、と瞼を固く閉じた。


「聞きなさい」
「……………」
「聞かないと、もっと酷いことを言うよ?」
「……………」


言ってみれば良い。
今の自分は聞こえないのだから。


は尚更ぎゅ、と腕に力を込めて無心になった───と。






≪───お前は死ねないさ≫






「───っ!」



頭に響く音──。



キィンキィンと、頭に響く、声───それは、藍染の心声。



≪聞きたいんだろう?浮竹に『本当に私は利用されるために育てられてきたのですか』と≫



「───い、や」



≪それに未だにお前は信じて疑わない。浮竹に受けた『愛情』、そしてお前の『恩義』を。
最早それが愚行だというのに……。
お前は偽りの、私欲に塗れた愛情を信じているんだろう。
だからこそ───お前は死ねないんだよ≫


「嫌っ……!入ってこないで……っ!」


≪まだ理由はある。時の死への絶対的恐怖や究極的孤独は脳や髄に染み付いている。
あれだけ短期間で重度の対人恐怖症に陥る位に……そんなお前が死を選択するとは思わない。
たとえ理性がそれを選んだとしても、本能が拒絶する。理性を殺して、獣になる───≫




「入って来ないで──────……!」





息を上げながら、は頭を何度も振り乱す。
しかしその行為も、藍染にとっては何の意味をもなさず──むしろ、一種の快感としてさえ映っていた。


カツ、と音を立てて藍染は苦しむに詰め寄る。


≪だから───私の役に立ってもらわねば≫



「私、は…っ、貴方の言いなりに……なんか、なら、な…い……っ」



≪浮竹のにはなるのに?≫



「っ」



≪……だから愚行と言うんだ。───いいか、



ザッ……



ぼんやりとした意識の中で、目の前が何者かによって光が遮られた事をなんとか認識する。
そして同時に、それが誰なのかも。


≪人にはどうしても抗えないものがあるんだよ≫



そのままうなだれるの顎を荒々しく掴みぐっ、と上向きに向ける。
睨むその先には──藍染の狂喜と確信に満ちた瞳が、自分を見下すかのように存在していた。



≪どんなに抗おうとしても、従順にならざるを得ない……それは、本能だ≫



「───ん」



そのまま、藍染はの唇をこじ開ける様にして貪った。
一方は───昨日の恐ろしい記憶が這い上がってきて、身体をがくがくと震わせていた。


しかし、藍染はそれを乱暴に押さえ付けて、楽しそうに舌を進める。



「…う、ぅ……むっ」



抵抗しようにも後頭部を固定されて出来ない。
次第に酸素も足りなくなってきて、苦しくなる。


「…るしっ……んぅ…っ!」


≪まだだ≫


息が出来ない。


藍染の心声は聞こえる──なのに、自分の心声は相手に伝わらない───。


今更ながらの能力の限界には苛立ちを覚えるが、こればかりはどうしようもなかった。



「っはぁ…!はっ、はぁ……」


やっとのことで解放されれば、酸欠でぼんやりする頭をばしりと殴られて、微笑まれる。



───お前は、私がいないと食事さえ摂れないのだよ」
「………」
「お前は、他でもない私に、生かされているんだ───自覚しろ。
 自覚して、私に請え。
 そうすれば、食事を摂らせよう」


≪それ以外はなしだ。あるとすれば───罰として、犯すこと…
 …お前の、身体を、……そして、精神を───≫



従いたくなんてない。
言いなりなんてなりたくない───そうは思うが。



「わかったか?わかったなら───わかったと言え」
「…………」
「言わないとどうなるか、わかるだろう?」
「…………」


どうも言えなくて────は唇をかんで無言を守った。
すると───藍染の手が、の首───ではなく、腰紐に掛かった。
そして、そのままの勢いで解かれる。

は何をされるかわかったが──睨むことでしか訴えられない。


「言っただろう、。人には抗えないものがある───それは、本能だ、と……」
「…………」
「ならば、本能に問うしかあるまい。……私としても、お前は抱き心地が良いしな。
 毅然と抵抗をする女は───犯し甲斐も、嬲り甲斐もある」


ならば、せめて、この男の前では瞳を閉じて。
かたくなに口を閉じて────。



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